ジェンダーについての記事や書籍に携わる編集者・ライターの福田フクスケさんが毎回ゲストをお迎えしてジェンダーの問題についてトークしていく連載「やわらかジェンダー塾」。今回はマッチングアプリ『ペアーズ』で恋愛・結婚や人間関係・コミュニケーションの市場調査を行うリサーチディレクター工藤彩乃さんとトーク! マチアプの変化からわかる現在の日本の恋愛・ジェンダー観、さらに海外との違いもお聞きします!


『ペアーズ』リサーチディレクター
恋愛・結婚や人間関係・コミュニケーションにまつわる各種市場調査を通じ、事業戦略やUX戦略へアドバイスを行う。『ペアーズ』の親会社Match Groupと連携し、世界13カ国を対象に恋愛・結婚やマッチングアプリなどに関するリサーチを推進。
日本のマッチングアプリは海外と比べてプロフィール文が長い!

——世界13か国で恋愛やマッチングアプリのリサーチを行っている工藤さん。まずは、日本と海外のマッチングアプリ文化の違いを教えてください。
工藤さん:そうですね。日本のアプリはとにかくプロフィールがとても長いのが特徴です。これは韓国のアプリも同じで、アジアはその傾向があるといえます。身長や年収のような基本的なプロフィールだけでなく、趣味や好きなものまで詳しく書いたりしますよね。これはかなりアジア的、特に日本的なんです。
欧米の恋愛アプリは、マッチングアプリではなく「Dating App(デーティング・アプリ)」と呼ばれていて、目的は「デート」なんです。日本の文化にはない「デーティング」は、付き合う前のお試し期間のこと。どちらかというと明確な恋人探しの目的で日本のマッチングアプリは使われる一方で、欧米では、まずは会ってみてからお互いを知ろう!という感覚で使われます。プロフィールを読み込んでからマッチする日本とは、アプリを使う目的や温度感が異なっています。
福田さん:そうなんですね。日本の感覚でいえば、プロフィールで共通点や考え方を確認してからマッチし、やりとりを重ねてからデートするほうが、「ちゃんと人柄で選んでいる」という誠実さを感じる気がします。
工藤さん:まさに日本人は慎重で、デートの約束をする前に、その人と会う理由や言い訳を求めている。なので、相手の情報は最初からできるだけたくさんほしい、というのがニーズなんです。一方 欧米では、早めに対面で会い、「ケミストリーがワークするか(相性がいいか)」を確認する傾向があります。
福田さん:日本では、いわゆる「ヤリモク」(性行為が目的で出会おうとする人)の男性を回避するために、マッチングやデートまでに慎重にならざるを得ない状況もあるのでは、とも感じますね。
ところで、ジェンダー的な価値観についてはどうなんでしょうか。例えば日本のマッチングアプリでは、まだまだ「男性からアプローチするもの」というイメージがありますが、海外だとどうですか?
工藤さん:日本のマッチングアプリ疲れの根本は「チャットコミュニケーションへのストレス」が大きいのですが、その原因には男女差があります。男性は「誘い疲れ」、女性は「誘われ待ち疲れ」が要因です。 この点は海外も似ていて、女性が誘う文化もあるとはいえ、「男性が誘うべき」という価値観は特にアメリカなんかでは根強いです。
福田さん:なるほど、欧米でも、主体的に行動すべきとされる性別に差はあまりないのですね。では、文化の違いを感じるような、ジェンダー観の差が顕著な国はありますか?
工藤さん:最近とても興味深いと感じたのは、タイの若者の恋愛調査ですね。特に女性。年収なんて気にせず「見た目でクリックして、気持ちが盛り上がったら結婚したい」と話す女性が日本に比べてかなり多いんですよ。「今この人がいいと思うから結婚したい!」みたいな、勢いがある女性が多いです。
その背景にあるのは、タイの男女平等の進展と、女性が家計を支えるケースの多さでしょうか。女性と男性の賃金格差がかなり小さいんですよね。日本の男女の賃金格差21.3%(2024年)に対し、タイは3.6%(2017年)です※。「年収はいくらか」「共稼ぎかどうか」というような収入条件をあまり気にしなくていいから、日本ほど慎重になる必要がないのかもしれません。
福田さん:その昔、某雑誌で見た「マンションを買えば、愛だけで男が選べる」という特集コピーが記憶に残っていますが、まさに「賃金格差がなくなれば、愛だけで男が選べる」というわけですね。
恋愛市場や婚活界隈ではよく、女性が男性の収入や階層を目当てに“上昇婚”しようとすることが揶揄されますが、現状を考えれば仕方のないこと。男女の賃金格差が対等になれば、女性の嗜好も変化して“好みの男性のタイプ”はもっと多様化するんじゃないかと私は考えています。
※日本の男女賃金格差 21.3%(2024年) OECD 雇用見通し 2024 国別報告書: 日本
タイの男女賃金格差 3.6%(2017年) 大阪産業局 タイビジネスサポートデスク 営業局
ジェンダーロールから解放されたがっているペアーズユーザーの「本音」

——タイの恋愛観と比べると、日本はジェンダーによる意識の差が大きいように思えます。日本でも何か変化が起きているのでしょうか。
工藤さん: ペアーズの「本音マッチ」という機能に、興味深い項目があるんですよ。「本音マッチ」とは、価値観についての16個の質問項目の中から、特に自分が大事に思う3つを選択して二択で回答し、その本音は非公開のまま、AIが相性の良い相手を紹介する機能です。

