ベストセラーとなっている『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。帯に書いてある「疲れてスマホばかり見てしまうあなたへ」という言葉にはドキッとする人も多いのでは? そこで、今回は著書の三宅香帆さんに、読書から遠ざかってしまう背景と、本を読むことの魅力を伺いました。

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お話を伺ったのは…
三宅香帆

文芸評論家

三宅香帆

1994年、高知県生まれ。文芸評論家。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。幅広い分野で批評や解説を手がける。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)がベストセラーとなっているほか、『娘が母を殺すには?』(‎PLANETS)など著書多数。

本よりスマホに手が伸びてしまうのはどうして?

——2024年4月に三宅さんが上梓された『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』がとても話題になっています。このタイトルに惹かれる人が多いということは、それだけ働く世代で本を読みたいのに読めないという葛藤を抱いている人がたくさんいることが窺えます。

三宅香帆さん(以下、三宅):そうですね。現代人はとにかく忙しい。だから“自分が今欲しい”情報に効率的にたどり着けるスマホについ手が伸びがちです。

でも、本音ではスマホの断片的な情報に満足できず、本にあるまとまった知識、文脈のある踏み込んだ知識を欲している部分がある。それが現代人にとって、読書との距離感なのかなと感じています。

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——なるほど。著書では、読書離れが始まった2000年代は、インターネットというテクノロジーにより、“情報”が台頭してきた時期と重なると言及されています。インターネットの発展は私たちにどのような影響を与えたのでしょうか?

三宅:調べて情報を得るまでの速度は格段に上がりましたよね。そして、その情報が自分に合っているか取捨選択する能力は皆さん、本当に高くなっていると感じます。

例えば、ウェブ記事を開いても、自分に合わないと判断するとすぐ閉じてしまったり。

また、最近のウェブブラウザやSNSでは、自分の閲覧履歴に最適化した情報がどんどん“おすすめ”として提供される

いわゆるデジタルネイティブと言われる世代にとっては、「自分の好きなものは何か」に重点を置くのではなく、おすすめとして流れてきたものを見る方が心地いいと感じる傾向が強い気がします。

——知りたいことにすぐ手を伸ばせる環境は便利な一方、新しい知識を思いがけず得るチャンスはもしかしたら減っているのかもしれないですね。

三宅:はい。インターネットでは、自分が求めている以外の情報=ノイズとの出合いはぐっと減ります。これが冒頭でも少し触れた、本で得られる“知識”と“スマホで得られる“情報”の質的な差異だと思います。

読書で提供される知識には、自己や社会の複雑さに目を向け、歴史性や文脈性を重んじようとする知的な誠実さが存在しています。一方、インターネット的情報には自分が今求めている以外の情報(ノイズ)が出てきづらい。

疲れているとノイズを受け入れる余裕がなくなるので、仕事で疲れたみなさんが手軽に速く、欲しい情報のみを得られるスマホに手を伸ばしやすくなってしまうのはある意味自然なのかもしれません。

ただ、インターネットの存在そのものではなく、読書のノイズを楽しめないほど疲れきってしまう社会構造に問題があると感じています。

自己実現欲求が読書を遠ざけている?

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——先ほど、デジタルネイティブ世代についての話がありましたが、世代間でもインターネットから受けている影響には差はあるのでしょうか?

三宅:そうですね。私を含め、今の20代後半〜30代はアナログとデジタルの過渡期を経験した狭間の世代だなと感じています。

いわゆるZ世代と比較すると、前述したような人からすすめられたものをただ取捨選択する」という状態に慣れていない。一方で、今より個人が多様な情報にアクセスしにくい環境で育った40代以降の世代と比較すると、社会の“こうあるべき”より、自分の心地よさを大切にする世代だと感じています。

小学生時代を振り返ると、『13歳のハローワーク』(幻冬舎)が大ブームになったことが象徴するように、キャリア教育ではやりたいことが重視されるようになり、好きなことや興味のある分野に傾倒する人を定義する「オタク」という言葉が一般化しました。

そういった変化を成長過程で経験することで、今の20代後半〜30代は、自分のやりたいこと、好きなことに重点を置き、それについて自分で探求していくという姿勢が基盤になっている気がします。

——好きなことを仕事にして、自己実現しなくてはという思いが強いのはアラサー世代の特徴なのですね。三宅さんの著書で印象的だったのが、読書離れは進んでいるのに自己啓発本の市場は伸びているという点でした。まさに今の20代後半〜30代は働き盛りですが、自己啓発本の伸びと何か関係性はありますか?

三宅:前述したとおり、働き盛りの世代は仕事での自己実現へ重きを置いている人が多いため、できるだけ自分の人生をコントロールしたい感覚が強いと感じます。

自己啓発本で提供される情報は、まさしく自分の行動を変えるためのもの。コントロールできない社会や他者はノイズとして除去されています。

ノイズならではのワクワク感も人生には必要

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——自己啓発本が提供する情報とその世代のニーズがうまく合致している印象ですね。とはいえ、ノイズがある本ならではの魅力もある気がします。

三宅:はい。世界には今の自分には関係のないノイズに溢れています。ノイズになってしまうような他者の文脈に触れる機会は人生いくらでもある。

ノイズがある本を読むことは他者の文脈を自分に取り入れることであり、幅広い視点を手に入れることができます。そうすることで、社会の問題を考えたり、巡り巡って自分や自分の周りに心地よさを築くうえで役に立つと私は考えます。

とはいえ、コントロール欲求をなくして、ノイズがあるものを楽しんだほうがいいとはまったく思っていなくて。

個人的には、ノイズがある未知のものへの“ワクワク感”と、自分をコントロールして目標を達成するといった“ちゃんとしている感”、別物としてどちらも人生に必要だと考えます。

大切なのはノイズを排除しないこと。読書は偶然性に満ちたノイズありきの趣味であり、偶然の知との出合いがそこにはあります。

それを受け入れることができる余裕がある暮らしこそが健全であり、それができない今の社会や働き方について、私たちは一度立ち止まって考え直てみる必要があるのかもしれません。

▶︎インタビューvol.2では、読書との両立が難しい現代の働き方を分析し、仕事と読書を両立するヒントを伺います。

イラスト/藤原琴美 構成・取材・文/長谷日向子