24カ国語以上で翻訳された大ベストセラー『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』(三笠書房)を監訳した楠木建さんに、ギブ・アンド・テイクにまつわるお話を伺いました。今回は、自分の幸せを守りながらギブする「他者志向タイプ」のギバーについて。

教えていただいたのは…
楠木建

一橋ビジネススクールPDS寄付講座競争戦略特任教授

楠木建

1964年、東京生まれ。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋ビジネススクール教授を経て2023年から現職。著書に『経営読書記録(表・裏)』(日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論 近過去の歴史に学ぶ経営知』(日経BP)など。『GIVE & TAKE 「与える人」こそ成功する時代』(三笠書房)の監訳を務めた。

燃え尽きにくい「他者志向タイプ」のギバーとは?

ギブアンドテイク テイカー ギバー マッチャー アダム・グラント 組織心理学 楠木建4-1

Helga Khorimarko/Shutterstock.com

──これまでのお話を伺っていると理想的な在り方に思えるギバーですが、最も成功する人と、最も成功しない人の両方がギバーであるという二極化の事実は衝撃的でした。

楠木さん ギバーには「自己犠牲タイプ」と「他者志向タイプ」の2種類があります。そもそもギバーは自分の利益より他人の利益を優先する傾向があるので、つい自分自身の幸せを犠牲にして人を助け、燃え尽きる危険をみずから高めてしまうリスクがあります。人は燃え尽きると、仕事のパフォーマンスが損なわれることもわかっています。一方、成功するギバーは、他者志向を持っているのが特徴です。

⚫︎自己犠牲タイプのギバー
・自分の成功を犠牲にして、相手の利益に時間とエネルギーを割くことを優先した結果、そのツケ(パフォーマンス低下や燃え尽きなど)を払うことになる。

・相手に求められるまま、そのつどギブする傾向がある。

・他人に負担や迷惑をかけたがらない。支援を受けることに居心地の悪さを感じる。

⚫︎他者志向タイプのギバー
・相手の利益のためにギブしながら、自分の利益も見失わない。

・まとまった時間でギブする方法をとっている。

・人に助けを求め、やる気や気力の維持に必要なアドバイスや協力を仰ぐ。

・自分自身の幸せを守ることの大切さを理解している。

──他者志向とはどういうことでしょう?

楠木さん 例えばチームで仕事をするときに、「特定の誰かのため」ではなく「みんなの幸せのため」に高い成果を出すことを目的に設定するということです。誰しも自分の時間や資源は有限ですから、ただギブするだけでは必然的に消耗してしまいます。

自己犠牲タイプのギバーは相手に求められるまま、そのつど与えるので疲弊しやすい傾向にあります。しかし、他者志向タイプのギバーは、「こんなことがあったらいいな」「こういうことをやってくれる人がいたらいいな」という動機でギブします。ある意味、自分のためにギブしている状態ともいえます。

燃え尽きる前に、周囲にアドバイスやサポートを求める

──自分にとっても意義のあるギブは、自己犠牲にならないということですね。

楠木さん そうです。「自分にとって意義のあることをする」「自分が楽しめることをする」といった動機が満たされれば、ギバーは自分にも「与える」ことができるのです。

カーネギーメロン大学の心理学者・ビッキー・ヘルゲソンは、自分の幸せをかえりみずに与え続ければ、精神的・肉体的健康を害するリスクが高まることを発見しました。他人のことだけでなく自分自身のことも思いやりながら他者志向的に与えれば、心身の健康を犠牲にすることはなくなるのです。

──自己犠牲タイプが消耗したり燃え尽きたりしないためには、ほかにどういったことに注意すべきでしょうか。

楠木さん この本では、助けが必要なときに頼ることの重要性を指摘しています。燃え尽きそうになったら周囲にアドバイスやサポートを求めることが、燃え尽き防止の特効薬になるのです。

また、毎日ひとつずつ、数日かけてギブするよりも、1日に5つまとめてギブした人のほうが、幸福度が増したという指摘もあります。

ゆとりをもたらすヒントは「やらない」を見極めること

ギブアンドテイク テイカー ギバー マッチャー アダム・グラント 組織心理学 楠木建4-2

Helga Khorimarko/Shutterstock.com

──楠木さんは本のまえがきで、「時間的に鷹揚な人でないと、ギバーにはなれない」と書かれていますが、即効性や効率を求められる現代において、そのハードルは上がっているように感じます。時間や心のゆとりを意識するうえでのアドバイスもぜひいただけますか。

楠木さん 時間というのはお金などと違って貯蔵性がなく、誰にとっても貴重なものです。時間は1日24時間、そして体も頭もひとつであるという意識を持って、「やらないこと」をはっきりさせていくことが大切だと思います。

現代は、色々な人とつながりすぎる側面がありますから、注意を向ける対象を絞ることが、追い立てられるような感覚から離れて、ゆとりをもたらすいちばんストレートな方法だと思います。

──「やらないこと」の取捨選択は、自分にとって大切なことを見極める作業でもありますね。

楠木さん そこで「仕事を早く終わらせて、ゆとりの時間をつくろう」と考えるのが間違いのもと。「これは自分にとって本当に必要だろうか」と取捨選択していくと、考えるべきことも自然と絞られていきます。それがゆとりの正体です。

先にお話ししたように、仕事は「自分以外の誰かのためにするもの」であり、結果や成果も、事前にコントロールできない不確実なものです。そうした中で自分にとって大切なことを判断するためには、仕事哲学がものをいうのだと思います。

構成・取材・文/国分美由紀