秋が深まり冬に入ると、何だか心も体も調子が悪い──もしつらい症状が2週間以上続くようなら、「冬季うつ」の可能性を考えたほうがいいかもしれません。特に女性に多いという「冬季うつ」について、臨床心理士の山内恵理子さんに伺いました。
- 冬に無気力感が増すのは私だけ? きちんと知りたい「冬季うつ」のこと〈臨床心理士・山内恵理子さんに聞くvol.1〉
- 10月~12月頃から症状が現れ、春の訪れとともに落ち着くのが特徴
- 日照時間の短縮によるセロトニン&ビタミンD不足が影響
- 症状が2週間ほど続いたら心療内科などを受診
- これって「冬季うつ」?と思ったら…治療法や、日常生活でケアできること〈臨床心理士・山内恵理子さんに聞くvol.2〉
- 何より効果的なのは、生活のリズムを整えること
- 今日から意識したい3つの生活習慣
- 冬季うつは体が環境に反応しているだけ。自分を責めないで
- 「冬季うつ」を自分や身近な人が発症したときの具体的な対処法は?〈臨床心理士・山内恵理子さんに聞くvol.3〉
- まずは休息が最優先。予定がない日をつくろう
- お守りがわりの「マイリスト」をつくっておく
- 身近な人が発症したときにできること
公認心理師・臨床心理士
愛知県名古屋市にある女性のための小さな相談室「こはる心理カウンセリング室」を運営。精神科・心療内科で長年勤務した経験やスクールカウンセラー・大学の学生相談室の経験を基に、生きづらさを抱える女性のための相談活動をしている。「傷ついた心のケアをもっと身近に、必要な場合は医療とつなげて」をキーワードに、個人カウンセリングだけでなく、企業や学校向けのゲートキーパー(自殺対策)講座やストレスケア講座の講師を務める。共著に『クライエントと臨床心理士 こころの「病」と心理療法』(金剛出版)。
冬に無気力感が増すのは私だけ? きちんと知りたい「冬季うつ」のこと〈臨床心理士・山内恵理子さんに聞くvol.1〉
10月~12月頃から症状が現れ、春の訪れとともに落ち着くのが特徴
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──まずは「冬季うつ」と「うつ病」の違いについて確認させてください。
山内さん 最初に、うつ病について簡単にご説明しますね。うつ病というのは、気分が落ち込む、憂うつなどの強い抑うつ状態が長く続いて、日常生活に支障をきたしてしまう病気のことです。日本人の15人に1人が一生のうちに一度は経験するといわれていて、特に女性の経験者は男性の2倍とされています。はっきりした原因はまだよくわかっていませんが、さまざまな要因が重なって発病すると考えられています。
──では、「冬季うつ」についてはいかがでしょう?
山内さん 「冬季うつ」は一般的によく用いられる言葉ですが、もともとは1984年に精神科医のローゼンタールらによって報告されたもので、「季節性感情障害」や「季節性のパターンを伴ううつ病の一種」として診断されます。いつでも発症する可能性があるうつ病に対して、冬季うつは10月~12月頃から症状が現れ、春の訪れとともに軽快することが多いのが特徴です。発症する時期から「ウインター・ブルー」と呼ばれることもあります。また、春や梅雨など、冬以外でも特定の季節がくるたびに症状が出るケースもあります。
──特に秋から冬にかけて症状が現れやすいということですが、どんな症状が多いのでしょうか?
山内さん しっかり寝ていても眠気を感じる「過眠」や、急に食欲が増えて特に甘いものや炭水化物を欲する「過食」、意欲の低下や倦怠感などが挙げられます。うつ病の症状として知られる不眠と食欲不振とは逆のパターンですね。
日照時間の短縮によるセロトニン&ビタミンD不足が影響
──過眠や過食が冬季うつの症状だとは知りませんでした。発症の原因として考えられるものはありますか?
