感情や思考にとらわれて生きづらいと感じたり、常に頭が仕事のことでいっぱいでなんだか心が落ちつかない…そんなときは、日常をほんの少しだけ穏やかにしてくれる「瞑想」をはじめてみませんか。NTTコミュニケーション科学基礎研究所 リサーチスペシャリストの藤野正寛さんに、今注目を集めている「マインドフルネス瞑想」について伺いました。

藤野正寛

NTTコミュニケーション科学基礎研究所 リサーチスペシャリスト

藤野正寛

1978年、大阪生まれ奈良育ち。神戸大学経営学部卒業後、医療機器メーカーに7年間勤務。海外駐在員時代に、10日間のヴィパッサナー瞑想リトリートに参加し、瞑想が身心を健康にすることを体験的に理解し、「働いている場合ではない」と退社。京都大学教育学部に編入学し、博士号取得後、現在に至る。現在は、瞑想の実践者かつ研究者として、瞑想実践を通じてでてきた問いをもとに、認知心理学的手法やMRIなどの実験装置を用いて、瞑想の認知心理学研究を進めている。

「瞑想」はひとつではなく、さまざまな方法がある

瞑想 NTTコミュニケーション科学基礎研究所 リサーチスペシャリスト 藤野正寛 認知心理学 

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藤野先生:「瞑想」という言葉は非常に多様な使われ方をしていて、一言でどういうものだということは難しいんです。「スポーツ」と一言で言っても、走る競技や、ボールを使う競技、個人で行う競技や団体で行う競技など、いろいろな種類がありますよね。同じスポーツでも、子どもがする場合や、大人がする場合、プロの選手がする場合で目的も違ってきます。それと同じように、瞑想も多種多様なのです。

今回は、瞑想の中でも仏教由来の「マインドフルネス瞑想」について説明します。

この瞑想は、近年さまざまな研究によって、うつや不安症などに効果があることや、脳や認知機能などにも良い影響があることが示されるようになり、さらにはGoogleのような、ウェルビーイングやクリエイティビティへの意識が高い組織や企業が実践していることもあり、注目を集めています。
関連アプリのダウンロード数も激増していて、マインドフルネス瞑想が日常に浸透しはじめていることがわかります。

「マインドフルネス」とは?

藤野先生:マインドフルネスとは、「次々と生じている今この瞬間の経験に、ひらかれた注意でありのままに気づいている」状態をさします。外側にばかり向いていた意識を、内側の感覚や感情や思考に向け、自分の心と身体で起きていることに先入観のない状態で気づいている、というとわかりやすいでしょうか。

マインドフルネスという言葉は、マサチューセッツ大学のジョン・カバット・ジン博士が、8週間にわたって行われる「マインドフルネスストレス低減法」というプログラムを開発したことがきっかけです。このプログラムを用いたさまざまな研究によって、マインドフルネス瞑想は、うつや不安症などの改善に効果があることが医学的にも証明されたのです。

瞑想というと、いまだに「怪しい宗教みたい」というイメージがあるかもしれません。瞑想は特殊なものでも、神がかったものでもなく、私たちが持つ認知機能を高めるためのトレーニング。世界では認知療法のひとつとして認められているということを、多くの人に知ってもらいたいですね。

マインドフルネス瞑想 NTTコミュニケーション科学基礎研究所 リサーチスペシャリスト 藤野正寛 認知心理学 

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「マインドフルネス瞑想」の4つの要素

藤野先生:私たちが不快な気持ちになったとき、多くの人は不快な気持ちやその原因となったものを変えようと頑張ります。しかし、マインドフルネス瞑想では、対象を変えるのではなく、不快な気持ちを感じた「私」を変えようとします。「私」に対する認識——「自己観」を変えるためのレッスンです。そのために、マインドフルネス瞑想は「注意制御」「身体感覚への気づき」「情動調整」を育みます。

