“毒親”とまではいかなくても、会うとなぜかイライラしてしまったり、会話が通じずモヤモヤしたり…複雑な感情を抱いてしまう「親」。今回は臨床心理士で公認心理師の寝子さんに、なぜ親を“しんどい”と感じるのかの構造、親との上手なつき合い方、自分の心を軽くする対処法について、伺いました。
臨床心理士・公認心理師
スクールカウンセラーや私設相談室カウンセラーなどを経て、現在は医療機関で成人のトラウマケアに特化した個別カウンセリングに従事。トラウマの中でも、親子関係からのトラウマケアと性犯罪被害者支援がライフワーク。臨床業務の傍らXで心理に関する発信や、ブログ「心理カウンセラー寝子の寝言」も人気。著書に『「親がしんどい」を解きほぐす』(KADOKAWA)がある。
「親がしんどい」を解きほぐす(寝子)/KADOKAWA
子どもの頃の経験と深く関わる「親がしんどい」の源
——そもそも、親がしんどいと感じてしまう理由には、どのような構造的背景があるのでしょうか。
寝子さん 多くの場合、親(養育者)は子どもにとって“絶対的”な存在です。自分で食べたり飲んだりできるようになるまでは生きるために親の助けが必要なので、ある程度の年齢になるまでは親から認められようと頑張ります。それが、一人で生きていけるようになる段階で、「自分と親は別の人間」「親の気持ちや思考は別のもの」と区別していけるようになっていくのですが、その過程がうまくいかない場合もあります。
例えば、親がいつも家で怒ったり怒鳴ったりしていると、子どもは自分のことよりも親の悲しさや不機嫌さを受け止めて、彼らを第一優先で物事を対処するようになります。それが何年も続くと、いざそこから距離を取ろうと思っても親の気持ちを考えると心が痛み、また彼らのストレスが自分のことのように感じられて、上手に距離を取れなくなるんです。
また、長い時間を一緒に過ごすが故に、最も複雑な感情を抱きやすい対象でもあります。「甘えたいのに自立しなきゃいけない」とか「好きだけど苦しい」など、複数の矛盾した感情を経験するのは、ある意味で当然のこと。ですが、その葛藤があまりにも強く、長期間消化しきれず不快感として残った場合、大人になってからさまざまな局面でモヤモヤになって表れるのです。
——友達やパートナーとはケンカにならないのに、親とはつい言い争いになってしまう、という人も多いと思います。そこにも構造的、心理的な理由があるのでしょうか。
寝子さん 親子の激しい衝突の根本には、互いの「甘え」があるからだと思います。他人に同じ言動をすることはないけれど、相手が親あるいは子どもであれば、心のどこかで許してもらえると思っているのではないでしょうか。そう考えると、ひどい言動のすべてがネガティブなわけではなく、親子ならではの「甘え」や「信頼」があるかもしれないと考えていただくと、負の感情が軽減されるかもしれません。
「わかってくれるはず」と期待しているからこそ、相手の反応が自分の納得するものでなかったときのガッカリ感が強くなり、余計に怒りが強くなる。このような場合は、ケンカをヒートアップさせないことが大切です。「自分も相手もわかってほしい気持ちが強いんだな」とまずは認めることで、冷静さを取り戻しやすくなります。
また、「『〜〜しなさい』『◯◯になりなさい』などと親が価値観を強要してくるためにケンカになる」という話もよく聞きますが、その裏には“自分が経験したことを肯定しようとする心理”が働いている可能性があります。自分と違う生き方をしている人を目にすると、自分の人生や考えを否定されたような気持ちになってしまう。だから、「自分の時代はもっと大変だったんだ」と体験談を披露したり、子どもも自分と同じように苦労すべきだと説いたりする人もいますよね。
でも、これはただの“苦労自慢”や、自分より楽になるなんて許せないという嫉妬心なんですね。本来向けるべき怒りの標的は、それを作った社会や古い慣習であり、本来、子どもが受け止める道理はない負の感情です。
