人前に立つと顔が真っ赤になって声が震えてしまったり、自分に注目が集まるシーンが怖かったりと、「人前に立つ/人前でパフォーマンスする」状況に強い苦手意識があるという人は少なくないのではないでしょうか。人前が苦手な人がその特性を正しく理解し、苦手意識を克服するにはどうすればよいのか、健康科学の専門家・坂入洋右教授に伺いました。

坂入洋右

常葉大学教育学部教授・筑波大学名誉教授

坂入洋右

常葉大学教育学部教授、筑波大学名誉教授、臨床心理士。健康心理学、スポーツ心理学を専門に、自律訓練法・軽運動・瞑想法を活用した、心身コンディションのセルフコントロールなどを研究。著書に、『身心の自己調整:こころのダイアグラムとからだのモニタリング』(誠信書房)が挙げられる。

「人前で緊張する」はごく当たり前のこと

人前 緊張 メカニズム 坂入洋右

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──緊張のメカニズムについては以前にもyoiでお話を聞きましたが、人前に出ると顔が赤くなったり頭が真っ白になったりしてしまう……といった「人前が苦手」な人は、なぜそうなってしまうのでしょうか?

坂入先生 人前に出ると顔が赤くなったりパニックになったりしてしまうというのは、交感神経が優位になって心と体が興奮しているから起きることで、緊張によって引き起こされるごく自然な反応です。

 ポイントは、人は自分にとって重要だと感じる場面では当然緊張するということ。人前が苦手というと、大勢の人の前でパフォーマンスをすることが苦手な人を思い浮かべるかもしれませんが、若い方の中には、友達数人との会話のほうが緊張するという人も多いです。変なことを言って浮かないかどうかを気にしてしまうと。つまり、人数や状況は関係なく、「自分を評価する相手がいる場面」で人は緊張するんです。

──緊張するのは、大勢の人の前だけとは限らないんですね。

坂入先生
 はい。自分にとって重要だと感じる場面で緊張をいっさい感じない人は、おそらくいないのではないでしょうか。私はスポーツ心理学も専門なのですが、一流アスリートでも緊張はします。しかし、自分にとって重要な場面を何度も経験している一流アスリートたちは、強い緊張を感じる場面ではいつも通りの力を発揮できないということをよく知っているんです。緊張する場面では、いつもの8割くらいのパフォーマンスができれば上出来だとわかっている。

一方で、緊張する場面でもいつも通りの力を発揮しなくてはと考えてしまう人もいます。そういう人は、「もっと落ち着こう、リラックスしよう」と頑張ろうとするためにかえって交感神経系が活性化されてしまい、よりいっそう緊張してパニックになってしまう。これがいわゆる「人前が苦手な人」や「緊張に弱い人」の体に起きていることです。

人間は賢いので、強い苦手意識を一度持ってしまうと、「予期不安」というものが生まれてくるんですよ。これは、自分が緊張した結果失敗することを予期して過度に不安になってしまう状態です。予期不安を感じることによって心拍数が上がったり体が震えたりし、さらに人前が怖くなってしまう……という悪循環も生まれがちです。

生まれつき「不安になりやすい」遺伝子を持った人もいる

──では、プレッシャーに強いタイプの人は、実際には緊張はしているものの、それによって焦らないだけなのでしょうか? なかには、大勢の人の前でも上がらず自然に話せるタイプの人もいるように思います。

坂入先生 いわゆる「上がり症」かそうでないかについては、先天的に不安を感じやすい人と感じにくい人がいることも関係しています。「不安遺伝子」という、生まれつき不安を感じやすい遺伝子が存在し、不安を強く感じる人とそうでない人は遺伝子型で分けられることが近年の研究で明らかになってきたんです。その研究によると、アメリカ人の場合は不安遺伝子を持っている人の割合が全体の4割程度であるのに対し、日本人はおよそ8割が不安遺伝子を持っているのだそう。つまり、生まれつき不安を感じやすいタイプの人も8割いるということですね。

また、「HSP(Highly Sensitive Person)」という言葉も最近よく聞くようになりましたが、特性として、感覚が敏感な人とそうではない人がいるのも事実です。


たとえば自分がプレゼンをしているときに、前列の人たちは熱心に頷きながら話を聞いてくれていて、後列の人たちは退屈そうにあくびをしていたとしますよね。敏感ではない人は、後列の人たちにはあまり意識が向かず、熱心に話を聞いている前列の人たちだけに意識が向くので、満足感を得ることができます。私もこのタイプなので、授業中、寝ている学生がいても気づかなかったりします(笑)。しかし敏感な人の多くは後列の人たちのネガティブな反応が気にかかるのでそちらにばかり意識が行ってしまい、「自分のプレゼンは退屈なんだ」「失敗した」と思ってしまいがちなんです。

