「これまで築いてきたキャリアは間違いだった気がする」「大きな不満はないけれど、今の会社でスキルアップしていけるか不安」…。20代後半から30代半ばで感じる人生への漠然とした不安は、「クオーターライフクライシス」と呼ばれ、キャリアにおいてもこの壁にぶつかる方は少なくないようです。どのようなアプローチをとればいいか、女性の働き方やキャリアに精通する『doda』副編集長の川嶋由美子さんに伺いました。

お話を伺ったのは…
川嶋 由美子

doda副編集長

川嶋 由美子

2002年、株式会社インテリジェンス(現パーソルキャリア株式会社)に入社。派遣・アウトソーシング事業の法人営業として、派遣先の新規開拓・スタッフフォロー業務に従事。その後、キャリアアドバイザーとして12年間、転職希望者のキャリア支援に携わり、2007年にマネジャー着任。2019年には組織開発統括部 エグゼクティブマネジャーに就任し、人材育成と組織開発を牽引。2023年4月、転職サイト『doda』副編集長 兼 プロジェクトエージェント統括部 エグゼクティブマネジャーに就任。2023年10月からは、ハンティングエージェント統括部 エグゼクティブマネジャーも兼務。プライベートでは2児の母。女性のはたらき方やキャリアにも精通している。

「クオーターライフクライシス」とは…?
20代後半から30代中盤にかけて多くの人が感じるといわれている、漠然とした不安や人生に対するモヤモヤのこと

20代後半は、「仕事のリアル」が見えてくる時期。悩んでいない人はほぼいない

クオーターライフクライシス キャリア 仕事 転職 30代 

──20代後半のyoi読者からは、「自分が思い描いていたキャリアとは違う方向に進んでいる気がする」「これまでやってきた仕事は間違いだったのではないかと思う」といった声を聞くことがよくあります。キャリアアドバイザー歴が長い川嶋さんのもとにも、そのような声が届くことはありますか? 

川嶋さん 私の体感では、その世代の方の90%はキャリアに悩んでいるように思いますね。20代後半の方が感じるモヤモヤは「クオーターライフクライシス」とも呼ばれていますが、私たちキャリアアドバイザーから見ればむしろ、悩んでいるのが当たり前じゃないかなと。

──悩んでいるのが当たり前! 心強い言葉です。20代後半で仕事に対してそういった感情を抱いてしまう人が多いのは、なぜなのでしょうか?

川嶋さん 新卒の頃には見えていなかった、さまざまな“リアル”が見えてくるタイミングだからだと思います。新卒で入った会社にずっと勤めている方であれば、30代の先輩たちの姿から給与の上がり幅や昇進の条件などが見えてくる頃でしょうし、転勤を経験した方であれば、勤務地が変わることの大変さも実感されているでしょう。他社に勤めている友人と久しぶりに会ってみたら、結婚していたり家を購入した人がいたりして、自分との差を感じたという声も非常によく耳にします。

20代前半の頃は漠然としていた「10年後の自分」像にリアルな手ざわりを感じるようになり、このままでいいのだろうか…と悩む方が多いのだろうと思いますね。

好きなもの・やりたい仕事は、「名詞」でとらえるのではなく「動詞」にして棚卸しする

クオーターライフクライシス 仕事 キャリアプラン 転職

──「思い描いていたキャリアパスと違うかも」と感じたら、まずはどのような手順で問題にアプローチしていくのがよいのでしょうか。

川嶋さん まずはぜひ、現状の悩みや不満を棚卸ししてみてほしいです。「私はそもそもどうしてこの会社に入ったのだろう?」「意思決定の軸になったのはどんな出来事だったのだろう?」と、働き始めたときのことを振り返ってみて、当時の価値観といまの自分の価値観とでは何が変化したのかを客観的にとらえることが大切です。働き始めたばかりの頃に抱いていた夢や目標が変わりつつあることに気づいても、その変化を否定しないでほしいですね。人は変化するのが当たり前なので。

例えば、音楽に携わりたいという夢を抱いてアルバイトから音楽業界に入った方がいたとします。20代の頃は楽しかったけれど、30代が近づいてくるにつれ、徐々にそのハードワークさに耐えられなくなってきた…という場合、「仕事で音楽とかかわるのではなく、趣味の一環としてかかわろう」と考えが変わることもありますよね。

その際に、夢を諦めてしまったと自分のことを否定するのではなく、「優先順位を整理して、大事な音楽とのかかわり方が変わっただけ」とポジティブにとらえてほしいと思うんです。

──確かに、実際に働く中で業界や仕事のリアルが見えてきて、自分にとっての優先順位が変わることもありますよね。

川嶋さん はい。過去の自分の価値観や意思決定を客観的に振り返ったうえで、「じゃあ、今の自分はどんなことをつらいと感じていて、どんなことにワクワクするのだろう?」と改めて考えてみてください。

ポイントは、「音楽業界」「美容業界」などと目指したいものを名詞で捉えるのではなく、「一人で音楽を聴いている時間が好き」「美容は好きだけど、大勢の人とかかわるのは嫌だ」のように、“状態”や“動詞”でとらえること。自分にとってどんな状態が心地よく、どんな状態が苦手かを洗い出してみてほしいです。

振り返りの際は、信頼できる先輩や友人と対話しながら考えを整理するのもおすすめですし、もう少し詳しい立場から客観的な意見が欲しい場合は、キャリアアドバイザーなどを活用することもぜひ検討してみてください。

衝動的な行動はNG。転職すべきかどうかはどう判断する?

