10月から「yoi」で注目の新連載がスタート! 文筆家として恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを多数執筆している、恋バナ収集ユニット『桃山商事』代表の清田隆之さんに、yoi読者の悩みや日々のモヤモヤに向き合う、おすすめの本を紹介していただくコーナーです。忙しい日々の中、どんな本をどんなふうに読めばいい? 現代の日常において、私たちを読書から遠ざけている強敵とは!? 連載が生まれ、そのタイトルが決まるまでの様子を【エピソード0】としてお届けします。
文筆家
1980年生まれ、早稲田大学第一文学部卒。文筆家、恋バナ収集ユニット『桃山商事』代表。これまで1200人以上の恋バナに耳を傾け、恋愛やジェンダーに関する書籍・コラムを執筆。著書に、『おしゃべりから始める私たちのジェンダー入門―暮らしとメディアのモヤモヤ「言語化」通信』(朝日出版社)、『よかれと思ってやったのに 男たちの「失敗学」入門』(双葉文庫)など。
清田さんに連載企画を相談したエディター&ライターは…
エディター種谷:1993年生まれ。活字を読む気力があるときは本、疲れているときはマンガを手に取ることが多い。趣味はラジオやPodcastを聴くこと。
ライター藤本:1979年生まれ。小説&マンガ好きだが、育児で読書の時間が激減。テレビドラマを見るのが癒しの時間。
読書には、時間もエネルギーも必要。今の時代、本当に人は本を読んでいるのか?
ライター藤本:この秋から本の新連載をお願いできるということで、とても楽しみです。まずは作戦会議をさせてください!
清田さん:「素晴らしい本をバンバン紹介するぞー!」と張り切ってはいるのですが、ひとつ大きな懸念もありまして…。というのも、自分としてはこれまで本によって学んだり救われたりした経験がたくさんあるし、最近では仕事を通して素敵な本やマンガに出合う機会も多く、やっぱり本っていいものだよなと、信仰心にも近い気持ちを持っているんですね。でも正直、「今の時代、本ってどれだけ読まれているのかな…」という思いもあって。
ライター藤本:というと?
清田さん:本って、長いし、安くもないし、買う時点では何が書いてあるかもわからないから、それなりにハードルが高いわけじゃないですか。いわゆる「コスパ」も「タイパ」も見通しにくく、そんなエネルギーを要するようなものを、わざわざ選ぶ人がどれだけいるんだろう、と。
今の時代、毎日やるべきことも、チェックすべき情報も、SNSやコミュニケーションツールもいっぱいある。みんな仕事や生活で疲れている上に、細切れの時間を生きているわけですよね。そういうときってSNSを延々と見ちゃったり、スマホゲームを惰性でやり続けちゃったりしませんか?
「自分、何やってんだろ」と思いながら、どんどん時間が溶けていって、「また無駄な時間を過ごしてしまった…」とうんざり、みたいな。僕自身も毎日そんな感じですし。
エディター種谷:あぁ、わかります。
清田さん:『桃山商事』のPodcast番組『恋愛よももやまばなし』では以前、こういった瞬間を“虚無”と名付けて特集したことがあって。「虚無ってるときに何してますか?」というテーマでメンバーやリスナーから体験談を募ったら、すごく面白かったんですよ。「延々といい感じの枝毛を探してます」なんて声があったり(笑)。
ライター藤本:虚無ってるとき…興味深いテーマですね。
清田さん:ちなみに自分が虚無ったときに見がちなのはインスタとかTikTokで流れてくるショート動画で、「美容院で劇的ビフォーアフター」とか「やたら命知らずな海外の人」とか「実は投資で儲けている芸能人7選」とか。その瞬間は面白いんだけれど、時間がたつにつれて「本当に何やってるんだろ…」となっていく(笑)。
でも、こういう沼にハマっている人はたくさんいるはずで、そういう中で本を読むための時間や気力がどれだけ残されているのか…。となると、今の時代、みんなにおすすめしたい本を届けるにあたって、一番の強敵として立ちはだかるのは、この虚無じゃないかという気がするんです。
逃れられないもの、絶対に必要なもの。それが“虚無”
エディター種谷:自分が虚無ってるときのことを考えると、私の場合、「他の人は今この間に、もっと高尚でおしゃれなカルチャーに触れたりしているんじゃ…」という謎の焦りを感じることがあるんです。おしゃれな人やカルチャー通の人など、一見素敵な生活を送っていそうな人にも、虚無ってあるんですかね?