──なるほど。生まれつき不安になりやすい人や、ネガティブな反応に気がつきやすい敏感なタイプの人もいると。

坂入先生 はい。それに加えて、人前に苦手意識を持っている人はおそらく、子どもの頃に人前で話すことに失敗して周囲から笑われたり、顔が赤くなるのを指摘されたりした経験があるのではないでしょうか。逆に言うと、子どもの頃から人前での失敗を周囲に優しく受け止められる経験を繰り返してきた人の多くは、人前にさほど苦手意識を持っていないはずです。

無理にポジティブになろうとする必要はない。目指すのは「客観的な自己評価」

──では、人前に苦手意識がある人が、その特性を変えることはできるのでしょうか? さきほどのお話にあったプレゼンなどの場合は、ポジティブな反応だけに意識を向ければいいのかなとも思ったのですが……。


坂入先生 残念ながら、ネガティブな反応が気にかかりやすい人がポジティブな反応だけに意識を向けようとするのは現実的ではないですし、あまり意味がありません。上がり症の人は無理にポジティブになろうとするのではなく、自分を正しく観察し、客観的な自己評価ができるようになることを目指すとよいと思います。

──客観的な自己評価ができるとは、どのような状態のことを指すのでしょうか?

坂入先生 たとえば、学校の試験の結果が60点だったとします。ポジティブな人は「60点もとれた」、ネガティブな人は「60点しかとれなかった」と結果を評価したくなるかもしれません。しかし実際には、試験というものは自分が何を理解し、何を理解していないかを知るためにあるものです。100点を取れてしまうようなテストは簡単すぎます。ですから点数が何点であろうと、「前回はまちがえてしまった問題を正解できた」「点数は上がったけれど、いつも同じような問題でつまずいてしまう」といったポイントだけを見るのが本来の正しい見方なんですよね。


人前で話すことに関してもまったく同じです。人前が苦手な人はついつい最初から完璧に喋ろうとしてしまいがちですが、最初にお話ししたとおり、強い緊張を感じる場面でいつも通りのパフォーマンスをすることは至難の業です。ですから仮に思ったように喋れなかったとしても、「早口にならない」「オーディエンスの顔を見ながら話す」といった細かい評価軸を設け、それを達成できたかどうかだけを確認するよう心がけてみてください。成功したか失敗したかではなく、自分のパフォーマンスを分析して、このパターンの場合の結果はこうだったというデータ収集をしていると考えるといいですよ。

そういった工夫を繰り返しているうちに、緊張する場面であっても少しずつ客観的な自己評価ができるようになっていくはずです。人前に出ると手汗や震えが止まらなくなってしまう……という人は、以前、yoiで紹介した「オートジェニックトレーニング法」などを生活の中にとり入れて、自律神経のアクセルとブレーキの切り替えを上手にしておくのもひとつのよい方法です。

不安遺伝子 人前 緊張 理由 坂入洋右

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不安になりやすい性格にもメリットはある

──お話を伺って、不安になりやすい性格やネガティブな反応が気になってしまう性格は、無理に直そうとしても意味がないことがわかりました。不安になりやすい人は自己否定をしてしまいがちですが、そういった性格にもメリットはあるのでしょうか?


坂入先生 不安になりやすい性格にもメリットはありますよ。たとえば正確に書類を作る、プロジェクトの期日を管理するといった場面では、不安を感じやすい性格の人のほうがまちがいがないか何度も確認をするなどして、高い評価を得るケースも多いと思います。現代はどうしても、人前で堂々とパフォーマンスできる人のほうが評価されがちな社会ですが、時代や社会状況によっては必ずしもそうではないんです。

たとえば動物の場合、不安遺伝子を持っていない個体だけで群れを形成したら、全員がなんの準備もせず寝ている間に他の動物に襲われて、群れが滅びてしまう可能性がある。一方でもちろん、不安遺伝子を持った動物だけの群れの場合も、安心して眠れずに全員が気力や体力を消耗して滅びてしまう可能性があります。大切なのは遺伝子の多様性で、不安を感じやすい人とそうでない人、どちらも同じコミュニティの中にいることが重要なんです。


──なるほど。では、不安になりやすいから、人前が苦手だから……と過度に自分を否定する必要はないのですね。

坂入先生
 そのとおりです。特に少人数で話す場面などにおいては、敏感なタイプの人は他者のネガティブな反応を受け取りやすい分、相手の体調や機嫌の変化などにもすぐ気づき、気遣いができるというメリットもあります。敏感な人の中には内向的で自分の殻に籠もってしまいがちな人も少なくありませんが、せっかくならその敏感さを外に向けて、コミュニケーションの際に生かそうと考えると人間関係もうまくいくと思います。

取材・文/生湯葉シホ 企画・編集/福井小夜子(yoi)