『顔に取り憑かれた脳』の著者である中野珠実さんに、私たちの心と顔の関係について伺うインタビューの第3回。最後となる今回は、SNSなどのメディアが生み出す負のループや、「顔」への執着から自由になるためのヒントについて伺いました。

教えていただいたのは…
中野珠実

大阪大学大学院情報科学研究科教授

中野珠実

情報通信研究機構(NICT)・脳情報通信融合研究センター(CiNet)主任研究員。身体・脳・社会の相互作用から生まれる心の仕組みに関する研究を行っている。著書に『顔に取り憑かれた脳』(講談社現代新書)。

顔写真を“盛る”ことで生まれる負のループ

脳 顔 依存 顔写真 顔に取り憑かれた脳 SNS 中野珠実-1

──顔写真の加工を「盛る」と称するようになってずいぶん経ちますが、自分の「盛った」写真をSNSに載せることは、もはや当たり前のような風潮も感じます。一方でSNSによるメンタルヘルスへの深刻な影響についての報道も増えています。

中野 SNSって、不特定多数に対して「見せたい自分だけ見せればいい」と一方的に表現する場になっていますよね。他者が介在するコミュニケーションというより、メディアと自分との間で煽り合いのループが起きてしまっている。そうしたコミュニケーションの中だけで自己を確立しようとすると、どうしても歪んできてしまうのかなと思います。

──中野さんの著書『顔に取り憑かれた脳』の中に、14〜18歳の女性たちが、SNS上で美しく加工された同世代女性の写真を見ることで、自分の容姿に対する満足度が低下したという研究のお話もありました。しかも、加工を加えていないオリジナル写真を見た場合は、満足度に変化がなかったそうですね。

中野 他人の目を意識するようになる思春期は、ただでさえ自分と他人を比較して自尊心が揺らぐ時期です。顔や体つきを修整した同世代の写真を見て自信を失い、そのコンプレックスを埋めるために自分を盛った写真をアップする。すると、それを見た他の子が自信を失い…と多くの人を巻き込んだ負のループが生まれているのです。

しかも、SNSに依存している人ほど、自分の外見や振る舞いが他者からどう見えているかを気にしていることや、社会的な自己意識が高い傾向があることもわかってきています。

歳を重ねることに対する価値観の違い

──これだけSNSが浸透すると、そうした負のループは世代を問わず、中高年にも広がっていくのではないでしょうか。

中野 もしかしたら、若い世代以上に深刻かもしれません。というのも、歳を重ねるにつれて変化=老化に直結しやすいので、自分が衰えていく様を見せつけられることがすごくしんどくなってくるんですよ。

若くて美しい自分のイメージがどんどん失われていくことは、不安や恐れの感情を引き起こすので、スキンケアや美容整形、エステで老化に抗い、若い自分を取り戻せるなら、どこまでも依存してしまうでしょうし、その気持ちは私もわかります。

──そうなると、より「顔」への依存度が高まりそうですね。この場合は「取り戻したい顔」といったほうがいいかもしれませんが。

中野 例えばフランスなどでは、「歳を重ねた女性のほうが魅力的」という価値観があるのに対して、日本では「若ければ若いほどいい」という価値観が強いことも、年齢を重ねることを受容できなくなっている要因かもしれません。

しかもメディアからも「驚きの50代」や「マイナス10歳が叶う!」などと煽られますから、あらゆる年代において外面の若さをもてはやす表現に興味がいきやすい社会になっているのではないかと感じます。

──年を取ることは誰にも止められませんから、それを受け入れられないというのは負のループに自らダイブしていくようなものでは…。

中野 ちょっと若く見せるメイクや髪型で気分を変えるぐらいならいいのですが、若さや見た目に固執しすぎると自己否定的につながってしまいます。若さに価値があるのだとしたら、年を取れば取るほど価値がなくなるということですから。

写真でのコミュニケーションによって自己を確認する社会は、「顔」に占有された社会といえるでしょうね。「顔」を基軸にすると、どうしても他者の目線に縛られます。その縛りをすべて断つ必要はありませんが、他者の目線がいかに自分の考えや価値観を侵食しやすいかということは理解しておいたほうがいいかもしれません。

多様な「自分」を持つことが本質的な幸せにつながる

脳 顔 依存 顔写真 顔に取り憑かれた脳 SNS 中野珠実-2

──「顔」ってキャッチーなので看板のように扱われがちですが、「自分」を構成するものは「顔」だけではないという前提を持っていたほうが気持ちも楽になりそうな気がします。

中野 そうですね。私たちはもともと「顔」にとらわれやすい傾向があるので、他者の目線から自由になるには、「自分」のとらえ方を豊かにしていくことが大切だと思います。

例えば、どんなことに興味があって、何が好きなのか、物事をどんなふうにとらえているのか。他者目線のイメージにとらわれず、好奇心を持っていろいろな経験をして、そこで感じ取ったことが心を豊かにし、「自分」を多様にしていきます。その多様さが本質的な幸せにつながると思うんです。

──そうした経験や感情、変化などによって「自分」が多面的になれば、「顔」のとらえ方も変わってくるのでしょうね。

中野 よく、「顔」には内面の豊かさが自然と現れるといいますよね。表面的な顔の美容だけにこだわるのではなく、健全な心の状態をつくることが、「自分と他者を理解し、結びつける」という顔本来の機能を生かすうえでいちばん重要です。また、そうした「顔」が自分と他者をつなぐことによって、まわりの人も自分も幸せにしてくれるのだと思います。

イラスト/原裕菜 画像デザイン/坪本瑞希 取材・文・構成/国分美由紀