清田さん:どうなんですかね…でもやっぱり、素敵ライフを送っている人にだってあると思うんですよね。虚無ってその人の資質というより、社会の仕組みによって生み出されているものだと思うので。今は、ちょっとスマホを開いたら、短くてわかりやすくてテンポのいい動画が、どんどん上がってきますよね。
まるでハイライト集のように、ベストアルバムのように、味の濃いところだけをコンパクトに凝縮したものが、ジャンクな感情を巧みに刺激してくる。これはもう、道を歩けばコンビニがあるのと同様、現代のインフラでありシステムであるとすら言えるかもしれない。そんな虚無から逃れることは、誰にとっても難しい気がします(笑)。
エディター種谷&ライター藤本:なるほど。
清田さん:ただ、Podcastでいろんなエピソードを紹介しながら考えたときに、虚無は、無駄に思えるけど意外に必要なんだな、ということもよくわかったんですよね。その背景には、新自由主義的な圧力があるのかも。
我々には普段から「時間を有効活用せよ」「有意義なことをすべし」みたいな社会圧がかかっていて、自分でもそれを内面化してしまっている。 生産性を上げるべく頑張るんだけど、それ一辺倒では身がもたない。だから意味や必要性から逃れ、頭を真っ白にする時間も、やっぱり大事なんだと思うんです。
ライター藤本:確かに。私は今、育児中なんですが、虚無りたくてもその時間さえ取れないことがあって。そういうことが続くと、モヤモヤやイライラを感じやすい気がします。
清田さん:虚無の時間は不可欠で、ゼロにすることはできない。となると、その時間を適度に抑えることが大事になってくるのではないか…。お酒だって、おいしく感じられるうちは“いいお酒”だけれど、ダラダラ飲んでしまうと“悪いお酒”になってしまうじゃないですか。
虚無も、少しならストレス解消になるけれど、1時間、2時間と続けてしまうと、罪悪感が生まれてしまう。だから…例えば、15分くらい虚無ったら、その後、45分くらい読書してみるっていうのはどうでしょう?
ライター藤本:虚無ありきの読書のすすめ、ということですね。
清田さん:「虚無からは逃れられないよね。必要なものだよね。でも、いったん虚無ってみて、生産性の圧力から適度に解放されたあとに、ちょっと本でも読んでみるのはいかがですか?」そんなふうに提案できたらいいかもしれませんよね。
積読でもいい。本は部屋に置いておくだけでも意味がある
ライター藤本:虚無の後に読書ができると、どんないいことがあるのでしょうか?
清田さん:もちろん、本にもショート動画にもよし悪しはあるはずですが、読書という行為には、古代から積み重ねられてきた“信用”みたいなものがあると思うんですよ。ショート動画が、果実を食べることだけを目的に工場で作られたようなものだとしたら、本は、もっと手前の、木が根を張り育っていくための畑を耕してくれるようなもの、みたいなイメージ…って、読書を盲信しすぎかもですが(笑)。
1時間くらい読書しても「ああ、また無駄な時間を過ごしてしまった…」とはあまりならないと思うんですよね。それは加工されたものではない、オーガニックな感じがするから、摂取してもヘルシーな印象があるからではないか。それに、たとえ読んだことを覚えていなくても、本の中の言葉が自分の思考や感情を耕してくれていたことに、後々気づくこともあったりする。
ライター藤本:清田さんご自身は、ずっと読書を楽しんでこられたんですか?
清田さん:いや…振り返ると失敗だらけでした(笑)。生まれ育った家には、まったく本がなかったんです。大学で入ったのが文学部だったから、「本くらい読んでおかないと!」という気持ちで意識的に読み始めたんですが…。文化的なものに憧れていたので、読書している自分への陶酔感もあったんだと思います。最初のうちは、受験勉強で自分にノルマを課していた名残りで、「今月は〇冊読むぞ!」「芥川賞受賞作を読破するぞ!」みたいな読み方をしてしまっていて、それがすごく苦しかった。
エディター種谷:何かと戦っているみたいですね。
清田さん:完全に無理してました…。でも、友人たちから面白い本を紹介してもらえる幸運にも恵まれ、いろいろ読んでいるうちに自然と夢中になれることも増えてきて。そんな経験を通して少しずつ肩の力が抜けていき、別に本は最後まで読まなくてもいいんだ、と思えるようになったんです。今でも、気分が乗ってこなかったら、途中で閉じちゃう本も全然あったりで。
ライター藤本:そう聞くと、なんだか安心します。
清田さん:本は、「全部読んで理解しなければ!」なんて思い詰めるものではなくて、ピンとこないところは読み飛ばしてもいいし、「面白い!」「わかる!」「先が気になる!」って気持ちになれば、自然とぐいぐい読み進められたりするものだと思うんです。逆に、そう感じないなら、たぶん今の自分に合わなかっただけ。前書きや目次にだけ目を通すのもありだし、なんなら読まずに本棚に置いておくだけでもいいくらい。
エディター種谷&ライター藤本:それは斬新です!
清田さん:本を買うときって、「それを読んだあとの自分」というか、理想像や未来像も含めて選んでいる部分があると思うんですよね。今すぐじゃなくても、いつかこういう自分になりたい、みたいな。そう考えると、ふと自分のモードが変化したときに、また手に取ることができるように、背表紙がなんとなく目に入っている環境作りだけでも有意義な気がするんですよね。
yoi読者の皆さんにも、これからおすすめする本の中に気になるものがあれば、とりあえず近くに置いてみてもらえたら、と。そうすれば、悩んだときや迷ったときに、ちょっとした道しるべになるんじゃないかと思っているので、どうぞよろしくお願いします!
読者のお悩みに合わせた本の“セラピー”のような連載が開始
虚無を肯定し、虚無った後の読書をおすすめする、この連載。タイトルは、『疲れすぎて虚無った夜に。桃山商事・清田のBOOKセラピー』に決定! 次回からは、yoi読者のお悩みにじんわり効く、清田さんセレクトの本をご紹介します。どうぞお楽しみに!
取材・文/藤本幸授美 イラスト/藤原琴美 編集/種谷美波(yoi)