「yoi」ではSDGsの17の目標のうち「3. すべての人に健康と福祉を」、「5. ジェンダー平等を実現しよう」、「10. 人や国の不平等をなくそう」の実現を目指しています。そこで、yoi編集長の高井が、同じくその実現を目指す企業に突撃取材! 第16回は特別出張編! エルメス財団が手がけるプログラム「スキル・アカデミー」に高井編集長が参加し、実際にプログラムを体験しながらエルメス財団の皆さんにお話を伺いました。
◆「スキル・アカデミー」とは?
エルメス財団が企画・開催する社会貢献プログラムのひとつ。自然素材にまつわる知識とスキル(職人技術や手わざ)を、職人やデザイナー、エンジニア、そして一般にも広く共有しながら伝承することを目的とした学祭的な取り組み。ひとつの素材について2年間のプログラムが組まれ、シンポジウムやワークショップ、書籍の発行などを行う。フランスでは2014年から実施され、日本ではそのコンセプトを引き継ぎながら独自のバージョンにアレンジして2021年より開催。2021〜2022年は「木」、2023〜2024年は「土」をテーマに活動を行っている。
エルメス財団
2008年にフランス、パリで発足した非営利団体。1837年創
エルメス財団のスキル・アカデミー、2023〜2024年のテーマは「土」。東京藝術大学の取手キャンパスで開催!
Akihiro Itagaki, Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès
今回、高井編集長が参加したのは、スキル・アカデミーの秋の特別プログラム 「土という技術について考えるⅡ」。東京藝術大学の取手キャンパスで行われました。自然の中にある「土」の採掘から始め、やきものの素材づくりから成形、焼成まで、土の持つ可能性をからだで学ぶ全3回のワークショップで、事前に応募した一般の方々の中から中高生を含めた15人が参加。
初回のテーマは「SoilからClayへ(土の採掘から器の成形まで)」。参加者は東京藝術大学の取手キャンパスに集合し、最初に陶芸作家で同大美術学部工芸科の教授でもある三上亮先生によるレクチャー「土について」を受講しました。
一般的な陶芸体験では見落とされがちな「土と出会う」というスキル・アカデミーのテーマ設定について、「すべての創作はそこから始まるのではないか」と三上先生。「スキル」に対するご自身の考えを交えながら、参加者に語りかけました。
「いま、『スキルを上げる』と言いますけれど、私はちょっと違うんじゃないかと思っていて。スキルを得るということではなく、技を磨く職人的な『稽古』というのかな。『稽古をする』ってすごくいい言葉だと思っているんです。それはなぜかというと、『スキル』というのは自分のことだけを考えて技術を向上させるという意味しかないんですけれど、『稽古する』というのは、気にする、考えるという意味。それは、歴史的なものの視座が入ってくるということです。何か技術を習得するときには、この『稽古』という言葉を思い出してほしいと思います」(三上先生)
その後、土からやきものができる工程や、取手の土の特徴などをレクチャーしてくださいました。
取手キャンパス内にある土の採掘から、粘土ができるまでのプロセスを体験
次は教室の外に出て、いよいよ「土から粘土ができるまで」を体験。取手キャンパスで採掘された土は、つるはしに絡むほど粘り気が。積み上がった土の山を崩して運び、乾燥させるために手で小さくほぐしていきます。
乾燥にかかる期間はおよそ1カ月。乾燥した粘土に再び水を入れて撹拌し、ふるいにかけて布袋へ移して風通しのいい場所でさらに3週間程度乾燥させ、最後に硬さを調整することでようやく粘土になるのだそう。
今回は土を掘り出して乾燥させるまでの手順と、ふるいにかけて布袋に移すまでの作業を体験し、いよいよ「器の成形」へ。「土と手の中で出会い、感じ取ることで器になっていく」という三上先生の言葉を聞きながら、参加者は粘土と向き合います。
現代美術作家で東京藝術大学美術学部彫刻科教授の大巻伸嗣先生(右)と。「このとき、大巻先生と話しながら掘ってきた土(二人の間にあるもの)を、何となく器の形にしていたのですが、試しに野焼きにしたら見事に器になってびっくり!」(高井)。完成した器の写真は記事の最後に掲載しています。
参加者からは「土の大切さ、柔らかさを感じ、それをイメージしながらものをつくることは、人間として幸せだなと感じた」「土づくりを含めて、ゼロからつくることの難しさを自分は知らなかったなと気づいた」といった声があがるなど、まさに「稽古」のまなざしを共有する時間となりました。
翌月に実施した野焼きで無事にやきものが完成!
