今回の連載で人気エディターの東原妙子さんがレポートしてくれたのは、ユネスコ世界ジオパークに指定された隠岐諸島で“泊まれる拠点”と呼ばれるホテル「Entô」。今回はサウナルポはありませんが、むき出しの地球や、“ないものはない”島での暮らしを、見て感じて考えたリトリート旅としてご紹介します!
こんにちは。
遠足のバスではたいてい最前列の先生の隣でエチケット袋(懐かしい)を握りしめて座っていた、乗り物酔いしやすいタイプの東原妙子です。
そんな私が早朝に羽田空港を出発して、飛行機2回、バス1回、フェリーに1時間揺られ、ようやくたどり着いたのは、島根半島から北へ約80kmの隠岐諸島のひとつ、中ノ島・海士町。港から徒歩5分ほどでお目当てのホテル「Entô」に到着しました。
ねぇ…本当に遠いのよ…。一日でこんなに多種多様な公共交通機関に乗ったことない…。
さすが名前の由来が“遠島(エントウ)”というだけのことはある…。と、妙に感心してしまったりするところからが、この旅の始まりです(笑)。
そもそも隠岐諸島は、約600万年前に大規模な火山活動によって誕生した島。世界的にも貴重な地質資源はもちろん、人の営みや隠岐を取り巻く環境そのものが、ユネスコ世界ジオパーク(※)に認定されています。
そんな地に2021年に誕生した「Entô」は、“ジオパークに泊まれる拠点”と呼ばれ、手つかずの大自然の中で宿泊できるというだけでなく、ジオパークの魅力を最大限楽しむための機能も備えているという、何だか面白そうな施設なのです。
※ジオパーク=地質学的に価値があると認められた地域で、生態系やその土地独自の文化を守り、教育や持続可能な発展に貢献する取組みを続けているエリア
海士町の玄関口、菱浦港
離島ならではの親自然的な建築システム
ⒸPhoto by Kentauros Yasunaga
まるで水平線に沿う一本の線のように海岸にぽつんと建つホテル「Entô」。
大自然の景観の中で主張しすぎることなく、“自然の微細な風景を感知できる基準線”をイメージして建てられたのだそう。
鉄骨を使わず、木材のパーツをクロス状に組み合わせた親自然的な建築システムも、見た目がジオパークになじむというだけでなく、大規模な建築産業のない離島という環境下で、地元の大工さんでも今後のメンテナンスができるよう配慮されているのだとか。
ここでクイズ!
通常のホテルにあって「Entô」にないものは?
答えは、レセプション。
せっかちすぎて秒速回答失礼します(笑)。
宿泊客がレセプションを介さず自由に行き来できる外廊下式の構造は、360°ぐるりと囲まれた大自然と垣根がなく“暮らす”ような感覚で過ごせました。
大自然と一体化するシームレスな客室
客室は、新築された別館「Entô Annex NEST」と、これまでの歴史を受け継ぐ本館「Entô BASE」のふたつの棟に分かれていて、すべてオーシャンフロント。今回は、木の香りが漂うNEST棟ジュニアスイートに宿泊しました。
都心のホテルなら土地活用の観点から、間ロは狭く&奥行きは深くなるものですが、こちらは逆に間口は広く&奥行きは浅くし、外と中の隔たりがない構造にしてるのが特徴的。
自然を切り取った大きな大きな額縁のような窓枠で、部屋のどこにいてもジオパークとつながっている感覚になれるものすごい開放感! 雨風はしのげるけれど、体感としてはほぼ屋外です(笑)。
ベッドに寝転んで、テラスに座って、時間とともに移りゆく景色と行き交う船をただぼ~んやりと眺めているだけで、ただひたすらにゆっくりと時間が過ぎていきます。
ちなみに客室のお風呂は、これまたほぼ屋外気分のオーシャンビューバス。こんな絶好の「由美たえこ」チャンスだったのに、私としたことがうっかり撮り忘れるという痛恨のミス! 毎回楽しみに待っていてくださる方々、生きがいを失っていませんか? あ、全然大丈夫そうです? なら、いいのですけれど。
別館「Entô Annex NEST」の客室ジュニアスイート
客室の窓とひと続きになったテラス
「由美たえこ」チャンスを逃した客室のオーシャンビューバス ⒸEntô
地球の成り立ちを学ぶ「拠点」の役割
ぼ~んやり眺めていた景色にふと疑問がわいたら、NEST棟1階へ。そこは、本物の自然や文化に触れるための予習の場。
地球と隠岐の成り立ちや島の魅力を学ぶことができる展示室「ジオルーム“ディスカバー”」を併設していて、誰でも無料で入場できます。