クオーターライフクライシス 仕事 転職 キャリアプラン アラサー

──現状の悩みを洗い出したあとにとれる選択肢としては、どのようなものが挙げられるでしょうか? 「転職をする」「今の会社に残って自分ができることを探す」など、考えられる選択肢を教えてください。

川嶋さん 転職するか、今の会社に留まるかどうかは皆さんとても迷われるところですよね。前提として、取り返しのつかない急な辞め方をしたり、しっかりと計画を立てずにワーキングホリデーに行こうとしたりなど、衝動的に行動するのは避けた方が賢明です。

そのうえで、私が迷わず転職をおすすめするのは、その環境においてご自身の成長がもう見込めないケースや、労働環境が苦しく、改善の見込みがないケース。上司からハラスメントを受けているのに会社が対応してくれなかったり、まったく休めない環境にいたりする場合は、絶対にその会社から出たほうがいいと思います。


──そこまで悪い環境ではないものの、今の会社で働くモチベーションが薄れ、気持ちがなんとなく転職に傾いている…というときはどう考えればよいのでしょうか?

川嶋さん その場合はまず、今の会社に残ってできることは本当にないかどうかを見つめ直してほしいです。例えば、事務職として入社したけれど、交渉すれば総合職への異動も見込めるとか、資格取得を支援する制度を使えば新たなスキルが身につけられる、といったケースも少なくありません。本気になって手を伸ばせば、まだまだスキルアップやキャリアの幅を広げられるチャンスがあるという環境なら、ぜひ積極的にその環境を利用してみてください。

もちろん、今の会社にそういったチャンスがなく、キャリアに行き詰まりを感じるのであれば、転職活動もおすすめします。

──最近は、本業とは別に副業を始める方も多いですよね。副業という選択肢についてはどう思いますか?

川嶋さん 例えば「ずっとチャレンジしてみたかったハンドメイドのショップを始めてみる」など、副業を自己実現の場としてとらえることはすばらしいと思います。やりたかったことを副業として実現することで、相乗効果で本業へのモチベーションが上がったり、副業の単価自体も徐々に上がっていったりするのが、理想的な副業のあり方ではないかと思います。

ただし、長期的に給与を増やしたい、市場価値を上げたいなどの狙いがあるならば、スキルや経験を必要としない副業に取り組むよりも、本業で自分の市場価値を上げることを優先したほうがいいと思います。仮にお小遣い程度のお金が稼げたとしても、副業で疲れてしまって本業に影響が出るのであれば、本末転倒ですから。

ロールモデルは特定の人ではなく、複数の人のパーツを組み合わせて考える

クオーターライフクライシス キャリアプラン お悩み 仕事 転職

──フリーランスや研究職、多数の転職をしている方など、独自のキャリアを歩んでいる方は、ロールモデルが見つけづらいという声も聞きます。その場合、どのようにキャリアの目標を定めればいいのでしょうか?

川嶋さん これは会社員の方の場合も同じだと思うのですが、私は特定の人をロールモデルとして設定する考え方とは少し違ったアプローチを推奨しています。誰かを「素敵だな」と感じてその人のようになりたいと思ったとしても、相手は人ですから、当然ネガティブな部分もあれば不合理な選択をすることもあるし、今の仕事を辞めてキャリアチェンジしてしまう可能性もある。ですから、誰か一人をロールモデルとして固定するのは、変化の大きいこの時代にはあまりおすすめできません。

そうではなく、世の中にいるさまざまな人たちのよい部分を、すこしずつパズルのピースのように集めながら、自分が目指したいビジネスマンの像を描いていく。それがいちばん強固なロールモデルのつくり方だと思います。その像も、1年に一度、あるいは3年に一度などと期間を決めて振り返ることで、ピースを入れ替えながら更新していけるのが理想的ですね。

──今現在、仕事においてクオーターライフクライシスに陥ってしまっている人に対してアドバイスをするなら、川嶋さんはどのような言葉をかけますか?

川嶋さん 今20代後半の人たちは、将来への不安がすごく強い世代だと思います。先が見えないからこそ、周囲の人たちと自分を比べるたびにどんどん不安が募っていくと思うのですが、どうか自分のキャリアを諦めないでほしいです。

最初にお話ししたように、不安は誰しも持っているものだと思いますが、行動していると不安ってすこしずつ見えなくなっていくものですよね。今があなたのキャリアの中でいちばん若いわけですから、諦めてしまうのはとてももったいないことだと思います。不安があるけど具体的に行動できていなかったという方は、人に相談してみたり、インプットを増やしてみたり、新たなコミュニティに足を延ばしてみたり、ぜひ身近なことから行動にうつしてみてください。

イラスト/minomi 構成・取材・文/生湯葉シホ 企画/種谷美波(yoi)