ベストセラーとなっている『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』。著書の三宅香帆さんは、本が読めないほど疲れてしまう働き方の問題点を指摘しています。そこで、今回は読書と両立できない労働のあり方について三宅さんにお話を伺いました。

なぜ働いていると本が読めなくなるのか 三宅香帆 読書

教えていただいたのは…
三宅香帆

文芸評論家

三宅香帆

1994年、高知県生まれ。文芸評論家。京都大学人間・環境学研究科博士前期課程修了。幅広い分野で批評や解説を手がける。『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社新書)がベストセラーとなっているほか、『娘が母を殺すには?』(‎PLANETS)など著書多数。

仕事以外の文脈は「ノイズ」になりやすいのが現代の社会構造

——スマホで得られる“情報”と違い、本で得られる“知識”には今、欲しい情報以外のノイズが含まれていて、それが読書ならではの楽しさでもあります。一方、この「本のノイズ」を楽しむ余裕のなさが働く人の読書離れの背景にあると三宅さんは指摘されていますね。

三宅香帆さん(以下、三宅):まず、現代は働く人にとって、仕事以外の文脈はノイズとなりやすい社会構造になっていると思います。

「仕事を頑張れば国が成長し社会が変わる」という心をひとつにしていた高度経済成長期が終焉を迎え、終身雇用の前提が崩れ、不景気な社会の中で「自分のキャリアは自己責任でつくっていくもの」という新自由主義的な価値観が広まっていったのが、1990年代〜2000年代。

これは、読書離れが始まった時期と重なります。この社会構造の変化によって、社会と個人は切り離され、キャリアの成功ではいかに自己管理をして市場に適合するかが求められるようになりました。

キャリアアップを求めるなら、適合に必要のないノイズを除去し、コントロール可能な自分の行動に注力するようになるのは自然のことですよね。

結果として、文芸書や人文書といった社会や感情について語る書籍は読まれなくなり、ノイズがなく、適合を後押しする自己啓発本が反比例して伸びるという現象につながっているのでしょう。

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——社会構造の変化による労働のあり方が、人々が読書に求めるものまで変化させてしまったのですね。となると、仕事に一生懸命になるほど、本が読みたくても、ノイズがある本へはどうしても手が伸びにくくなりますね。

三宅:はい、特に今の30歳前後は、「好きなことを仕事にするのがいい」という教育を受けて育ってきた世代。趣味でも子育てでも手段は何でもいいのに、何故か自己実現=仕事と思いがちじゃないでしょうか。

それ自体はもちろん悪いことではないのですが、これは現代社会において「競争しつつ個性を生かす」というジレンマを私たちの中に生み、「自己実現系ワーカーホリック(※)」といった状態につながりかねません。

※社会学者の阿部真大が趣味を仕事にする職業としてバイク便ライダーを研究し、それに没入する若者を批判的に名づけた言葉。

不全感を煽る社会がオーバーワークを招く

——日本では度々、過労が問題になります。いくら自己実現のためといえど、なぜ“やりすぎ”てしまうのでしょうか?

三宅:自分には何か足りないのでは、という不全感がオーバーワークを引き起こす要因ではと考えています。自分である程度区切りをつけて満足できていたらいいのですが、教育やSNS、メディアをはじめ、「あなたは他の人と比べてここが足りていない」と不全感を煽りやすい社会ですよね。

特に、30歳前後は仕事でもこれから、という時期に加え、結婚や転職、出産などいろいろな選択に迫られ、ライフスタイルが変化しやすい世代。周りとの比較で不全感をより感じやすいのかもしれません。

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——確かに、自分のスタイルをいちばん模索する世代なのかもしれません。仕事と自己実現を切り離すだけでも、少し働き方に余裕ができそうです

三宅:私は“半身”で働くことを提案しています。仕事ってまじめにやろうと思えば思うほど、休日も仕事のことで頭がいっぱいになってしまうし、資本主義的な考えで埋め尽くされた今の世の中、24時間、労働に個人が追い立てられやすい環境になっていると感じます。

だからこそ、仕事のことを強制的にオフにする時間が必要。仕事と関係のないおしゃべりでも、習い事でも運動でも、何でもいいのですが、私の場合はそれが読書なんですよね。

とりあえず、仕事から切り離された自分を生きてみる時間を作るのが結構大切で、その余裕が仕事にもいい影響を与える気がします。

働きながら本が読める社会を目指して

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——三宅さんにとって、読書は健全な働き方を支える存在なのですね。

三宅:そうなんです! 普段、読書って人生を豊かにするとか、教養を得るといった方向で語られることが多いのですが、私にとっては、自分の内面を整えたり、言語化するためのもの。自分を守るためのものとして、もっと読書という存在が語られるとうれしいなと思います。

——こんな時代だからこそ、読書はお守りのような存在になりえるのかもしれません。そうは言っても疲れて読書が難しいという方に向けて、働きながら本を読むコツはありますか?


三宅:特におすすめしたい3つは以下です。

①iPadを買う
②書店へ行く
③カフェ読書を習慣にする

iPadに電子書籍のアプリを入れておくと、だらだらスマホを見そうになったときに一旦電子書籍を読むことで、細切れ読書ができるようになります。特に読書に苦手意識がある方に試してもらいたいです。

書店に行くというのは①と一見相反することなのですが、書店に足を運ぶとタイトルに引っかかる本が見つかるので、読みたい本を発掘するのにおすすめです。

また、カフェ読書は、場所を家と切り離せるので実利的におすすめしたいです。とにかく習慣として読書時間を持つというのは働きながら本を読むのに有効ですよ。

これは個人レベルで実践できることですが、私が強く提案したいのは、やはり働きながら本が読める、趣味を楽しむ余裕がある社会を作っていくこと

半身で働ける社会では、他人の言葉に耳を傾け、ケアできる余裕が持てる。仕事以外の人生をちゃんと考えられるはずです。そんな優しい、「半身社会」の実現を一緒に模索していきませんか?

イラスト/藤原琴美 構成・取材・文/長谷日向子