山内さん 冬季うつは、秋冬の日照時間の短さによる次のふたつが影響していると考えられています。
⚫︎セロトニン不足
「セロトニン」は、睡眠、食欲、気分の調整を担う重要な脳の神経伝達物質で、日光などの強い光に当たると脳内のセロトニン分泌が活性化される。冬は日照時間が短くなるため、脳内でのセロトニン分泌量が減少し、冬季うつの症状が引き起こされると考えられている。セロトニンは代謝されて睡眠をつかさどる「メラトニン」に変化するため、セロトニンが不足するとメラトニンも減り、睡眠の質に影響が出やすい。
⚫︎ビタミンD不足
セロトニンやドーパミンの生成に欠かせない「ビタミンD」は、皮膚に直接日光が当たると生成される。日照時間が少なくなると体内のビタミンDレベルが低下し、その影響で脳内のセロトニン量が少なくなってしまう。
──冬に日照時間が少なくなることの影響は誰にでも起こりうるものですし、防ぎようがないものですよね。
山内さん そうなんです。冬は誰しもセロトニン分泌が減少するタイミングなので、たとえ診断が出るほどの状態ではなくても注意が必要ですし、今ぐらいの時期から気をつけておくと悪化せずに済みます。そして、過眠や過食は「ルーズな人」という印象で見られがちですが、それらの症状は自分では止められません。だからこそ本人も苦しい思いをしているということも、ぜひ知っていただきたいと思います。
症状が2週間ほど続いたら心療内科などを受診
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──確かにそれはとても大切な基礎知識ですね。発症しやすい人の傾向というのはあるものでしょうか?
山内さん 発症年齢は20〜30代の若い世代に多く、女性の発症率は男性の3〜4倍といわれます。緯度が高くて日照時間が短く、気温の低い地域も発症率が高いといわれます。また、PMSがある人も季節変化の影響を受けやすいという調査データもあります。臨床の現場に関わってきた個人的な実感としては、すでにうつ病や双極性障害など何らかの精神疾患を抱えておられる場合、冬季にメンタル不調が強まる方が少なくない気がします。
──「もしかしたら冬季うつかもしれない」と感じたり、心身に違和感を覚えたりしたとき、治療が必要かどうかの判断基準はあるものですか?
山内さん 治療が必要かどうかの見極めとしては、休養をとったり、気分転換をしたりして回復するようであれば、急いで受診する必要はありません。ただ、気分の落ち込みや、いつも以上の過眠や過食が2週間ほど続いているようであれば、ぜひ受診を考えてほしいと思います。
──その場合、病院は何科を受診すればいいのでしょう?
山内さん いちばん症状に詳しいのは精神科や心療内科ですが、PMS、PMDDで婦人科を受診している場合は、かかりつけの婦人科医に相談してみるのもいいと思います。自分では冬季うつだと思っていても、症状が似ている双極性障害などの可能性もありますから、症状がつらい方は我慢せず受診してください。
これって「冬季うつ」?と思ったら…治療法や、日常生活でケアできること〈臨床心理士・山内恵理子さんに聞くvol.2〉
何より効果的なのは、生活のリズムを整えること
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──冬季うつの治療には、どんな方法があるのでしょうか?
山内さん 一般的なうつ病の治療と同じように、脳内のバランスを整える抗うつ薬が処方されたり、物事の考え方や受け止め方をときほぐしていく認知行動療法を主としたカウンセリングを行ったりします。非常に強い光を30分〜2時間ほど浴びる「高照度光療法」もありますが、私の経験としては目覚めたらカーテンを開けるなど、生活の中で光を浴びる工夫を一緒に見つけていくことが多いですね。
──日常で実践できる改善策もあるのですね。
山内さん 先ほどのお話とも少し重なりますが、冬季うつの改善策として何より効果的なのが、生活のリズムを整えること。しっかり寝たり食事を意識したりすることで回復するケースも多いので、一年を通じて意識してほしいと思います。特に、誰もが冷えや日照時間の影響を受ける冬場は、いつも以上にリズムを保つように心がけてみてください。
今日から意識したい3つの生活習慣
①日光浴
光を浴びることで、睡眠や食欲、気分の調整を担う脳内の神経伝達物質「セロトニン」がつくられるので、朝目覚めたらカーテンを開ける、午前中に5分でもいいので散歩をして日光を浴びるなど、午前中から日中にかけてできるだけ光を浴びる工夫を。
特に午前中に光を浴びておくと、セロトニンが睡眠をつかさどる「メラトニン」に変換され、睡眠の質がよくなることで症状も改善されていく。天気が悪い日は、室内でも電気をつけて過ごしたり、太陽光と同等の光を再現した光目覚ましなどを浴びたりするのもおすすめ。
②運動と睡眠
「セロトニン」は運動によって増えることが確認されているので、昼間のうちにできるだけ体を動かしておくと効果的。激しい運動ではなく、短い散歩やウォーキング、ストレッチなどでOK。日中に体を動かすことでほどよい疲れも生じ、夜は休息モードに切り替えやすくなる。夜はたっぷり睡眠時間を確保するよう心がける。
また、冬季うつの代表的な症状である「過眠」があっても、眠くなってしまう自分を責めないことが大事。睡眠のリズムが乱れたままだと、季節が変わっても体のリズムが乱れてしまうので、「人の体はそういうふうにできている。夜は早く寝る」と考えること。
③食事
セロトニンの生成に必要なタンパク質やビタミン、ミネラルなどの栄養素をバランスよく摂取するのが基本。冬季うつは炭水化物などの糖質を欲してしまう傾向があるので、空腹を感じたときはタンパク質をとるように意識。また、セロトニン生成に必要なアミノ酸(トリプトファン)が豊富に含まれる肉や魚、大豆、ナッツ類、バナナなどは意識してとりたい食材。
冬季うつは体が環境に反応しているだけ。自分を責めないで
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──カウンセリングも治療法のひとつということですが、物事の考え方や受け止め方で意識しておくといいポイントはありますか?
