ジェンダーについての記事や書籍に携わる編集者・ライターの福田フクスケさんが毎回ゲストをお迎えしてジェンダーの問題についてトークしていく連載「やわらかジェンダー塾」。Vol.8のゲストは、前回に引き続き、yoiでも連載をしていたコラムニストのジェラシーくるみさん。今回のテーマは、男女カップルにおける結婚や出産に対する意識のギャップや、男性が感じている結婚へのプレッシャーについて。

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福田フクスケ

編集者・ライター

福田フクスケ

1983年生まれ。雑誌「GINZA」にてコラム「◯◯◯◯になりたいの」連載など、その他さまざまな媒体でジェンダーやカルチャーについての記事を執筆中。藤井亮『ネガティブクリエイティブ』(扶桑社)、プチ鹿島『半信半疑のリテラシー』など編集書籍多数。田中俊之・山田ルイ53世『中年男ルネッサンス』(イースト新書)など書籍の編集協力も。

ジェラシーくるみ

コラムニスト

ジェラシーくるみ

会社員として働く傍ら、X(旧Twitter)やnote、Webメディアを中心にコラムを執筆中。著書に、『恋愛の方程式って東大入試よりムズい』(主婦の友社)、『そろそろいい歳というけれど』(主婦の友社)、『私たちのままならない幸せ』(主婦の友社)、『アラサー・ライフ・クライシス』(KADOKAWA)がある。

男女カップルにおける、妊娠・出産への意識のギャップ

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——ジェラシーくるみさんの最新刊『アラサー・ライフ・クライシス』でも描かれていましたが、アラサー世代の女性が集まると、よく「結婚や妊娠・出産のタイミング」が話題になりますよね。

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ジェラシーくるみ著『アラサー・ライフ・クライシス』(KADOKAWA)より

福田さん:自分の周りの男性は、30代半ば以降になってからやっと、結婚や子どもを持つということを真剣に考え始めたり、悩む人が増えてきた印象です。もちろん個人差や地域差、職種や階層によるプレッシャーの有無などもあると思いますが、女性と比べると、悩み始める時期が5年…いや10年くらい遅れているのでは、という体感です。

くるみさん女性の場合は、生理や検診などで自分の体について考えるタイミングが多いので、妊娠や出産を早めに意識する人は多いと思います。妊娠・出産するとなれば身体的な負荷も大きいですし、キャリアとの兼ね合いも考えなければならない。身体的ダメージを負わずに親になれる男性とは、ギャップが生まれてしまうでしょうね。

——パートナーとの、妊娠・出産について考える温度感のギャップに悩むという女性の声は多いですね。

くるみさん:最近、妊活している友人と話していてちょっとびっくりしたことがありました。その友人夫婦は、何度かタイミング法を試したものの妊娠しなかったので、早めに体外受精にチャレンジすることを決めたらしいのですが、その開始時期を「いつにしようかな?」と言っていたんです。「秋は旅行に行く予定だし、年末年始は飲み会があるから、2月以降かな?」とか。

それで「そうか、妊娠のタイミングってこんなに選べるようになったんだ」と驚きました。もちろん、夫婦ともに健康であることや、年齢、お金の問題、医療技術など、さまざまな条件をクリアした上でのことではありますが、選択肢が非常に増えている。

ただ、その選択肢を考えるための情報(卵子凍結、不妊治療etc...)が、女性にばかり集まっているような気がします。

さらに、価値観のアップデートによって、妊娠・出産タイミングを決める主導権を、女性が持てるようになってきていますよね。夫はすぐに子どもが欲しいと思っていたとしても、妻に「私は今、キャリアがこういうタイミングだから、子どもを産むのは1年後以降がいい」と言われたら、夫はそれを尊重しなければならない。

情報も主導権も女性側に偏りがちになり、女性ばかり知識をつけ、考えて、男性とのギャップがさらに広がっていってしまう、ということが発生しているのではと…。

——くるみさんのお話を聞いていて思いましたが、妊娠・出産を早く意識するからといって、必ずしも早く産みたいというわけではないんですよね。あくまでも、妊娠・出産について「真剣に考え、情報収集をするタイミングが早い」というか。

くるみさん:そうなんです。考え始めるのが早いんですよね。産む前提の話だけでなく、そもそも「子どもが欲しいのか、欲しくないのか」ということにも悩みます。

福田さん妊娠・出産における身体的なリミットを意識する女性に比べて、男性は当事者意識が薄いですよね。でも、不妊の原因の約半分は男性にあるといわれますし、加齢に伴って精子も老化していきますから、男性も早くから考えたほうがいいはず、と思うのですが…。

くるみさん:…ある意味、男性は自分一人では“子どもを産む”ということが選べない性だからこそ、考えても仕方ないという諦念もあるのかもしれないですね。

妊娠・出産は女性の意思と健康によるもので、もし自分のパートナーがさまざまな事情でそれを選ばない・選べないのであれば、受け入れるしかない。怠けているのではなくて、“受け身の善意”を持っている。そう考えると、男性も女性とは違ったものを抱えているよね、と思います。

結婚というものに男性が感じている“幻の責任”

