私たちが生きるうえで、どうしてもつき合っていかなければいけない「感情」。感情とはなんなのか? そして、どう向き合っていけばいいのでしょうか? #感情ってなんだろう?シリーズ<Side B>では、脳科学者として活躍する毛内拡先生にインタビュー。悲しみ、怒り、傷つき、不安…。さまざまな感情や、それに振り回されて起きる心の問題は、実は脳という「臓器」の不調や、脳にあるそもそもの性質によって起きるものだった…!?

毛内拡 感情ってなんだろう? メンタルケア 脳科学者

脳科学者

毛内拡

1984年北海道函館市生まれ。2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。『脳を司る「脳」 最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき』(講談社)にて第37回講談社科学出版賞受賞。「心」について脳科学の観点から捉え直す『「気の持ちよう」の脳科学』(筑摩書房)など書籍多数。

心と感情はどちらも「脳の働きの結果」である

――私たちがその取り扱い方で日々悩んでいる「心」と「感情」。形がなくて見えない、けれど確かにあるような気がする…と、とらえどころのないものとして扱うことが多いのですが、脳科学の観点から見ると、「心」や「感情」は一体どのようなものなのでしょうか。

毛内先生「心」は脳の働きの結果であるというのが脳科学での見解です。心の動きとは「嬉しい」「悲しい」みたいな感情の動きのことを指すと思いますが、これが脳の働きなんですね。

わかりやすいところでいうと、恐怖のような「不快」。これは脳の中にある扁桃体という場所が関わっています。扁桃体は恐怖をつかさどっていて、「ライオンがいる!」から「虫が飛んできた!」まで、危険な状況に陥るとアラートを出してくれるんです。戦うか逃げるかを選択するために、心拍数を上げて、筋肉をギュッと縮めて…みたいな身体的な反応を反射的に行ってくれる。なので、適切に「怖い」と感じることは、生きるうえでとても重要なんです。この扁桃体を取っちゃうと、どんな状況でも怖いと感じなくなって、「ライオンがいる!」という状況であっても、のんびりしてしまいますから。

ただ、このような反射的な心の動きは「感情」の一歩手前の「情動」というものなんです。原始的なレベルのもので、簡単に言うと脳で解釈されたり言語化されたりする前の「快・不快」の感覚ですね。情動によって“鳥肌が立つ”とか“びっくりして大声を出す”とかの体の反応が先に起きます。

その後に「◯◯が起きたから恐怖を感じているんだ」と言語化をして初めて感情になる、というイメージでしょうか。“泣く”という反応も、それ自体では感情は不明ですよね。涙が出たあとに「うれしくて泣いている」「悲しくて泣いている」等の背景を判断して、裏にある感情が初めてわかる。つまり、感情とは「情動による反射を、脳で考えて解釈した結果」になるわけです。

毛内拡 脳科学者 脳の模型 感情

脳のフィルタリング機能の差が「心」の個性

――「感情」や「心」も、脳の働きの結果なのですね。では脳科学の観点から見て「自分らしさ」とは何でしょうか。

毛内先生:実は脳って、ものすごくたくさんの情報を無意識で処理しているんですよ。脳の中の視床という場所が、匂い以外のあらゆる感覚からの情報を、勝手に取捨選択しています。例えば、黙って座っているときの姿勢制御。少し傾いたら逆向きに力を入れる…なんてことは頭で考えずとも勝手にやっていますよね。もっと言うと、心拍の調整や呼吸だって、脳が指令を出してやっていることですが、私達はそれを考えて行っているわけではありません。

つまり、意識の中に入れて頭で考えていることは、すべての刺激の中のほんの一部。私たちの脳は無意識下で刺激を勝手にフィルタリングして、「何を考えるか」を勝手に選別しているんです。姿勢制御についてはほとんどの人が無意識でやっていることですが、「私はこの匂いが気になるけど、この人は気づきもしないらしい」というような、人によって意識するかしないかがバラバラなことはたくさんあります。気になる人だけが「これは何の匂いだ?」と意識して考えることになりますね。