昔ながらの観光地にありがちな教科書的なガイドって、読み始めると秒で眠くなってしまうのですが、こちらは興味をそそる文体と無彩色のオブジェが並んでいて、すんすん頭に入ってくるので助かります。
また、同じフロアでつながる「ジオラウンジ」では、アンモナイトや恐竜など古生物の貴重な化石が、それはそれはさらっとフライドチキンの骨くらいカジュアルに展示されているので(笑)、間近で好きなだけ観察できます。
ポツンと置かれたソファに座り、目の前にある風景を眺めながら、何十億年前の地球に想いを馳せたり、馳せなかったり。そんな壮大なスケールに身を置くと、自分の悩みなんてミジンコすぎてどうでもよくなってくるものです。
「ジオルーム “ディスカバー”」の展示 ©Photo by Kentauros Yasunaga
貴重な化石が並ぶ「ジオラウンジ」
毎日16時からは「Entô Walk」というアクティビティを無料で開催。
スタッフの方と一緒に、ホテルのまわりを散策したり、館内の化石や年表を見たりしながら、隠岐やジオパーク、Entôについて解説してもらえます。
隣接する本館BASEには「Entôライブラリ」を併設。
ここは、宿泊客だけでなく、島民も気軽に立ち寄れるパブリックスペースの図書館。
海士町では「島まるごと図書館」プロジェクトを実践していて、島内には中央図書館の分館があちこちに点在しています。個人宅やカフェ、診療所、港、そしてここ「Entô」もそんな分館のひとつ。
各場所の個性に合わせて並んだ本は、貸出用紙に名前を記入するだけで誰でも借りられて、返却ポストのある場所ならどこで返してもOK。
島まるごと図書館の分館「Entôライブラリ」
ジオパークが育んだ旬の食材を味わう
ジオパークについて学んだあとは、土地の恵みを舌で楽しむディナーの時間♡ カルデラの海が見渡せるダイニングで、季節のコース料理を。
暖流と寒流が交わる豊かな海と、噴火により生まれた肥沃な大地が育んだ、地元でとれた食材がずらり。希少な岩牡蠣や隠岐牛、島で焼いたパンなど、スタッフの方から食材や生産者さんのストーリーを伺いながら楽しくいただきました。
朝は、海士町産のお米と数種類のおかず、汁物など、ほっとする定食で穏やかな一日をスタート。
隠岐・海士のブランド岩牡蠣「春香」
海を眺めながらの朝食
温泉をはじめ館内のくつろぎ時間も充実
ⒸEntô
昔ながらの風情が残る本館BASEの大浴場では、島前の景色を眺めながら天然温泉でホカホカゆったり。
日没後は、満天の星空の下、庭の芝生で焚き火を囲む時間も。天体望遠鏡で星を眺めたり、スタッフや他の宿泊者たちとおしゃべりをしたりと楽しい時間でした。
お酒や島根のおつまみを楽しめるバータイムや、自分で挽き立てのコーヒーを淹れられるドリッパーセットの貸し出しなど、客室でゆったり過ごす時間をよりいっそう豊かにしてくれるサービスも充実。
「ないものはない」人の暮らしと地球とのつながり
翌日は、電動マウンテンバイクやタクシーを駆使して島内巡り。
赤い断崖が美しい海岸や、後鳥羽上皇が祀られている神社、ホテルのディナーで食べたパン屋さんなど、「Entô」で見て聞いて味わった情報をもとに、島に住む方たちともたくさん話しながら、隠岐ジオパークをより深く体感することができました。
「ないものはない」。
それは、海士町で何度か目にしたキャッチフレーズ。
地方創生の地域づくりを進める中で生まれた言葉だそうですが、島を知れば知るほど、「ないものはない」という表現には、「本当に必要なものは全部ある」という逆説的な意味が込められていると実感。
代々ここに住む人も、移住者も、分け隔てなく穏やかに暮らしいて、なかには“島留学”で働きにきている学生さんもいたりして、その全員が熱心に隠岐の魅力を語ってくれるのを見て、「本当に必要なもの」=島を愛して関わる「人」だなぁと。
豊かさだけではない、同時に不便や厳しさもある大自然の中で、普段忘れがちな“足るを知る”暮らしがそこにはありました。
あ、何だか今回めずらしく社会派(?)。
果てしない遠島。だから、いい。
癒しだけではない、知って感じて考えることで心身ともにととのう、“泊まれる拠点”「Entô」ならではのリトリート旅になりました。
画像デザイン/齋藤春香 イラスト/木村美紀 写真提供・構成・取材・文/東原妙子