工藤さん:この中で、「財布は別々がいいか、共通がいいか」の項目を選択する男性の8割が「別々がいい」と回答しているんです。女性は5割が「別々がいい」。
二人で一緒にいるときの決断についても、「相手(女性)に委ねたい」という男性が4割近くいるのに対し、「自分(女性)がリードしたい」という女性は1.5割なんです。どちらも男女間で差がありますね。 「男性はお金を稼いでリードする」という未だ残り続ける社会的な期待から解放されたい、という男性の思いがあるからこその回答ではないでしょうか。
福田さん:16項目の中の大事な3つまでわざわざ選んでいる、というところも重要ですよね。それだけ稼得やリーダーシップに期待されることに、重荷やプレッシャーを感じている男性が多いんじゃないかな。 これって、男性も経済的に貧しくなっている社会状況を反映しているような気がします。まがりなりにも社会が豊かだった時代には、まだ「男が家計を支える」「男がリードする」という虚勢を張ることができていたけど、本当は稼ぐことや決断することに向いていない男性もたくさんいた、ということではないでしょうか。
工藤さん:女性の回答も、ゆるやかですが似た変化があります。お互いの両親や家族との距離感や、人生には子どもがいたほうが楽しいかどうかについて、男女では少し差があるんです。女性には「義家族とうまくやりながら子どもを育てる」というジェンダーロールがあり、それを息苦しいと感じている、と考えられます。

工藤さん:しかもこの傾向は若いと更に変化があるんですよね。恋愛観はどんどん変わっていますよ。若いとお財布を別にしたいという男性の割合は減り、女性は増えるんです。そして人生に子どもがいなくても楽しいと考える女性の割合も増えています。

株式会社エウレカ|ペアーズ「本音マッチ」を利用したユーザーの回答データを集計(2024年12月)

株式会社エウレカ|ペアーズ「本音マッチ」を利用したユーザーの回答データを集計(2024年12月)
福田さん:男性も女性も、互いに課せられたジェンダーロールに対して「しんどい」と声を上げられるようになったのなら、それはいいことだと思います。ただ現状、それが“非公開”でしか明かせない本音だというのが、いかにも過渡期という感じもしますが……。
工藤さん:そして、女性の変化でいうと、若い女性の人生逆算傾向がより強まってもいます。29歳で子どもを生むには、28歳で結婚、26歳までにはつき合い始めたい……というような。就職の際も、「結婚・出産後にも働き続けられる会社か」を、キャリアアップも踏まえて慎重に確認しているんです。
その一方で、男性には女性ほどの変化はなく、「28歳、29歳くらいで落ち着きたいな」くらいの将来設計の方が多いです。「パートナーにワンオペ育児させるのはダメだよね」みたいな意識の変化はありますが、実感を伴うのは圧倒的に女性です。
福田さん:自分の身のまわりを見ていても、男性は結婚や妊娠のリミットに対する意識や危機感が、女性より5年、下手したら10年近く遅いですね。お互い30歳前後のカップルで、「まだ結婚は考えられない」と覚悟の定まらない男性に見切りをつけて、別れを決める女性の話もよく聞きます。私自身、身を固める決意ができたのは40歳手前でしたから……。
理想を詰め込む「あれもこれも検索」から必要最低限を条件にする「NGなし検索」へ

——その他に、日本の恋愛市場での変化はありますか?
工藤さん:アプリの使い方、特に検索方法が大きく変わりましたね。以前は「あれもこれも検索」で、年齢、年収、身長、学歴など理想の条件をすべて入力して探していた。けれど今は「NGなし検索」が増えています。「仕事や年齢など必要最低限の項目を条件に設定して、NGのみ弾く」という形です。
「女性は結婚して子どもが生まれたら家庭に入る」という価値観が根強いころは、「あれもこれも満たしている男性と結婚しなければ幸せになれない」という感覚があったけれど、今はそうではなくなってきている、と読み取れますね。
福田さん:女性が求める結婚相手の条件が「三低」(低姿勢・低依存・低リスク)といわれるようになった頃から、メリットを取るよりリスクを取らないことを優先する現実主義な人が増えたのかもしれません。 それに、私自身マッチングアプリを使っていた頃に思ったのですが、あれもこれもと理想の条件を盛り込んでいると、自分が「人間」ではなくて「物件」を探している気分になって、むなしくなるんですよね。
工藤さん: あと、男女ともに「自分がどういう人が好きか」を知らない人が増えている印象がありますね。そもそも恋愛経験が少なく、考えたこともないという若者も多い。 そういう方がマッチングアプリに求めることは、自分が思い描く理想の人との出会いではないんです。
自分がどういう人が好きかというところからわからないので、「“こういう人生を生きている私”にぴったりな人をAIに提供してもらいたい」と思っているんです。AIの神様にお願い!みたいな感覚ですね。
福田さん:そうか、そもそも自分の好みや理想がわからないから、男女ともに「提案されたい」と待ちの姿勢になっている。どんどんどちらからも動かなくなっていって、マッチングしにくくなっていきそうな気がするんですけど……。
工藤さん: そうですね。まだ暗黙のルールとして「男性から」が残っているので顕在化はしていませんが、「好みがわからないからそもそも探せない」という人が増えていけば、いつか起こることだと思います。 そのときはマッチングアプリの使い方が変わるかもしれませんね。自己分析をして探す力を身につけるための道具になっていくかも。アプリは「出会いの場」から、「自分の好みや価値観を知るための場」へと進化する可能性がありそうです。
福田さん:マッチングアプリはもはや「理想の相手と出会うためのアプリ」ではなくて、「自分の本音と向き合うためのアプリ」になるということですね。就活の自己分析で病む人が一定数いるように、自分の好みや理想を明確化してしまうと、利己的だったり打算的だったりする本音が見えてきて、自分に幻滅する人も出てきそう。そのためのケアが必要になっていく時代かもしれませんね。
イラスト/CONYA 取材・文/東美希 企画・構成/木村美紀(yoi)