昭和から残る「昔からの価値観」と近年広まった「新しい価値観」が混在する今、両者の板挟みになり、さらには、現実的に世の中で重視される「市場的な価値」のプレッシャーも強く受ける30代。社会学者・貴戸理恵さんに、現代における「同調圧力」の実態やポジティブなアクション、その際に注意すべき点についてお聞きしました。
社会学者
1978年生まれ。関西学院大学社会学部教授。専門は社会学、不登校の「その後」研究。。著書に『10代から知っておきたい あなたを丸めこむ「ずるい言葉」』(WAVE出版)、『「生きづらさ」を聴く――不登校・ひきこもりと当事者研究のエスノグラフィ』(日本評論社)等。
貴戸先生が分析する、現代の同調圧力とは?
価値が多様化しているはずなのに、同調圧力を感じて息苦しいのはなぜ? 背景には、3つの異なる価値観のせめぎあいがあります。①「女性は女性らしく」といった伝統的な価値観、②多様性を認めるリベラルな価値観、③競争に勝つことや売れることを重視する市場的な価値観です。これらが隣り合わせに存在し、対立したり結びついたりするなかで、「多様なのに同調を迫られる」という不可思議な状況が生まれています。特に、yoi読者に多い30代は、恋愛や結婚、子育て、仕事などの局面で「こうあるべき」とする規範に晒されやすく、身動きが取りづらくなっています。
上司世代からも下の世代からも同調圧力を受けやすいのが30代
──「伝統的な価値観」と「リベラルな価値観」に挟まれ、さらに「市場的な価値観」からも圧力を受けている30代。ストレスフルな立場であるというお話をVol.1ではお聞きしました。特に仕事の場では、上司と部下の価値観に大きな差があり、双方向から同調圧力を受けることもあります。
貴戸先生:例えば、上司は「会社の忘年会は全員参加で結束を強めたい」と思っていて、部下は「プライベートを大事にしたい」と思っている。そのあいだに立って、ハラハラしているのが30代の社員たち、というところはあるかもしれませんね。
大変な立場ですが、同時に、ある種の架け橋にもなれるんじゃないですか。「個人の自由を大切にする」という若い世代と、「所属集団の仲間意識が大事」という年長世代の架け橋です。個人の自由が尊重されるのはもちろん大事。だけど、「面倒だなぁ」と思って参加した職場の飲み会で、思わぬ学びや出会いがあることもある。職場ってそんなものじゃないですか。
あいだに立つのは苦しいけれど、価値観の翻訳者になれるかもしれない。
といっても、もちろん、男性の上司が女性の部下を二人での飲みに誘うなどのセクハラや、差別、暴言などがある場合は別です。そんなときは、「あいだに立つ」のではなく、明確に被害を受けた人の側に立って行動することが大事です。
上司世代からの「同調圧力」に抵抗するには?理不尽な「伝統的な価値観」は倒せる!
──「伝統的な価値観」は見直す必要があるとされているものもありますが、翻訳して橋渡しをすべきでないと考えられる「伝統的な価値観」に対しては、どのようにして抵抗していけばいいでしょうか?
貴戸先生:「伝統的な価値観」からの理不尽な同調圧力には対抗しましょう。やり方はシンプル。「リベラルな価値観」をぶつけて「今はもうそんな時代じゃないですよ」と伝えることです。
例えば産休や育休、子どもの体調による急な休み。若い後輩は当然の権利として「休みます」と言う。でも上司はそんな若者に嫌味を言う。そんなときは「そういう態度は今の時代には通用しませんよ」ということを、きちんと伝えていくことが大事です。嫌味を言っている場合ではない。上司なら、働き手が減る分、仕事の配分をどうするか、誰かに過剰なしわ寄せがいっていないかを考え、対応するのが仕事です。
──上司にピシャリと発言をする勇気がない方もいらっしゃると思います。その場合はどうしたら良いのでしょうか。
貴戸先生:第一の手は数です。同じ問題を抱えていそうな他の当事者たちと連帯すると発言しやすくなるはずです。些細なことでも、引っかかったら、自分だけで飲み込むことなく、「あの上司の発言、気になるよね」「やり方がおかしくない?」と、身近な人に話してみるといいでしょう。同意してくれた仲間たちと協力して、戦略を練るんです。「私が“発言にもう少し配慮が必要だと思いますよ”と言ってみるから、そのとき“私もそう思います”って同意してくれない?」なんて形でもいいでしょう。
誰でも間違うことはあり、時代についていけなくなることはあります。そのことを指摘されたときに、どう応答するかで、その人の真価が問われます。30代もじきにそういう立場になるのですから、よく観察しておきましょう。
それでも変わらないの問題ある上司ならば、仲間たちと、相談できる部署に訴えに行くしかありません。
「リベラルな価値観」をもつ下の世代からの「同調圧力」は、実は自分の内面からきているかもしれない
──逆に、下の世代の「リベラルな価値観」からの圧力を感じることもあるという声も聞きます。「今はもうそんな時代じゃないよ」というニュアンスでの圧力ですね。仕事が好きで忙しくしているのに「ワークライフバランス大丈夫?」と言われるとか、男性だと「育休取らないの?」と聞かれるとか……。
貴戸先生:そういう言葉に苦しくなることもあるのですね。都会の一部の業種など、局所的なところではそういうこともあるのかもしれません。でも、全体的に見ると、ワークライフバランスを考えず仕事をさせたり、育休を取ることを控えさせたりする同調圧力のほうがずっと一般的でしょう。
