お盆休みや夏季休暇をとった後、心身の不調に見舞われることを九月病と言います。やる気の低下やイライラなどは、自律神経のバランスが原因かもしれません。今回、自律神経研究の第一人者である小林弘幸先生に、自律神経と不調の関係についてじっくり教えていただきました。毎日を健やかにすごすヒントを見つけて。
順天堂大学医学部教授
日本スポーツ協会公認スポーツドクター。研究の中で自律神経バランスの重要性に着目し、日本初の便秘外来を開設した腸のスペシャリスト。国内における自律神経研究の第一人者として、トップアスリートやアーティスト、文化人へのコンディショニング、パフォーマンス向上指導を行う。『自律神経が10割 心と体が整う最高の習慣』(プレジデント社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 自律神経の話』(日本文芸社)など著書多数。
【自律神経とは? 】イライラする、やる気が出ない原因はこれだった!
“なんとなく不調”の原因は、自律神経の乱れにあり
小林先生 仕事や人間関係で強いストレスを受けると、体がずっしりと重くなるような酷い疲れを感じることがあります。対処が必要なのは、こうした不快な症状を伴う疲れです。そういった不調の多くは、自律神経バランスの乱れが原因かもしれません。体にとって重要な役割を持つ自律神経は、そのバランスが崩れると体や心に多大な影響を及ぼしてしまうのです。
怒りや緊張といった強いストレスに直面すると自律神経のバランスが乱れて、血流が悪くなります。血液は、細胞のエネルギーとなる酸素と栄養を全身のすみずみまで運ぶ働きを担っていますから、それが滞ることで細胞がきちんと機能せず、やがて全身のあらゆる器官に不具合が生じてしまいます。
【精神的な不調】
◆不安
◆やる気がでない
◆不眠
◆イライラする
◆集中力低下
◆情緒不安定
【身体的な不調】
◆頭痛
◆動悸
◆息切れ
◆めまい
◆肩こり
◆便秘、下痢
◆疲れやすい
◆冷え
◆倦怠感
◆手足のしびれ
◆息苦しさ
◆肌あれ
自律神経を整えるのに重要なのは、交感神経と副交感神経のバランス
小林先生 私たちの生命活動を24時間365日支え続けているのが自律神経です。全身に張り巡らされた神経で、内臓の働きや血液の流れといった生命を維持するための機能をつかさどるライフラインといえます。例えば、心臓を動かして血液を全身へと送る、呼吸をする、食べ物を消化して栄養素を吸収する、暑いときに汗を出し、寒いときに体を震えさせて体温調節をする──これらはすべて、自律神経の働きによってコントロールされています。ただし、自律神経は自分の意思でコントロールできるものではありません。
自律神経には、心の状態が大いに関係しています。怒りや不安によって心が乱れると、自律神経のバランスも崩れて血流が悪くなり、さまざまな不調が現れてきます。つまり、心と体は自律神経を介してつながっているということ。自分の意思ではコントロールできませんが、心の状態がよければ自律神経のバランスも整い、体の調子も安定するのです。そこで知っておいてほしいのが、「交感神経」と「副交感神経」です。
自律神経には、「交感神経」と「副交感神経」のふたつがあります。わかりやすく車の機能にたとえると、交感神経はアクセルです。交感神経の働きが優位になると、血管が収縮して血圧が上昇し、気分までアグレッシブな状態になります。一方の副交感神経は、いうなればブレーキ。副交感神経の働きが優位になると、血管が適度にゆるんで血圧が低下し、体は穏やかなリラックス状態になります。交感神経と副交感神経は、どちらか一方が高まると他方が低くなるシーソーのようなメカニズムで働いています。
日常生活での忙しさや不規則な生活、情報過多といった現代社会特有のストレスによって、多くの人は交感神経が過剰に優位になり、副交感神経の働きは下がっていきます。しかし、自律神経の乱れを引き起こすのは、ストレスや不規則な生活習慣ばかりではありません。実は、加齢も自律神経の働きに大きく影響すると考えられています。我々の調査データでは男性は30代、女性は40 代くらいになる頃から急激に副交感神経の働きが衰え始め、交感神経優位の状態に偏りがちになっていきます。女性の場合、産後のストレスや女性ホルモン分泌のゆらぎによっても自律神経が乱れやすいので、無理や我慢をせずに病院への受診や相談などをしてほしいと思います。
自律神経が乱れるとどうなる?セルフチェックで自分の状態がわかる!
自律神経が乱れている可能性をセルフチェック!