山内さん 日常生活の取り組みに関していうと、「いっぱい食べちゃったから」と次の日の食事を抜くのはやめたほうがいいと思います。食べすぎたから食事を抜くのではなく、気になるなら少し減らすぐらいで十分。食事を抜いてお腹が空きすぎると次にたっぷり食べてしまう可能性も高まりますし、菓子パンだけで済ませてしまうと栄養が足りずパフォーマンスが落ちるうえ、冬季うつにも悪影響です。毎日できるだけ決まった時間に食事をして、時々おやつも食べて…と食のバランスとリズムを乱さないことを意識してみてください。
──睡眠については「自分を責めない」というお話もありました。
山内さん そうですね。冬がくることも、寒暖差が激しくなることも、誰にも止められません。誰でも、いつでもなりうるものなので、冬季うつと診断されても自分を責めないでください。本人が悪いわけでも、怠けているわけでもありません。冬に移り変わる環境に合わせて、たまたま体が反応しているだけなので「今はそういう時期。自分の心や体にこれ以上、負荷をかけないように気をつけていこう」という考え方を持ってほしいと思います。
「冬季うつ」を自分や身近な人が発症したときの具体的な対処法は?〈臨床心理士・山内恵理子さんに聞くvol.3〉
まずは休息が最優先。予定がない日をつくろう
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──前回、「自分の心や体にこれ以上、負荷をかけないように気をつける」というお話がありましたが、今回は冬季うつとの向き合い方について、もう少し具体的に伺っていけたらと思います。
山内さん まず、心身の疲れをとるために大事なことは「休息」です。気温や天候が揺らぐ時期は疲れやすく、だるさが出やすいので、無理に予定を入れないようにしましょう。冬季うつを含めて、うつ病の典型的な傾向として「予定を入れたけれどうまくいかなかった」「ドタキャンしてしまった」「うまく話せなかった」と自分を責めてしまいやすいので、「予定がない日をつくろう」とポジティブに考えるようにするのがいいかもしれません。
──自分を責めてしまう気持ちが湧いてきたときに、できることはありますか?
山内さん これまでもお伝えしていることですが、まずご自身で「そういう時期だから」と知っておくことが大切です。そして、「約束をドタキャンしちゃった」→「あの人に嫌われたに違いない」→「だってこの間もうまく話ができなかったし…」とネガティブな悪循環になっているときは、「本当にそうなのかな?」とひとつひとつ検証していくプロセスが必要になります。
それを一人で行うのは難しいので、身近な人に相談したり、カウンセリングを受けたりすることをおすすめします。そうして今の心身の状態や思考パターンを客観的に見つめていくと、本来の調子のいい状態に戻っていきやすくなります。しんどい状況が続くときは、他の病気が隠れている可能性もありうるので、早めに心療内科などの受診を検討してほしいと思います。
お守りがわりの「マイリスト」をつくっておく
──自分なりのリフレッシュ法を持っておくのもよさそうですね。
山内さん そうですね。ストレス対処法のマイリストをつくっておくと、ネガティブな気持ちをそらせるのでおすすめです。対処法といっても、特別なことでなくてかまいません。水を飲む、歯を磨く、窓を開けるなど、小さくても自分には効果があると思えるものを選ぶことが大事です。また、例えば「菓子パンを食べたくなったらお茶を飲む」など、行動の置き換えパターンをリスト化しておくのもあり。どちらも、できるだけ具体的に書いておくといいですね。
──それはなぜですか?