例えば、男性の育休同調は、同調圧力によって潰されている現実があります。日本の育休制度は、実は、世界最先端と言っていいほど、長く、誰でも取れるシステムなんですよ。けれど、「うちの部署では誰も取っていないから」「育休を取ると変だと思われる」「まわりに迷惑がかかるから取りづらい」ということで、多くの男性が権利を行使できていないのが実態です。なので、「育休を取ってもいいんだよ」「むしろ取らないほうの理由が必要なくらいだよ」とまわりの人が言うことで、ハードルを下げることが先決だと私は感じます。
──もしかして、「リベラルな価値観」からの不必要な同調圧力はない……ということでしょうか。
貴戸先生:もちろん、まったくないわけではありません。例えば、ハラスメントの被害者に対して、周囲の人が「どうして泣き寝入りするの、きちんと権利主張しなよ」と言ったり、「性的マイノリティであることは多様性のひとつなんだから、カミングアウトすればいいのに」と言う、などはありえます。これは不当でしょう。
ただ、おっしゃるようなケースでは、もしかしたら「自分の内面」に葛藤があるのかもしれない、とお話を聞いていて感じました。自分自身が「もっとプライベートも充実させた方がいいのかな」「育休を取ったほうがいいんだろうな」とどこかで思っているから、モヤモヤする。
でも、そうやってモヤっと思えることはいいことだと思いますよ。自分の本当の思いに丁寧に向き合っていくきっかけになりますから。
「リベラルな価値観」=建前、だと考えている若者も多い
──「リベラルな価値観」に触れることで、自分の中の価値観の乖離や「内から作り出している同調圧力」に気づける……ということでしょうか。下の世代と積極的にコミュニケーションしていくことは、30代にとって、大きな学びの機会になりそうですね。
貴戸先生:そうですね。……しかし、若い世代はリベラルだと考える方が多いかもしれませんが、そうとは言い切れない面もあります。私のゼミの学生で、若い女性の痩せ願望についてインタビューし、おもしろい卒論を書いた方がいました。
それによれば、現代の若い女性は、一般的な価値観としては「多様な美の基準がある。太っていてもかまわない」と考えている。同時に、「でも私は痩せたい、痩せているほうがきれいだと思うから」と言い、ダイエットしています。「彼女たちは二重性を生きている」と、その学生は分析しました。
現代社会では、建前として「多様性の尊重」がうたわれるようになりましたが、実際にはそうなっていません。その矛盾を、若い人は敏感に感じ取り、建前と現実の乖離にうまく適応しながら生きています。
「これからの社会では自分で考え、学んでいかなくてはならない」と言われているのに、大学は偏差値で進学先が決まってしまう。「多様な美」と言われているのに、世の中で美しいとされるのは、結局痩せていて目がぱっちりした人。「二重性を生きる」は、そんな矛盾に満ちた現実に、適応する戦略でしょう。
この若者たちに、少し上の世代ができることとしては、実態を建前に近づけることではないでしょうか。
──「若い世代=リベラル」というわけでばないのですね。しかし、「太っていても美しいのはわかっている、でも私は痩せて美しくなりたい」という二重性のある思いは、若者だけではなく他の世代でもあるように感じます。
貴戸先生:そうですね。「じゃあどうするか」というのは、とても難しい問題です。
例えば、「市場的な美の基準は女性を抑圧する」「ありのままの自分の体が美しい」と考えるとしても、「だから、化粧もしないし日焼け止めも塗らない、わきの毛もそらない」みたいにすればいいのか。そうしたくてするのはいいけれども、女性の外見に対して一定の規準がある現状で、無理をしてそうするのは苦しいものです。自分の感覚を押し殺して「市場的な価値観に抵抗する」と頑張るのも、別のかたちで「市場的な価値観」に取り込まれていくことになってしまいます。
30代は「宙ぶらりんな態度」で、同調圧力への抵抗を持続可能にする
──シチュエーションや関わる人により、同調圧力のもととなる価値観が変わる30代は、あらゆる価値観からの圧力に対してどう向き合っていけばよいのでしょうか?
貴戸先生:まず、「伝統的な価値観」による同調圧力に対しては、「リベラルな価値観」と手を組み、抵抗することです。さらに、「リベラルな価値観」だと思っていたものが「市場的な価値観」とつながってしまっていないかを気をつけることも大事です。
「市場的な価値観」による同調圧力に抵抗するのは、とても難しいです。伝統的な価値観は、それがまかり通る場は限定的なので、最悪よそにいけばいい。でも、市場的な価値観は、現代社会を隙間なく覆っているので、その中でサバイブするしかありません。
だから、「自分がつらくならないように主張すること」が大事。「宙ぶらりんでいる」ことはそのためのひとつのあり方です。
先ほどの例なら、「求められる女性の美に合わせていつも化粧する」か「いつも化粧はしない」かのどちらかになるとつらいので、「今日は取引先と会うから、化粧しよう」とか、友達や恋人の前ではすっぴんの自分を受け入れてもらう、など、その都度考えながら柔軟にやっていく。それで、「今日はお化粧してるんだ、やっぱりきれいだね」などと男性に言われたら、「だったら○○さんもやってみたらどうですか?」などと返して、「女性は化粧するもの」という価値に抵抗してみる。そんなふうにすることで、燃え尽きずに、主張を続けることができるのではないでしょうか。
女性差別や同調圧力は、残念ながら私たちが生きてるうちになくなることは、おそらくありません。そんな社会の中で、自分にしっかりと息を吸わせながら、「その価値観には反対だ」と言い続けるためには、時には曖昧にしたり、場当たり的に選択したりして、「自分がつらくならない程度に」主張の度合いをコントロールしていくことが鍵だと思います。仲間とつながりながら。
イラスト/ふち 取材・文/東美希 画像デザイン・企画・構成/木村美紀(yoi)