「yoi」ではSDGsの17の目標のうち「3. すべての人に健康と福祉を」、「5. ジェンダー平等を実現しよう」、「10. 人や国の不平等をなくそう」の実現を目指しています。そこで、yoi編集長の高井が、同じくその実現を目指す企業に突撃取材! 第13回となる今回は、対話のきっかけをつくるコミュニケーションカードゲーム「セキララカード」について、代表の藤原紗耶さんにお話を伺いました。
◆「セキララカード」とは?
藤原紗耶さん自身の恋愛経験から生まれた、大切な人との対話のきっかけをつくるカードゲーム。カードを引いて、4レベルに分かれた55の“セキララ”な質問に答えることで、よりお互いを知るきっかけに。2023年に発売した「カップル」と「フレンズ」の2タイプ(ともに¥2980)は、ともに日本語と英語の2カ国語表記。2024年5月にはカップル用のアプリ「Sekirara-カップル質問ゲーム」もリリース。「リプロダクティブヘルスアワード2024」で特別賞セクシュアル・ライツ部門を受賞。
(左から)「セキララカード」を手にする高井編集長と藤原紗耶さん。
恋愛で傷ついてきた経験から生まれた「セキララカード」
高井 まずは藤原さんが「セキララカード」をつくろうと思われたきっかけから教えていただけますか。
藤原 ありがとうございます。きっかけは、私自身がずっと恋愛で傷ついてきたことなんです。18歳から23歳ぐらいまで、恋愛をこじらせていた時期がありまして。当時は相手に嫌われることや相手を怒らせることが怖くて、言いたいことを我慢したり、将来について話せなかったり…そういうモヤモヤがずっと続いていました。好きになればなるほどつらいし、関係性がはっきりしないこともあったので、どうしたらいいのかわからなくて。いろんな人に「どうして私はこんなにつらいんだろう」と相談しまくっていました。
友達からは「コミュニケーションは大事だから話してみたら」とアドバイスされ、ネットにも「対話が重要」と書いてある。でも、私はそのやり方がわからないから悩んでいたんですよね。ちょうどその頃、留学先のロサンゼルスでカップルのコミュニケーションを促すボードゲームやカードゲームに出合いました。
高井 「セキララカード」を知ったとき、コミュニケーション促進をゲームにすること自体に驚きましたが、海外にはカードゲームだけでなくボードゲームまであるのですね!
藤原 はい。勝ち負けが決まるタイプもあれば、サイコロを振ってたどり着いたコマの質問に答えないと前に進めない対話すごろくもありました。友達からカードゲームを借りて当時のパートナーと試してみたら、自分からは聞きにくいこともカードが質問してくれることの安心感が大きくて。しかも、相手はあまり自己開示しない人だったのに、カードを使うことで過去の話や家族の話をしてくれて、すごくうれしかったんです。
高井 日本には、まだそういったツールはほとんどありませんよね。
藤原 どちらかというと、日本は出会うためのサービスが主流ですよね。私がそうしたツールを知った2019年当時は、アメリカでもカップルや夫婦のためのカウンセリングがスタンダードになりつつあって、パートナーとの関係構築のためのアプリやサービスもたくさん登場していました。「これは絶対に日本語版が必要だ!」と思ったので、まずはカードをつくろうと決めたんです。
高井 ということは、大学在学中からカードの製作をスタートされたのですか?