小林先生 自律神経の乱れによって起こりがちな症状をまとめたチェックリストです。どれかひとつでも当てはまり、その状態が慢性的に続いているようであれば、自律神経が乱れている可能性が高いといえます。
自律神経のセルフチェックリスト
□ すぐ疲れる
□ やる気が出ない
□ 風邪をひく回数が多い
□ むくみが気になる
□ 頭痛がある
□ いつも不安
□ 気が散りやすい
□ 理由もなくイライラしやすい
□ 手足が冷たい
□ 肩がこっている
□ 緊張しやすく、ストレスを受けやすい
□ 腰痛がある
□ いくら寝ても疲れがとれない
□ 思考力、決断力が低下した気がする
□ お腹の調子が悪く、便秘か下痢の症状がある
□ 肌は乾燥ぎみで、髪もパサパサしている
交感神経と副交感神経は、1日を通して必ずどちらかが優位になっています。起床後から正午あたりまでは交感神経が優位になり、正午以降は交感神経の働きが下がり始めるとともに、18時をめどに副交感神経優位へと切り替わるのが自律神経の正常かつ理想的なリズムです。
ところが、不規則な生活習慣やストレスなどによって交感神経ばかりが優位になると、副交感神経の働きが悪くなって全身の血流が滞り、心身の興奮状態が続いてしまいます。逆に副交感神経優位な状態が続くと、意欲が上がらず、無気力感や疲労感を招きやすくなります。大切なのはトータルでのパワーバランス。どちらか一方が優位になるのではなく、両者のバランスが適切に保たれることによって、人間という車は快調に走ることができるのです。
自律神経のバランスは4つの傾向に分かれる
交感神経と副交感神経のバランスは、生活習慣やストレスなどの状況によって一人一人異なります。必ずしもどちらか一方が優位になるわけではなく、両方の働きが高い、または低い傾向が続いている人もいます。バランスの乱れ方は、主に次の4つの傾向に分かれます。
①交感神経と副交感神経のどちらも高い
交感神経の働きによって高い集中力や適度な緊張感を持ちながら、副交感神経の働きによる落ち着きやリラックス感も保っている状態。まさに心身ともに絶好調といえる状態。
②交感神経が高く、副交感神経が極端に低い
ストレスを抱えている人に多いタイプ。交感神経が緊張や興奮を呼び起こし、副交感神経によるブレーキも利かないため、焦りやイライラを感じやすい。交感神経優位な状態が続いて血流が悪くなり、免疫力が低下しているため、感染症などさまざまな病気へのリスクが高まる。
③交感神経が低く、副交感神経が極端に高い
アクセルが踏み込めず、やる気や集中力が発揮できない。ブレーキの利きが強すぎるため、眠気やだるさ、抑うつ状態に陥りがち。高すぎる副交感神経によってアレルギー発症率が高いうえ、うつを発症するリスクも抱えている。
④交感神経と副交感神経のどちらも低い
自律神経の有効な働きが失われている状態で、活動すること自体が困難に。
交感神経と副交感神経は①のようにどちらも高い状態が理想的です。②や③のように差が生じると、心身に不調が現れやすくなります。 また、最近は④のように自律神経の働きが全体的に弱い人も増えてきています。
まずは生活習慣から! 自律神経を整える3つのアプローチ
自律神経の直接的なコントロールは無理でも、バランスが整うよう働きかけることは可能です。アプローチの基本は、生活習慣、適度な運動、メンタルケアの3つ。
①生活習慣
生活リズムを見直して、規則正しくすることで自律神経の働きも整ってきます。睡眠不足や夜更かしは交感神経を高める原因になるので禁物。また、食生活の乱れにも注意が必要です。少量でもいいので朝食を食べることから始めましょう。
②適度な運動
ウォーキングやストレッチなど、深呼吸をしながらでもできるような軽い運動が効果的です。例えば、緊張や怒りで交感神経が高まっているときはストレッチなどの軽い運動をするだけでも血流がよくなり、肩こりなどの不調が改善されます。
③メンタルケア
強いストレスは交感神経を急激に高め、全体のバランスも乱しますが、実はまったくストレスがない状態も自律神経を乱す原因になります。いずれにしてもストレスのない生活というものは難しいので、上手につき合う方法をマスターしましょう。
心と体はつながっているので、無理をしてメンタルを鍛えようとするよりも、まずは生活習慣などから体を変えてみることが大切です。
自律神経が整う方法6選!今日からできる心と体の簡単リセット
自分の意志ではコントロールできない自律神経。けれど、そのバランスを整えるためのヒントは日常にあふれています!