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福田さん:結婚についても、男性は考え始めるのが遅い傾向にありますね。よくあるのは、お互いに30歳くらいのカップルで、女性は結婚を望んでいるけれど、男性は「結婚はまだ早い」「もう少し仕事が落ち着いたら」と煮え切らない。そんな男性に女性が見切りをつけて別れてしまうというパターン。

くるみさん:よく聞く話ですね。

福田さん:…私も、結婚を意識したのって、正直30代の後半になってからだったんですよね。私と妻は事実婚という形を選びましたが、そう決めたのは37,8歳くらいの頃です。

それまでの自分はなぜ結婚に積極的になれなかったんだろうと思い返してみたのですが、ひとつには「結婚に課せられた責任」という謎のジェンダーバイアスをすごく負担に感じていたんだろうなと。古い考えですが、「経済的に支えなきゃいけない」とか、「親が自分に与えてくれた生活や教育と同等の水準のものを自分の子どもにも与えなきゃいけない」とか。自分にはそれができないから、結婚する資格も余裕もないと考えていました。

くるみさん:男性の友人が同じようなことを言っていましたね。今は夫婦共働きが一般的ですが、「妻が働けなくなったときに支えたい」とか、「子どもを私立に行かせてあげたい」とか、それらを全部俺一人で抱えられるる余裕を持っていたいと。それが俺の幸せなんだと。

でも、場合によっては夫が体調を崩して働けなくなって、妻が支えなければならないこともあるわけです。それなのに、なぜか男性は「妻に何かあったときに、俺が」というシミュレーションしかしない人がけっこういるんですよね。その背景には、男性にかけられてきたプレッシャーや呪いのようなものがあるのだと思いますが…。

——結婚というものを、すごく自分に負担がかかるもの、自由がなくなるものととらえすぎているのかもしれませんね。でも、今つき合っている女性が働いて自立していることも多いと思います。そんなに依存や束縛をしてくるものなのか?と。“イメージの中にある結婚”と“現実の結婚”が、乖離しているのでしょうか。

福田さん
:頭では理解しているのに、感覚的なプレッシャーを感じてしまって逃れられない。男性たちが感じているのは、実は“幻の責任”なのかもしれませんね。

幻想にとらわれず、今隣にいる人を大切に

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福田さん:それから、男性がなかなか結婚に踏み切れないのは、自分の人生そのものに対しても幻想を抱いているからだと感じることがあります。特に20代のうちは、仕事の実績も内面の成長も発展途上で、「自分のピークはまだまだ先にある!」と思っているんですよね。でも、実際30代になってみると「あれ、思っていたのと違うぞ?」と気づいて、そこで「俺にはまだピークが来ていないんだな」と思っちゃうんですよ。ところが、実際には想像していたようなピークなんて来ないことが多い(笑)。

——“幻のピーク”…(笑)。

福田さん「人生のピークはこれから来るはずで、結婚はそれを待ってから」みたいな感覚がどこかにある気がするんですよ、そんなものはもう来ないのに。男性は年を重ねたほうがかっこいいとか、大人の男がモテる、みたいな言葉もあるから、夢を見続けちゃうんですよね。

くるみさん:その感覚は少しわかりますけどね。私も自分自身に期待してしまうところはありますが、過去を振り返ってみてもあんまり変わっていないなと。落ち着いたとか成熟したっていうのはあるんですけど、パワーアップはしていないですね(笑)。

福田さんいい意味であきらめるというか、自分の力を見限る、というのは必要なのかもしれませんね。

——そう思えると、なんだか気が楽になりそうです。

福田さん:パートナーシップのあり方についても、幻想ではなく現実を見なければと思います。以前から思っていたことなのですが、恋愛って一種の“社交術スキルのゲーム”みたいなもので、それぞれ割り当てられた“男役”と“女役”の役割をこなしていれば成り立ってしまうところがあると思うんです。でも、深いパートナーシップを築くとなると、“役割”を離れた“人と人”として向き合って、安心・安定をベースとした関係を育まなきゃいけない。

社交術スキルとしての役割から抜け出せずに、自己開示できていないままつき合い続けているカップルって、意外と多いんじゃないかと思います。

くるみさん:付き合うだけだったら恋愛のロールプレイをしていればいいですが、同棲したら家のことがあったり、もし妊娠したら子どものことも一緒に考えなきゃいけない。お互い向き合うだけでなく、ときには同じ方向を見なければなりませんよね。そうなったらもう、社交スキルゲームの中ではやっていられない。

——自分の人生も、二人の関係性も、結婚も、“幻”のイメージに振り回されるのではなく、今自分の目の前にある“オリジナルなもの”に向き合っていかなければなりませんね。

くるみさん自分自身も、誰かとの関係性も、コツコツ積み重ねていった先にしか成長や発展はありませんからね。

「自分はまだ成長できていないから誰かと深い関係にはなれない」と思ってしまう人には、結婚したり、誰かと深い関係になったからこそ成長できることだってあるよ、と言ってあげたいですね。だからまずは、目の前の人生や今隣にいる人のことを考えて、大切にしてほしいです。

ジェラシーくるみさんの最新刊『アラサー・ライフ・クライシス』発売中

ジェラシーくるみ アラサー・ライフ・クライシス

¥1320/KADOKAWA 

イラスト/CONYA 画像デザイン/齋藤春香 企画・構成・取材・文/木村美紀(yoi)