こういう場合、言っているほうは、自分の発言が持つ攻撃性や不快感に自覚がないことも多いんです。口論になりそうだなと感じたら、まずはその場を離れましょう。もしくは親の言うことをできるだけ真剣に聞かず、自分の心を守るために違うことを考えるようにしてください。
親とほどよい距離を保つには? ヒートアップしそうになったときにできる対処法
——簡単には分かり合えない親と、程よい距離を保つにはどうしたらいいでしょうか。
寝子さん すぐにわかり合うことは難しいですが、今から取り入れられる考え方の転換法はいくつかあります。
①「親」ではなく「自分」、「大切な人やもの」に目を向ける
まずは「親」ではなく「自分」に意識を向けること。イライラが募ってきたら、「自分は今、落ち着いている?」とか「ちょっと不快になった?」と問いかけてみてください。そして、自分だけではなく、自分の大切な人やものの顔を思い浮かべてみてください。今の自分には親以外にパートナーや友達、仕事、好きな音楽やアーティストなど、大切な存在があるかもしれません。親に振り回されて他の人や物事をおろそかにしていないか、どうやったら自分の築き上げた世界を大切にできるか、という視点を持つことで、親へのしんどさが軽くなるきっかけになると思います。
②気を立たせすぎず、ローテンションで気持ちを伝える
その上で、相手に怒りをぶつけるのではなく、落ち着いたローテンションで「こう言われて悲しかった」「こうされると寂しい」と伝えてみましょう。気が立つと相手に怒りをぶつけたくなりますが、怒りは怒りを呼びます。相手の感情を刺激しないことが自分もしんどくならないコツ。トーンを低くするだけで本来の自分のペースを取り戻しやすくなります。
③大切な話は、“家以外”で行う
もしヒートアップしそうになったら、家で話さずカフェやレストランに行ったり、散歩をしながら話したりしましょう。ドライブでもいいかもしれません。第三者の目が入ることで、普段より冷静になれるはずです。
④しんどいの“味方”を増やす
安心できる相手がいたら、話してみてください。ただ、「親のことを悪く言うものではない」と無意識に話すことを憚られる方は多いですし、人に共感を得られやすい悩みではないかもしれません。その場合は、カウンセリングを利用するのも手です。自分の話を批判されない相手を選び、気持ちを言葉にしてみてください。モヤモヤを言葉にしてみるとストレス解消になることがあります。
⑤正直な気持ちを書き出す
誰にも気を遣わずにストレスを解消したいときは、日記やメモ、SNSなどで今の正直な気持ちや愚痴を綴ってみてください。書くだけで見過ごしていたストレスを拾うことができ、消化につながります。一言でも構いません。
⑥運動で気分を変える
運動もストレスケアに有効です。怒りや不安によって過剰に活性化された神経系を調整することができるといわれています。激しい運動でなくても、ちょっと外を歩いてみるだけでも気分が変わりやすいです。ただ、ものすごく疲れていたら運動するより休んだほうがいいですし、運動そのものが好きではなかったら無理にやらなくても大丈夫です。
⑦しんどい気持ちを孤独にしない
話す、書く、体を動かすがいずれも今の自分に合っていないと思ったら無理にすることはありません。何より大事なのは、自分のしんどい気持ちを孤独にしないことです。親に対する感情は「自分は心が狭いのではないか」と自己批判を重ねてしまいがちです。自分のしんどさを肯定できる方法や場所、人を作っておきましょう。SNSで自分と同じ悩みを持つ人たちの存在も自分のしんどさを孤独にさせない手立てになります。
「親には自分しかいない」と思い込まないこと
最近は、親をサポートしようと思いすぎて、自分がパンクしてしまうというケースも多いです。本来、親の困り事は親のもの。子どもが自分の課題にしなくていいのです。介護だけでなく、話し相手や日常の些細な困り事なども、親が子どもしか頼れないということはないはずです。行政や地域のサービスなど利用できるものは積極的に利用しながら、自分の心身をすり減らしてしまうまで我慢しないことが大切です。
取材・文/浦本真梨子 イラスト/kyoko 企画/種谷美波(yoi)