自律神経が整う方法①ため息はガマンしない
「ため息をつくと幸せが逃げる」という言葉があるほど、ネガティブな印象のあるため息ですが、自律神経の観点から考えるとむしろ心と体をリセットする素晴らしい自浄作用です。一般的に、ため息が出るシチュエーションは、心配事や悩み事を抱えていたり、根を詰めて作業をしたりしているとき。人はストレスを感じると交感神経が高まり、無意識のうちに呼吸が浅くなります。
そこで「ふぅ〜」とゆっくり長く息を吐き出すと、浅くなった呼吸が深くなり、滞っていた血流が促進され、副交感神経の働きを高めてくれます。日常的に実践したいのが、息を吸う時間の倍をかけて吐き出す「1:2の呼吸法」。深くゆっくりとした呼吸には副交感神経の働きを高める効果があります。
①鼻から3〜4秒かけてゆっくり息を吸う。
②口をすぼめながら、6〜8秒かけて、できるだけゆっくり長く息を吐き出す。①→②のプロセスを3分ほど繰り返す。
自律神経が整う方法②朝の通勤中&眠る前の30分はスマホから離れる
電車に乗ると、スマートフォンを見ている人が大半です。しかし、朝からスマートフォンを熱心に見ると交感神経の働きが高くなりすぎて一種の興奮状態になり、自律神経のバランスが乱れてしまいます。
また、自律神経を整えるには睡眠の質を高めることが不可欠です。そのためには副交感神経がしっかりと働く「リラクゼーション睡眠」を目指すことが重要。できれば眠る3時間前、最低でも30分前にはスマホを手放す習慣を身につけると、快適な眠りにつくことができます。
自律神経が整う方法③眉間にシワを寄せない
ストレスフルな時代とはいえ、無意識に眉間にシワを寄せていたり、奥歯を噛み締めていたりしていませんか? 顔をこわばらせていると交感神経が優位になるため血流が悪くなり、呼吸も浅くなって余計に険しい表情になってしまいます。
そんなときは、口角を軽く上げてみましょう。口角を上げることで顔の筋肉の緊張がほぐれ、血液や神経の流れが改善するうえ、口角を上げて笑顔をつくると副交感神経の働きが高まるというデータもあります。
自律神経が整う方法④疲れたときこそダラダラしない
帰宅後、ソファに腰を下ろした途端にどっと疲労感に襲われ、なかなか立ち上がることができない──これは一度交感神経がオフになり、副交感神経が活発になることで、いざ動こうとしても再び交感神経をオンにするのが難しくなるためです。
疲れたときこそダラダラするのではなく、体を軽く動かして、疲れを自発的に抜いていく「アクティブレスト」という考え方が重要です。細かい家事をこなしたり、散歩やストレッチをしたりすると全身の血流がよくなって、自律神経のバランスが整うだけでなく、気持ちもすっきりしていくはずです。「休む」という行為は、「動かないこと」ではなく、「質のいい血液を体内に行き渡らせること」。ちょっとした時間に少しでも体を動かすクセをつけましょう。
①まっすぐに立つ
足は肩幅に開いて、軽く胸を張る。
②手首を交差して全身を上に伸ばす
頭の上で手首を交差させて固定し、肩甲骨を内側に寄せる。息を吸いながら、かかとを上げて背伸びをして全身を伸ばす。ひじが曲がらないように注意。
③腕を横に広げて下ろしながら息を吐く
手のひらを外側に向け、息を吐きながらゆっくり円を描くように腕を下ろしていく。両腕が床と水平になったあたりで腕の力を抜き、同時にかかとを床につける。3回を目安に行う。
自律神経が整う方法⑤他人の評価は放っておく
人間関係でのストレスは、自律神経を乱す大敵ですが、まったく人目を気にしない、コンプレックスを持たないというのは、そう簡単に実践できるものではありません。そこで大切なのが、考え方を「気にしない」よりも「放っておく」にシフトすること。
心が乱れそうなSNSやネットの情報はできるだけ見ないようにする、気分が晴れることだけを考えるなど、自分に向けられる評価や他人の目から距離を置き、自律神経を安定させることを最優先に考えましょう。
自律神経が整う方法⑥雨の日は遅くまで仕事をしない
自律神経は天候によっても左右されるので、私はその日の天候に応じて行動パターンを少しだけ変えることをおすすめしています。例えば、湿気が高い日や雨の日は、どうしても気分が少し下がりぎみになりますが、これは気持ちによる面だけでなく、低気圧が近づくと空気中の酸素濃度が下がって副交感神経が優位になっていくからです。
つまり体が休息モードに入るわけですから、そんなときに無理をしても生産性アップは期待できないでしょう。天候が悪いときに気分が乗らないのは当たり前。そんな自分を否定することなく、いつもより短い時間で集中して乗り切っていくのがコツです。
出典/『自律神経が10割 心と体が整う最高の習慣』(プレジデント社)、『眠れなくなるほど面白い 図解 自律神経の話』(日本文芸社)
イラスト/川添むつみ 構成・取材・文/国分美由紀