知覚できる情報のどれを意識下に入れるかは、本当に人それぞれ。感情の話に戻すと、「あの人は怒るけど、私は怒らない」「私は傷つくけど、あの人は傷つかない」ということも、たくさんあります。それは「脳によって拾うところがそれぞれ違うから仕方ないよね」という話なんですよね。身もふたもないですけど(笑)。でもそのフィルタリングの差が「個性」であり「自分らしさ」であると思うんです。

私たちが見ている世界はありのままではない。意識的にしろ、無意識的にしろ、自分のフィルターを通して脳が作り上げた世界を見ています。だから、人によって生きている世界は違っている。世界は人の脳の数だけあるんです。そう思ってお互いを尊重できると、きっとみんな生きやすいですよね。

毛内拡 脳科学者 感情 研究室内でのポートレート

心は脳。脳を酷使すると心が疲れてエラーが出るのは当然

――ではメンタル面の不調を感じるとき、脳ではどのようなことが起きているのでしょうか?

毛内先生まず前提としてお伝えしたいのは、脳は臓器だということです。そんな視点で見たことがなかった! と驚かれることも多いのですが、脳ってジャンルとしては肝臓や胃腸と同じなんですよ。

今でも心を病んでしまった人に「気合が足りない」なんて言う人がいますが、それって、胃腸炎になった人に「気合を入れて消化しろ」って言っているようなものなんです。そんなこと無理だと思いませんか? 暴飲暴食すれば胃が荒れるように、脳を使いすぎると心が疲れる。当たり前の話です。ちょっと落ち込んでいるときは「胃腸の調子が悪い」、うつ病のような病は「病院に行かないと治しにくい胃腸炎」という感覚で、「臓器の不調」と解釈すると、客観視ができて気が楽になるかもしれません

そして、これはまだ研究途中の話ではあるのですが、脳の中の「アストロサイト」という細胞が正常に働かないと、ストレスをためやすくなり、うつなどの精神疾患にかかりやすくなるのでは、という説が出ています。脳の大事な細胞として「ニューロン」という名前を聞いたことがある方は多いと思いますが、そのニューロンに栄養をあげたり、撒き散らした老廃物を片付けてあげたりする、保護者みたいな細胞がアストロサイトです。

そのアストロサイトがきちんと働かないと、ニューロンの動きが鈍くなり、脳の持久力が下がり、「ねばり強く頑張る」ことが難しくなるんじゃないかと僕は考えています。

――落ち込んだときに、全ての考えがネガティブに偏ってしまうことも、脳の働きが関係しているんでしょうか。

毛内先生:そうですね。脳が疲れていると、変な考え方に偏るのも実は脳の仕組みの問題で「認知バイアス」と呼びます。上司から来たメールが全部怒っているように見えるとか、何をやっても全部自分はダメな気がするとか、そういう偏りは「省エネでありたい」という脳の基本原理のせいですよ! 基礎代謝の20%は脳が使っていると言われているほど、脳はエネルギーを食うんです。現代人は常に脳疲労状態だと言われていて、普通に生きているだけでとんでもないエネルギーを使う。落ち込んで考えがぐるぐるしているときなんて、なおさらです。

変な考え方に偏ってしまう「認知バイアス」とは、実は思考のショートカットなんです。起きた出来事をひとつひとつ意識して、「これは悪いこと」「これは悪いことじゃない」ってきちんと判断するのはかなりエネルギーを使うし、そもそも処理が追いつかない。だから脳は、嫌なことがいくつかあって疲れてしまうと、一括で「もう全部ダメ」という判断をして、省エネしようとするんですね。

つまり、考えすぎて疲れるとどんどんネガティブなほうに傾いてしまうのは、脳の省エネしたがりのせいなんですよ。それをどうにかしたくて「ポジティブに考える努力をする」なんて、余計に脳が疲れてしまいますよね。胃腸と一緒で、脳を休めてあげる以外にどうにかする方法はないんです。

ネガティブな感情は、気の持ちようでどうにかできるものではなくて、ある程度は仕方ないんです。というより「気の持ちようでなんとかなる」も思考のショートカットで認知バイアスです(笑)。すべて「気の持ちよう」で処理できれば、脳にとっては省エネですからね。

毛内拡 脳科学者 感情 大学内でのポートレート

毛内先生インタビュー後編、 <SideA>のみたらし加奈さんインタビューはこちら!

取材・文/東美希 撮影/TOWA 企画・編集/木村美紀(yoi)