Akihiro Itagaki, Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d'entreprise Hermès
初回のワークショップからおよそ1カ月半後の11月下旬、東京藝術大学取手キャンパスの「取手藝祭」にて、それぞれの手でつくりあげた作品を屋外で火を焚く「野焼き」の手法で焼成。枝をくべ、火の番をしながら迎えた翌日の窯出しでは、すべての器が欠けることなく焼き上がりました。
エルメス財団が提供するのは「自然素材を用いた手わざに触れる機会」
ワークショップの合間、エルメス財団の方に「スキル・アカデミー」についてお話を伺いました。
高井 今日は素晴らしい時間をありがとうございます。エルメス財団が手がける「スキル・アカデミー」と聞くと、才能のある方だけが対象では…といったイメージを持つ方もいらっしゃるかもしれませんが、実は幅広い方を募集されていますよね。
エルメス財団 はい。日本のスキル・アカデミーでは、中高生も対象にしていますが、今回のプログラムでは、次の3つのカテゴリーの方々を対象に募集しました。
A:16歳以上で、創作活動を専門とする人(土を用いた表現に限らない)
B:20歳以上で、教育に従事している人
C:12〜15歳(小学校卒業以後)で、このプログラムに興味のある人
高井 中高生も対象にしている理由について伺えますか?
エルメス財団 日本の中高生は、授業はもちろん部活動や塾が夜遅くまであったりという環境で、なかなか学外での学びに触れる機会が多くはありませんよね。しかも大学進学後はそれぞれの専門分野に特化してしまうので、広く自然素材を用いた手わざに触れる機会がとても少ないのでは、という問いから、日本独自のスタイルでプログラムを提案しています。
高井 日本でも今、子どもの「体験格差」が話題になっていますものね。
エルメス財団 おっしゃるとおりです。フランスでは、都市部の子どもたちへの環境学習プログラムである「マニュテラ-自然とつくる学び-」や、9歳から16歳までの生徒とものづくりを体験する「マニュファクト-ものづくりの学校」を実施しています。
参加者同士が初対面であることも重要。「スキル・アカデミー」は“誰でもない私”でいられる場所
壁に貼られているのは、ワークショップ中に聞こえてきた印象的な言葉たち。
高井 素晴らしいですね。過去の「スキル・アカデミー」の資料を拝見したら、参加した方の「すごく難しかった」という声に対して、“簡単にできないことを知るということも、とても大切だ”と書かれていました。
確かに自然と対峙すると、人間の思い通りにいかないことを実感しますね。今日の土づくりを体験したときも、つるはしは重いし、土をふるいにかけるのは難しいし、ものづくりには手間も時間もかかることを体感しました。
エルメス財団 身体性が失われている現代においては、そうした五感を伴う体験がとても重要だと思います。それから、参加者の皆さんが、初めて出会う人同士であることも大事な要素ではないかと考えています。
例えば、日常生活で周囲の人たちとは異なる感性を持っていることを理由に「学校には自分の居場所がない」と感じている方にとって、スキル・アカデミーという場が「異なる場所」として、興味関心が近い人たちと新しい関係性を築けることもあるのではないでしょうか。
高井 大人も家や職場以外のサードプレイスの重要性がいわれていますが、中高生のときに「こういう場所があるんだ」「こんな大人もいるんだ」と知ることで、世界は広がりますよね。
エルメス財団 はい。まさにそれもひとつの目指すところで、「学校だけが世界ではない」ということを伝えていけたらと思っています。
“土と出会う”スキル・アカデミーで作った器はこちら
取手キャンパス内で採掘された土を使ったワークショップで高井編集長が成形し、2024年11月の取手藝祭で野焼きをした器はこちら。
うすい器は焼くときに割れやすいとのことでしたが、割れずに仕上がりました。焼きムラがそのままデザインに。
(左)調味用のソースやドレッシング用に制作したという器。こちらもベージュから黒の自然なグラデーションに。
大巻先生との写真で手にしている、採掘した粘土で成形した器。こちらも割れずに焼き上がりました。
取材を終えて…
1837年の創業から一貫して、さまざまな自然の素材や職人の“手”を大切にしてきたエルメス。今回のように「体験を通して知識を未来に託す」という社会貢献のあり方は、知恵を学ぶことはもちろん、自然や時間に対する考え方そのものを変える力があると感じました。参加者の皆さんの中には教育に携わる方やアーティストの方もいらっしゃり、こうした体験や知恵、知識が共有され、広がっていくことには、大変な意義があると思います。
成形の際、大巻先生から「人は土とともに生きてきて、土には時間と記憶がある。土を触りながら、その長い時間を考えてみてください」とお声がけが。アーティストでもなんでもない私ですが、器を作るときに「家族の食卓」に想いを馳せました。古来から人はこうして器を作り、その器に料理を盛り、家族で食事をしていたんだなと思うと、自分の存在が自然と地続きであることを実感できたのです。
また、今回使った取手の土は、本来であれば何かを作ることには使用しない土だそう。三上先生がおっしゃった「土地によって成形しやすい土、しにくい土という特徴はあっても、いい土、悪い土というのはない」というひと言も、心に残りました。(高井)
撮影/高井朝埜(器) 画像デザイン/齋藤春香 取材・文・構成/国分美由紀 企画/高井佳子(yoi)