「心理カウンセリング」や「カウンセラー」「公認心理師」「臨床心理士」など、メンタルヘルスにかかわる職業や資格の名称は、知っているようで曖昧です。悩みの相談先を探すうえでも大切なカウンセリングにまつわる専門用語について、公認心理師・臨床心理士の井澗知美さんに伺いました。

お話を伺ったのは…
井澗知美

公認心理師、臨床心理士

井澗知美

大正大学心理社会学部臨床心理学科教授。専門は発達臨床心理学。国立精神・神経センター精神保健研究所児童思春期精神保健部の流動研究員としてADHDの臨床研究をチームで行う。研究所に在籍している際に、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA)にてペアレントトレーニングの研修を受け、日本におけるペアレントトレーニングプログラムの開発に携わる。著書に『カウンセラーという生き方』(イースト・プレス)など著書多数。

そもそも「カウンセラー」とは? 資格で違いがあるの?

そもそも「カウンセラー」とは? 資格で違いがあるの?

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心の専門家として、悩みを抱える人をサポートしていく仕事です

カウンセラーとは、広く「相談員」や「助言者」を意味する言葉ですが、一般的には心理カウンセラーを指すことがほとんどですので、ここでは心理カウンセラー=カウンセラーとします。カウンセラーは心の専門家として、心に悩みを抱えている人(クライエント)の話を聴き、臨床心理学の知見をもとに支援をしていけるようサポートしていくことが仕事です。

人の人生は、よく物語にたとえられます。人は誰しも、その物語の主人公。クライエントが自分らしい物語をつくるのをお手伝いすることが、カウンセラーの役割なのです。傾聴や対話といったスキルを通してクライエントの悩みを解決していくカウンセリングはもちろん、精神分析や行動療法といった心理療法などを行ううえでも専門知識が欠かせません。

信頼性が高い資格は「公認心理師」と「臨床心理士」

カウンセラーにまつわる資格の中で最も信頼性が高く、総合して心理学の知識を網羅しているのが「公認心理師」と「臨床心理士」です。特に公認心理師は、心理に関する資格で唯一の国家資格です。2015年9月16日に公認心理師法が公布され、2017年9月15日に施行。2018年に第1回の公認心理師試験が行われました。

公認心理師の業務は、法律上で「心理査定(アセスメント)」「心理面接(カウンセリング)」「関係者への面接」「心の健康に関する教育・情報提供活動」が定められています。業務内容は、臨床心理士と似ていますが、より幅広く心理学全般に対応できる専門家としての活躍が期待されています。

一方の臨床心理士は、公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会が認定する民間の認定資格です。数ある心理学の民間資格の中では最も有名で、実績のある資格です。公認心理師の資格ができるまでは、臨床心理士資格が国家資格のような役割を担ってきました

カウンセリングってどんなことをするの? 悩みを解決してもらえる?

カウンセリングってどんなことをするの? 悩みを解決してもらえる?

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カウンセリングは、ご本人が自分で答えを見つけるためのサポートです

広辞苑(第七版)では、「個人のもつ悩みや問題を解決するため、助言を与えること」と定義されています。心理学的にいえば、心に悩みを抱えている人(クライエント)に対してカウンセラーが話を聴いて、心の専門家としての視点から、指導やサポートを行うことです。



また、カウンセラーは、悩みを抱えたクライエントに正解を教えるわけではありません。例えば、カール・ロジャーズという心理学者は「クライエント・センタード(クライエント中心)」という考えを提唱し、クライエント自身が答えを知っているのだから、クライエントの話をよく聴きなさいと言いました。クライエントの話を聴くことでクライエント自身が自分で答えを見つけていくことができる、という考え方です。

カウンセラーの「聴く」技法は「傾聴」といって、カウンセリングの基本ともなるものです。一言でいうと、相手が発する言葉だけでなく、その言葉がどのような意味を含んでいるのか、その言葉で何を伝えようとしているのか──その言葉を使ってクライエントが語りたかったことに耳を傾け、受け取ったことをクライエントに伝え返す営みのことです。

人は、自分で思うほど自分のことをわかっていません。例えば、自分の顔を、自分の目で直に見たことはありませんよね。自分の顔は鏡を通してしか見ることができないように、自分の心も他者との関わりを通してしか見ることができないのかもしれません。対話を通して自分の心を見る。それがカウンセリングの根本ともいえます。

「カウンセラー」に向いているのはどんな人? 必要な資質って?

「カウンセラー」に向いているのはどんな人? 必要な資質って?

