「Awe(オウ)体験」という言葉を知っていますか? 大自然などを目にしたときに、感動して大きく心が動き脳が活性化することを、脳科学の世界でそう呼んでいます。「Awe体験」とはどんなものなのか? なぜ脳によい影響を与えるのか? 著書『科学的に幸せになれる脳磨き』『30日で人生がうまくいきだす脳の習慣』(いずれも、サンマーク出版)の中で、「Awe体験」を紹介した脳科学者・医学博士の岩崎一郎先生に、お話を伺いました。
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脳科学者・医学博士
京都大学卒。京都大学大学院修士課程終了後、米国・ウィスコンシン大学大学院で医学博士号を取得。旧通産省の主任研究官、米国・ノースウェスタン大学医学部脳神経科学研究所の助教授を歴任。日本に帰国後は、人のためになるような研究・活動をしたいと志し、「国際コミュニケーション・トレーニング株式会社」を創業。著書に、『何をやっても続かないのは、脳がダメな自分を記憶しているからだ』(クロスメディア・パブリッシング)『30日で人生がうまくいきだす脳の習慣』(サンマーク出版)などがある。
「Awe体験」とは?
──「Awe体験」とは、どのようなものですか?
岩崎先生:大草原や大海原、星空など、目の前の大自然に大きく心が動き、感動の気持ちを感じると同時に、「この広大な世界と比べたら、人間は何てちっぽけな存在なのだろう」と感じたことはありませんか? 大自然や大宇宙を前に、自分の小ささを知る体験を、脳科学の世界で「Awe体験」と呼んでいます。様々な研究により、「Awe体験」をすると脳がとても活性化することが明らかになってきました。
「Awe」とは、英語で「畏怖の念・畏敬の念」という意味です。日本語に訳すと「畏敬の念の体験」になりますが、言葉として難しいため、あえて訳さずそのまま「Awe体験」と著書で紹介しました。
「Awe体験」にはどんな効果がある?
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──「Awe体験」にはどのような効果がありますか?
岩崎先生:まだまだ解明できていないこともありますが、現時点では以下のような効果があることがわかっています。
①自分を小さく感じ、謙虚な気持ちになる
②自分一人のためではなく、他者のためになることをしたくなる
③空間や時間の視野が広がり、現在自分がいる場所だけでなく、広い世界や未来のことを考える視点が生まれる
④長期的な目標を立てて、物事を考えられるようになる
⑤インターロイキン6(体が炎症を起こしているときに出るもの)の数値が下がり、免疫の状態がよくなる
カナダ・トロント大学の研究では「Awe体験は自分を最小化し、それが謙虚さを引き起こす」という仮説を立て、977人の被験者の協力のもとに検証しました。その結果、「Awe体験によって、心震える感動とともに、“自分はこの世界に生かされている”」といったような感覚になり、小さなことへの執着(例えばエゴ)が少なくなり、謙虚な気持ちを起こすことがわかりました。
「世界と比べて自分は小さい」と感じるとき、人は謙虚な気持ちになり、またこの世界に生かされていることに対して感謝の念を抱きます。そうすると「世のため、人のために何かをしたい」という気持ちが生まれやすく、これが脳の活性化につながります。
──なぜ、利他の心を持つことが脳の活性化につながるのでしょうか?
岩崎先生:米国・ウィスコンシン大学の研究で、脳にはアクセルとブレーキに相当する部位があることが発見されています。アクセルが活性化すると前向きになり、ブレーキが強くなりすぎると心が沈みネガティブな考え方になるのです。
では、どのような人の脳が最もアクセルが活性化しているのか? それは「自分の思い込みや執着を手放して、利他の心で世界平和や人の幸せをいつも祈っている」人の脳だったのです。逆に、エゴが強いときの脳は、脳全体がバランスよく使えず、働きを鈍らせることがわかっています。
また、自分の小ささを知ることで、空間や時間を広くとらえることができるようになります。例えば、自分が死んだ後の世界のことを他人事のようにとらえるのではなく、今生きている時間と同じように価値があるものと実感し、未来のために何かしようと考えるようになったりするのです。長期的な目標にたえず焦点を合わせることができ、短期的な誘惑に惑わされないようにもなります。大きな成功を収めたり、成果を挙げられる人は、長期的な視点で行動ができることが脳科学的にもわかっています。つまり成功しやすい脳になるということでもあります。
──インターロイキン6(体が炎症を起こしているときに出るもの)の数値が低くなるというのは、体にもいい影響があるということでしょうか?
岩崎先生:はい。トロント大学の研究で、「Awe体験」をよくする人は、インターロイキン6の数値が低く保たれているということもわかっています。慢性的な炎症は人の寿命を縮めますので、インターロイキン6の濃度が低い、というのは健康な状態ということです。
「Awe体験」は、どのようにして発見された?
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──「Awe体験」というものがあるというのは、どのように発見されたのでしょうか?
岩崎先生:欧米では、「Awe」は“怒り”や“喜び”といった“感情”のひとつだとされています。実は、感情については脳科学で研究するのが難しい分野とされており、「Awe」は特に解明するのが難しい感情です。
研究の歴史はまだまだ浅く、本格的に研究され出したのは2000年代に入ってからです。2016年に、ペンシルバニア大学の研究者が、宇宙から地球を見た宇宙飛行士のかなり多くが、似通った状態になることに気づきました。この感情こそが、「Awe」なのでは? と考えたのです。
宇宙飛行士たちは皆、「地球という星はこんなに美しかったのだ。自分たちはこの星で生かされている、ちっぽけな存在だ。自分たちの世代だけでなく、後世のために、この星のために何かしなくては」という使命感を抱いたといいます。
企画・構成・取材・文/木村美紀(yoi)