私たちが生きるうえで、どうしてもつき合っていかなければいけない「感情」。感情とはなんなのか? そして、どう向き合っていけばいいのでしょうか? 脳科学者として活躍する毛内拡先生にお話を伺いました。

【脳科学者・毛内拡】そのネガティブ、実は「脳」のせいかも?

【脳科学者・毛内拡】そのネガティブ、実は「脳」のせいかも?

「心」は脳の働きの結果であるというのが脳科学での見解です。心の動きとは「嬉しい」「悲しい」みたいな感情の動きのことを指すと思いますが、これが脳の働きなんですね。

わかりやすいところでいうと、恐怖のような「不快」。これは脳の中にある扁桃体という場所が関わっています。扁桃体は恐怖をつかさどっていて、「ライオンがいる!」から「虫が飛んできた!」まで、危険な状況に陥るとアラートを出してくれるんです。適切に「怖い」と感じることは、生きるうえでとても重要なんです。

ただ、このような反射的な心の動きは「感情」の一歩手前の「情動」というものなんです。原始的なレベルのもので、簡単に言うと脳で解釈されたり言語化されたりする前の「快・不快」の感覚です。つまり、感情とは「情動による反射を、脳で考えて解釈した結果」になるわけです。

脳科学者・毛内拡さん

お伝えしたいのは、脳は臓器だということです。そんな視点で見たことがなかった! と驚かれることも多いのですが、脳ってジャンルとしては肝臓や胃腸と同じなんですよ。

脳が疲れていると、変な考え方に偏るのも実は脳の仕組みの問題で「認知バイアス」と呼びます。上司から来たメールが全部怒っているように見えるとか、何をやっても全部自分はダメな気がするとか、そういう偏りは「省エネでありたい」という脳の基本原理のせいですよ! 基礎代謝の20%は脳が使っていると言われているほど、脳はエネルギーを食うんです。現代人は常に脳疲労状態だと言われていて、普通に生きているだけでとんでもないエネルギーを使う。落ち込んで考えがぐるぐるしているときなんて、なおさらです。

変な考え方に偏ってしまう「認知バイアス」とは、実は思考のショートカットなんです。起きた出来事をひとつひとつ意識して、「これは悪いこと」「これは悪いことじゃない」ってきちんと判断するのはかなりエネルギーを使うし、そもそも処理が追いつかない。だから脳は、嫌なことがいくつかあって疲れてしまうと、一括で「もう全部ダメ」という判断をして、省エネしようとするんですね。

【脳科学者・毛内拡】落ち込んだときには、知らない街で歩くのがいい理由

【脳科学者・毛内拡】落ち込んだときには、知らない街で歩くのがいい理由

脳を休めるにはどうしたらいいかと考えたとき、よくある間違いは「寝る」。もちろん健康面でも精神面でも寝ることは大事ですが、起きているときとモードが違うだけで、記憶を整理するなどでかなり脳は動いています。なので寝るだけでは、脳は休まりません。

もうひとつの多い間違いは「ぼーっとする時間を作る」ですね。実はこれも、脳は休まらないんです。「デフォルトモード・ネットワーク」という状態で、例えばお風呂に入ってスマホも触らず何も見ず、ぼーっとしているときがこの状態に当たります。

「デフォルトモード・ネットワーク」は外に注意を向けなくてよい状態なんです。危険がない状態。だから「反省」みたいなものをつかさどる脳の場所が活性化します。過去の後悔や、未来への不安が勝手に出てきて、ぐるぐる考えてしまって、余計に落ち込んでしまいますね。なので逆に、「反応しなければいけない刺激」を少しだけ与えてあげるほうが、脳は休まるんですよ。

脳科学者・毛内拡さん 2

旅行なんてすごくおすすめです。特に一人旅がいいですね。知らない場所に行ったり、新しい人と出会ったりする新奇体験で、脳は活性化します。といっても、行くのがすごく大変な場所じゃなくて「ちょっと考えればできるけれど、無意識ではできない」程度の難易度のものがいいですね。

旅行する時間がない、気力がないという人は、道に迷ってみることをおすすめします。私はちょっと脳が疲れてるな〜というときは、知らない街に行って地図を見ずに歩いたり、違う道から帰ってみたりしています。

これって、ちょうどよく「今ここ」に集中できるからいいんですよ。外に注意を向ける必要はあるけれど、その負担が大きすぎない。目の前の刺激に対処しようとすると、脳ではノルアドレナリンが出ます。ノルアドレナリンはさっき言ったように、抗うつ薬で減らさないようにする脳内物質です。つまり、元気になる脳内物質が出るということです。

脳科学者

毛内拡

1984年北海道函館市生まれ。2013年、東京工業大学大学院総合理工学研究科博士課程修了。お茶の水女子大学基幹研究院自然科学系助教。『脳を司る「脳」 最新研究で見えてきた、驚くべき脳のはたらき』(講談社)にて第37回講談社科学出版賞受賞。「心」について脳科学の観点から捉え直す『「気の持ちよう」の脳科学』(筑摩書房)など書籍多数。