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自分と違う立場の相手を理解したいと思うことが資質のひとつです

カウンセラーに必要な資質は、まず「人に興味がある」ということだと思います。ただし、その関わり方は学生時代のように仲よしグループをつくったり、好きな人とだけ話したり遊んだりするのとは訳が違います。世の中には色々な人がいますから、クライエントにも当然色々な人がいます。わからないこと、理解できない考えに対して、「この人には興味があるけど、こういうところがちょっと理解できない」「この人は何を考えているかわからない。変な人だな」で人間関係を終わらせてしまう人は、カウンセラーには向いていないかもしれません。他者に関心を持ち理解したいと思う人、または理解しがたいことを“面白い”と関心を持ちかかわろうと思う人は、向いているかもしれません。

例えばカウンセラー自身がいじめを受けた経験があるとします。すると、学校や職場でいじめに遭っている人が相談に来たとき、自分がいじめられたときのことを思い出して、自分のメガネで話を聴いてしまう可能性があります。けれど、それはカウンセラーがいじめられた体験であって、「クライエントの体験とは別のものである」と意識して聴くことが大切です。

カウンセラーは「あるべき論」にとらわれず、柔軟に思考できることが求められます。そのためのトレーニングを受けることはもちろんですが、まずは違いを受け入れる、もっといえば違いを楽しみ、面白いと思えることが、求められる資質でしょうか。また、自分の意見や気持ちを適切に他者に伝えられる力があることも求められます。

「公認心理師」と「臨床心理士」、どちらに相談したらいいの?

「公認心理師」と「臨床心理士」、どちらに相談したらいいの?

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どちらかにしかない技術はほぼありませんが、いちばんの違いは受験資格の取得条件です

カウンセラーのおもな資格である「公認心理師」と「臨床心理士」。その違いを明確に述べることは難しいのですが、いちばんの違いは受験資格の取得条件です。

臨床心理士は、大学院の修士課程に進学して2年間通いながら修士論文を執筆するなど、研究者としての能力を高めることで受験資格を取得できます。一方の公認心理師は、大学の4年間と大学院修士課程などの2年間を合わせた最低6年間、心理学のカリキュラムを学ぶことが必須条件で、さらに修士課程での実習などを経て受験資格が得られます。

また、公認心理師を目指す人が学ぶ心理学のカリキュラムでは、心の問題を抱えた人を理解し、サポートするための実践的な学問である「臨床心理学」だけに偏りすぎないように、できるだけまんべんなく「心理学」や「医学(精神医学を含む)」を学べるようにつくられています。そのため、公認心理師はクライエントの診察にあたる臨床だけではなく、教育や啓発活動など、より幅広く心理学全般に対応できる専門家としての役割が期待されています



公認心理師と臨床心理士、資格を取得したあとに活躍する5つの領域

①医療・保健(病院・クリニック・保健所・リハビリテーション施設・精神保健福祉センターなど)

②教育(学校・学生相談室・心理教育相談室・教育相談室・教育センター・教育研究所・各種研究機関など)

③産業(企業内の健康管理室や相談室・障害者職業センター・公共職業安定所など)

④福祉(児童相談所・児童福祉施設・婦人保護施設・母子生活支援施設・身体障害知的障害相談施設・高齢者福祉施設など)

⑤司法・犯罪(家庭裁判所・少年鑑別所・少年院・刑務所・保護観察所・警察関係の相談室・犯罪被害者相談室など)

「公認心理師」と「臨床心理士」はカウンセリング以外にも仕事があるって本当?

「公認心理師」と「臨床心理士」はカウンセリング以外にも仕事があるって本当?

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どちらもおもに4つの業務があります
公認心理師と臨床心理士の業務は重複することも多く、似ている部分も多くあります
。今回はおもな4つの業務をご紹介します。

①臨床心理査定(アセスメント)
さまざまな心理テストや観察面接を行い、クライエントの特徴や問題点を明らかにすること。アセスメントに基づいて、クライエントをどのような方法で支援するかを検討し、必要に応じて他の専門家との検討も行います。「診断(diagnosis)」ではなく「査定(assessment)」という用語であることが特徴です。

②臨床心理面接(カウンセリング)
心理学の知見を使って、カウンセラーが治療的にかかわることを意味します。カウンセラーとクライエントとの人間関係が構築される過程で、クライエントの自己発見や成長が促されていきます。クライエントの特徴に合わせて精神分析、夢分析、遊戯療法、クライエント中心療法、集団心理療法、行動療法、箱庭療法、臨床動作法、家族療法、芸術療法、認知療法、ゲシュタルト療法、イメージ療法といったさまざまな臨床心理学的技法を使って心のサポートを行います。この「臨床心理面接」も、公認心理師の業務のひとつとして定められています。

③臨床心理的地域援助
クライエントだけでなく、地域住民や学校、職場に所属する人たちの心の健康や、地域住民の被害の支援活動を行うことです。日常における生活環境の健全な発展のために、心理学の情報をわかりやすい言葉でアドバイスする活動も含まれます。

クライエントは一人で生きているわけではありません。地域社会の中で家族や会社の人などとともに過ごします。人が所属している地域が安定していることで、その中に暮らす人びとも安心して健康に過ごすことができます

④調査・研究
①から③に関する調査や研究を行うことです。心の問題をサポートしていくうえで、技術的な手法や知識を確実なものにするために、基礎となる調査や研究はとても大切です。
「調査・研究」は公認心理師の業務としては定められてはいませんが、日々さまざまな調査結果や研究結果を調べることでカウンセラーとしての能力は高まっていくので、公認心理師にも必須の業務といっていいでしょう。

日本初&唯一の心理職国家資格「公認心理師」。その取得方法は?