山内さん こうしたリストが必要なときというのは、心身が弱って自分では判断できなくなっていることが多いので、見るだけですぐ行動に移せる内容なら心理的なハードルも低くなります。スマホのメモに入れたり、可愛い付箋やカードに書いて貼っておいたり、お守りとしていつでも見られるようにしておきましょう。それから、ストレスを緩和したり、落ち込みをためないためには呼吸も効果的です。
──お守りがわりのリストがあると安心ですね。ぜひおすすめの呼吸法も教えてください。
山内さん 「10秒呼吸法」といって、いつでも、どこでも実践できます。不安や怒りをエスカレートさせずに済むので、冬季うつに限らず、ぜひ皆さんに知っておいていただきたい呼吸法です。姿勢は立っていても座っていてもかまいません。
【10秒呼吸法】
①姿勢をととのえて、両足の裏を地面につけて胸を開く。両肩に力を入れて上に上げ、一気にストンと落として脱力する。
②静かに目を閉じる(閉じられない状況なら開いていてもOK)。
③口から息を全部吐き出す。
④鼻から息を吸いながら「1、2、3」と3秒間カウントし、お腹をふくらませたら「4」でいったん息を止める。
⑤「5、6、7、8、9、10」とカウントしながら口から息を吐き出して、お腹をへこませる。
⑥④→⑤を繰り返す
身近な人が発症したときにできること
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──確かに、これなら移動中やトイレ休憩はもちろん、仕事中でも実践できそうです。自分が冬季うつになった場合のことを伺ってきましたが、身近な人が冬季うつかもしれないと感じたときにできることはありますか?
山内さん 大前提は「責めない」こと。体を動かしたくてもだるくて動けない、食べたくないのに食べてしまう状況のときに、責められたり、「怠けている」という反応をされたりするのは、本人にとって何よりつらいことですから。ほかにも、次のようなことを意識してみてください。
⚫︎まず話を聞く
冬季うつに限らず、「だらしがない」と思われてしまいがちな不調や悩みを人に話すのは、それだけで勇気が必要なこと。否定したり、何か意見を言いたくなっても、まずは相手の話を否定せずに聞く。声かけをする場合は、「そんなにしんどいのに、頑張っていたんだね」など、相手のつらさを認めるような言葉をかける。
⚫︎正しい情報へのアクセスをサポートする
症状が悪化すると、正しい情報を素早く判断することが難しいだけでなく、より過酷な情報に触れて自分を追いつめてしまうことが多い。気力、体力的に一人で調べることが難しい場合も多いので、厚生労働省や行政の相談窓口、地域の精神科・心療内科などの正しい情報にアクセスできるよう、一緒に調べたり確認したりすることも大きなサポートに。
⚫︎専門家につなぐ
症状が持続しているかエスカレートしているかを本人に確認しながら、症状が2週間以上続いていて、気分転換してもリフレッシュできない状況であれば、「自分も話を聞くけれど、専門家にも相談するのもいいんじゃない?」と声かけをして専門家につなぐ。
本人は「自分が怠けているだけ。病気じゃない」と言うかもしれませんが、身近な人が「病気じゃなくても、眠れないことや疲れに対するアドバイスはもらえるんじゃない?」「症状が2週間以上続いているなら、受診を考えてもいいって書いてあるね」とポジティブにすすめたり、受診に付き添ったりすると、スムーズな場合が多い気がします。
──シンプルなことが大事であり、大きなサポートにつながるのですね。
山内さん そうなんです。日本はまだまだ精神科や心療内科、婦人科などに対して、一歩目のハードルが高い印象があります。ですが、例えば「これはむし歯に違いない!」と歯医者を受診したらなんでもなかった…というのはよくある話ですよね。心もそれと同じです。
「何もなくてよかった。でも、こういうところに気をつけていくといいですよ」となれば、それで安心できますから。自分の状態を確認するぐらいの気軽さで受診してもいいんだということを、ぜひ知ってほしいと思います。