藤原 いえ、動き出したのはそれから3年後です。私はもともとダンスをしていたので、エンタメ業界で働きたくて留学しましたが、コロナ禍で渋々帰国して日本からオンラインで大学の授業を受けていました。アメリカの大学って必要な単位を取得したらその学期で卒業なので、気づいたら卒業を迎えていて…日本でもアメリカでも就活に乗り遅れてしまったんです。
どうやって生きていこうかと考えるうちにメンタルが落ち込んでしまい、1年半ほどの療養生活を経て少しずつ元気になってきたときに、かつて自分が傷ついてきた「コミュニケーション」にまつわることをやりたいと思って動き出したのが2022年の冬ぐらいです。
裏テーマは、ジェンダーギャップをなくすこと
高井 そこから、どのようにして今の形にたどり着いたのでしょうか。
藤原 質問を書いた紙を100枚ぐらい用意して、毎月10人ほど集めて体験してもらいながら、話しやすいテーマの深さや質問内容を検証していきました。1年ぐらい検証を繰り返して55問まで絞り、大阪大学大学院でジェンダー論などを研究されている岡田玖美子先生に監修をお願いして、差別的な表現の有無をチェックしていただきました。誰かを傷つける製品にはしたくなかったので。
高井 質問には、その人の価値観が現れますよね。どうしてもバイアスがかかるし、そこをニュートラルにするのはとても難しい作業。監修者を立てることはユーザーの安心感にもつながると思います。
藤原 実はセキララカードの裏テーマは、ジェンダーギャップをなくすことなんです。カードには自分の弱みにまつわる質問などもあるので、普段から“男らしさ”を全面に出している人にも、人前だと怯えて話せない人にも「言葉にしていいんだよ」って伝えたくて。「男だから」「女性として」といった言葉も入れていません。
このカードをきっかけに「弱さを見せてもいいんだ」とか、「自分のままで誰かとつながれるんだ」っていう成功体験ができたら、日常のコミュニケーションにも生きると思うんです。
高井 「SEKIRARA RULES(ルール説明カード)」に書かれている「答えたくないカードは『パス』しよう」というのも、安心して話せる環境をつくるうえで大切なことですね。
藤原 そこは私の個人的な熱い思いなんです。ちゃんと目を通してほしいので、SEKIRARA RULESは一枚目にセットしていますし、アプリでも毎回プレイする前に表示されます。カードに記した4つのTipsは哲学対話のルールに基づいたものですが、このひと言を添えるだけで対話の内容が変わるんですよね。
実は、検証のためのイベントをやっていたときに一度だけ、ルールを伝え忘れたことがあるんです。その結果、会話があまり心地よくない方向に行ってしまったという反省から、絶対にルール説明のカードはつくろうと決めていました。
高井 ルールが共有されていないと、例えば「私はパス」と言ったときに「なんでパスするの?」「教えてよ」といった圧によって嫌な思いをする人がいるかもしれませんからね。
藤原 そうなんです。一般論ではなく自分の話をするとか、相手の話を最後まで聞くとか、嫌なことは言わなくていいって、普段から実践してほしい対話の基本でもあるんですよね。
高井 その前提がカードを通じて日常になったら素晴らしいですよね。そもそもの話ですが、「セキララカード」という名前はいつ生まれたのですか?
藤原 友達とバーで検証イベントを開催していたときに生まれました。最初は「愛とセックスのバー」っていうタイトルでしたらが、ちょっとtoo muchだな…と再検討して決まった「セキララスナック」からとっています。
対話による関係構築を社会の“当たり前”にしたい
高井 以前、この連載にも登場していただいたBé-A(ベア)とのコラボが進行中という話を耳にしたのですが、今後の展開についても伺えますか。
藤原 ベアが開催している生理セミナーをヒントに、小学校低学年のお子さんを対象にした家族のためのカードを製作中です。生理のことや体のこと、ジェンダーのことはもちろん、今日の気分とか学校であったよかったこと・よくなかったことなど、カジュアルな質問もたくさん入れて、「今日の1枚は何だろう?」みたいな感じで、親子で一緒に考えたり調べたりするきっかけになればいいなと思っています。
もうひとつ、孫から祖父母に質問するカードをつくろうと思っているのですが、これは私自身が欲しかったカードでもあるんです。祖父が亡くなったとき、たくさん遊んでもらっていたのに、私は自分のルーツであるおじいちゃんのことを全然知らなかった…と気づいて。どこで、どんなふうに生きてきたのかはもちろん、初恋はいつ? 名前の由来は? おばあちゃんとはどこで出会ったの?とか。
高井 わかります。私も祖父母が戦争の話を聞かせてくれた当時はまだ幼すぎてよくわからなかったし、中高生になるとゆっくり話す機会も減ってしまって。あのとき、カードがあればまた違う対話ができたかもしれない。どちらもリリースが楽しみです。最後に、セキララカードを通じて、藤原さんが実現したいことはありますか?
藤原 私は、将来的に「対話できるってかっこいいよね」っていう文化をつくりたくて。パートナーや家族と月イチで話し合うことが日常の景色になるような、職場でも、家族やパートナーとも対話による関係構築が社会の“当たり前”になればいいなと思っています。
そのためにも、私が生きている間に、リレーションシップやパートナーシップにまつわる事業が日本でビジネスとして確立できる社会を目指したいです。
取材を終えて…
この取材の後、数名のyoi読者の方々と一緒に、実際にセキララカードを使ったミニ交流会を開いてみました。たった1枚のカードが提示した質問に答えるだけで、年齢や趣味といった情報よりも、お互いのストーリーや価値観、考えていることが深く理解しあえます。参加者全員、スマホも見ずにひたすら話す、という充実した時間が過ごせました。
言葉や対話はお互いに理解しあうためのものであり、誰かを傷つけるためのものではない。ゲーム感覚で楽しみながらも、人として大切なことが身をもって体験できるのが、セキララカードの素晴らしさだと感じました。(高井)
撮影/露木聡子 画像デザイン/坪本瑞希 取材・文・構成/国分美由紀 企画/高井佳子(yoi)