日本初&唯一の心理職国家資格「公認心理師」。その取得方法は?

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3つのルートの中から、受験資格を取得することが必要です
公認心理師資格は、日本で初めて誕生した、唯一の心理職国家資格です



公認心理師の受験資格を取得するためのルート

①公認心理師カリキュラムを持つ4年制大学で公認心理師となるために必要な科目(指定科目)を履修し、大学院へ進学して指定科目を履修する。

②公認心理師カリキュラムを持つ4年制大学で指定科目を履修し、卒業後に法で定められた指定の施設で、2年以上心理関係の実務経験を積む。

③外国の大学で心理に関する科目を修めて、外国の大学院で心理に関する科目を修了する。

※最新情報は厚生労働省のホームページなどでご確認ください。


大学や大学院で定められたカリキュラム

大学で修める25科目は、大きく次の5つに分類できます。これらに加えてさらに80時間以上の実習が必要となります。

①心理学の研究方法や統計方法など、公認心理師なら必ず知っておかなければならない「心理学基礎科目」

②人間の認知に関する心理学、発達に関する心理学家族や社会の中での心理学などを学ぶ「心理学の基本的に理論に関する科目」

③具体的にクライエントを支援するためのアセスメントやカウンセリングの手法を学ぶ科目

④医療・保健、教育、産業、福祉、司法・行政の5つの職域に関する心理学を学ぶ「おもな職域における心理学に関する科目」

⑤医師と連携するために不可欠な、おもな精神疾患や人体の構造について学ぶ「心理学関連科目」

カウンセリングで話したことの秘密は守られますか?

カウンセリングで話したことの秘密は守られますか?

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秘密保持義務など、公認心理師が守るべき義務や禁止事項は法で定められています


たとえ心理職の専門家としての知識や姿勢を持っていても、カウンセラーが守るべき行動に反していては、専門家として呼ぶことはできません。公認心理師法では、公認心理師が守るべき義務や禁止されている事項を「法的義務」「職業倫理」としてまとめていますので、どのようなことが法で定められているのか簡単にご紹介します。

「法的義務」として定められていることは、「信用失墜行為の禁止」「秘密保持義務」「連携等」「資質向上の責務」の4つがあります。

◆信用失墜行為の禁止
◆秘密保持義務
◆連携等
◆資質向上の責務

「法的義務」と重なる部分もありますが、公認心理師の「職業倫理」は下の7つの内容があげられています。その内容は大きく3つに分けられます。

〈かかわり方や態度〉
①相手を傷つけない、傷つけるような恐れのあることをしない
②相手を利己的に利用しない(多重関係を避ける)
③一人一人を人間として尊重する
④すべての人びとを公平に扱う。社会的な正義、公正・平等の精神を現す(差別をしない、など)

〈専門範囲の理解〉
⑤十分な教育・訓練によって身につけた専門的な行動の範囲内で、相手の健康と福祉に寄与する

〈秘密保持とインフォームド・コンセント〉
⑥秘密を守る
⑦インフォームド・コンセント(十分な説明による合意)を経て、相手の自己決定権を尊重する

わかりにくい言葉について解説すると、「多重関係」とは、カウンセラーがすでに知っている人物をクライエントとする場合のことを言います。身近な人をクライエントとすることは、中立性や客観性、また相手への思い入れが強くなりすぎて、支援がうまくできなくなる場合があります。こういったリスクを避けるために、多重関係は禁じられています。もちろん、恋愛関係になることも禁じられています。

「臨床心理士」の資格の取得方法は? 更新が必要って本当?

「臨床心理士」の資格の取得方法は? 更新が必要って本当?

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指定大学院や専門職大学院の入学・修了が必要です


「臨床心理士」とは、公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会の認定を受けた心理専門職です。臨床心理士になるには、4年制大学を卒業後(学部はどこでも可)、公益財団法人日本臨床心理士資格認定協会の定める臨床心理士指定大学院(1種、2種)、あるいは臨床心理士専門職大学院に入学・修了後、臨床心理士資格試験に合格すると、翌年には臨床心理士資格が与えられます。医師免許取得者なども受験可能です。専門学校卒や短大卒、高卒の場合、臨床心理士になるには、まず大学に入学するか、大学3年次編入を利用するか、あるいは各指定大学院に問い合わせて「4年制大学卒業程度」と認めてもらわなければなりません。大学院によって科目の名前はさまざまですが、公認心理師と同様に基礎的な科目や基本的な理論、職域に関する科目などを学びます。公認心理師よりも、より臨床(実際の診察)について深く学び、研究法なども履修科目に含まれている場合が多いです。

臨床心理士資格を取得するためには、おもに次の2つのルートがあります。
①臨床心理士指定大学院(1種、2種)を修了し、必要な年数の心理臨床経験を積む
②臨床心理士専門職大学院において、臨床心理学またはそれに準ずる心理臨床に関する分野を専攻し、専門職学位過程を修了する

より専門性が高いカウンセラーを目指すため、「公認心理師」と「臨床心理士」双方の資格を取得する人もいます。

構成・取材・文/国分美由紀
出典/『カウンセラーという生き方』(イースト・プレス)