マインドフルネスにとって大切なことは、外側に向かっていた意識を内側に向けること。現代社会にはさまざまな刺激が溢れており、私たちの注意は外へ外へと引っ張られて振り回されています。そこでまず外側の刺激に振り回されずに、内側の感覚や感情、思考に注意を向けることからはじめます。これが「注意制御」です。

次に「身体感覚」について。例えば黒板を引っ掻く音を想像すると身体に不快な感覚が生じませんか? 人によって感覚は異なりますが、黒板を引っ掻く音を聞いても、その映像を見ても、頭の中で思い浮かべても、毎回同じように不快な感覚が生じると思います。好きな人に手を握られるのと、まったく知らない人に手を握られるのでも、身体の中で生じる感覚はまったく違いますよね。そういう身体の感覚に気づけるようになると、今この瞬間に経験していることを自分が心地よく感じているのか、心地悪く感じているのかがわかるようになっていきます。そして、それは自分を大切にすることにもつながります。

私も瞑想を始める前は、お酒をたくさん飲んだりタバコを吸ったりしていました。でもマインドフルネス瞑想をはじめたら、身体がそれらに心地よさを感じていないことがわかって、自然とやらなくなりました。身体を使った意思決定ができるようになったのです。

瞑想 マインドフルネスの4つの要素 NTTコミュニケーション科学基礎研究所 リサーチスペシャリスト 藤野正寛 認知心理学 

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そして「情動調整」。例えばみなさんは、職場で嫌なことがあったとき、どうしていますか? スマホで動画を観て気をそらしたり、気持ちを抑え込んだりして、なんとか頑張っているという人も多いかもしれません。でも意図的に不快な気持ちを抑え込むと、逆にその嫌な状態が長引いてしまったり、その気持ちが強くなってしまったり、ということがよくあります。

マインドフルネス瞑想では、その不快な気持ちから離れようとしたり、なくそうとしたりするのではなく、その気持ちとただともにある、ということをします。不快な感情を受けとめて、あたたかく見守ってあげる感じです。これが「情動調整」です。

そして「自己観の変容」。私たちは、「私」や「私の一部」と思っているものを思い通りにコントロールできないときに、イライラしたり悲しくなったりすることがよくあります。しかも「私」の範囲は知らず知らずに広がっていき、子どもやパートナー、さらには部下が思い通りに動いてくれないときにまで怒ったりすることがあります。しかし実際には、まわりの人だけでなく、私の身体や心に生じる感覚や感情も思い通りにコントロールすることはできません。

そのことを頭でわかったつもりになるだけでなく、体験的に腑に落ちるレベルで理解する必要があります。注意制御や情動調整の力を高めて、自分の身体や心で生じている身体感覚や感情を見守っていると、しだいに自分だと思っていたものが、実はまったく思い通りにコントロールすることができずに、しかも自然と生じては消えていくものなのだということがわかってくるのです。これが「自己観の変容」です。

「マインドフルネス瞑想」で得られる負の感情との向き合い方

マインドフルネス瞑想によって自己観が変容することのメリットのひとつは、自分の負の感覚や感情を変えることではなく、それらとの関係性を変えられること。

負の感覚や感情が生じたときに、それが自分ではコントロールできないもので、しかも今なんとかしようとしてもしなくてもいずれは消えていくということがわかっているので、感覚や感情に振り回されにくくなるのです。

これは負の感覚や感情にただ受動的になるということではなく、分でコントロールできない感覚や感情に振り回されずに、今やるべきことにきちんと目を向けることができるようになるということでもあります。

ただし「注意制御」「身体感覚への気づき」「情動調整」「自己観の変容」はすぐに高まるものではありません。語学学習くらいの時間感覚でマインドフルネス瞑想を続けてみてください。日常生活で生じるさまざまな感覚や感情に振り回されず、穏やかに過ごすことができるようになっていくはず。自分の身体や心に生じる緊張やストレスを、自分で減らすことができるようになっていきますよ。

取材・文/高田真莉絵 企画・構成/渋谷香菜子