「恋愛をしたことがない、そういう感情もない。だけど楽しく生きていける──それが私だと思っていた」。12月16日に公開を控える映画『そばかす』の主人公は、他者に対して恋愛感情を持たない、アセクシュアルの「蘇畑佳純(そばたかすみ)」。

寂しくはないし、ひとりで十分幸せ。しかし周囲はそれを信じようとせず、次第に佳純自身も自信を失い、孤独と不安を感じるように。そんな彼女が、さまざまな人の恋愛観や価値観と触れながら、自分の性や心と向き合い、悩み、前に進む姿を描いています。

佳純を演じるのは、「大切にしてきたこと、大切にするべきだと思ってきたこと」が描かれた脚本に惚れ込み、オファーを受けたという三浦透子さん。家族であっても他人という認識の必要性、“当たり前”という意識がはらむ危険性、人をカテゴライズすることへの疑問について、自身の経験を交えながら、まっすぐな言葉と表現で語ってくれました。

三浦透子さん

俳優・歌手

三浦透子

1996年10月20日生まれ、北海道出身。2002年、5歳のときに「なっちゃん」のCMでデビュー。同年、『天才柳沢教授の生活』でドラマ初出演を果たし、2011年に出演したドラマ『鈴木先生』で高い評価を受ける。主な出演作は、映画『私たちの ハァハァ』(2015年)、『素敵なダイナマイトスキャンダル』(2018年)、NHK連続テレビ小説『カムカムエヴリバディ』(2022年)など。第94回アカデミー賞で国際長編映画賞を受賞した映画『ドライブ・マイ・カー』(2021年)ではヒロインの寡黙なドライバー役を演じ、第45回日本アカデミー賞新人俳優賞など、数々の賞を受賞。歌手としても活動しており、映画『天気の子』(2019年)では主題歌のボーカリストとして参加。本作の主題歌『風になれ』の歌唱も担当する。今後は、2023年公開予定の映画『とべない風船』『山女』が控えている。

自分を受け入れる優しさを持っていい。そう思わせてくれる作品でした

——脚本を初めて読まれたとき、『そばかす』の物語、そして蘇畑佳純という主人公に抱いた印象を教えてください。

主人公の佳純はアセクシュアルというセクシュアリティを持ち、社会で“当たり前”とされていることから外れている自分を異質だと感じてしまっている。そんな彼女がさまざまな人と出会い、コミュニケーションをとりながら、「社会に適応できないのは、自分に問題があるからではない。いろんなアイデンティティを持つ人を受け入れられない社会に、怒りや疑問を持っていいんだ」と思えるところまで、たどり着く様子を描いています。

私は脚本を読んだときに、この映画が一番伝えたいことは、“今ある、ありのままの自分を肯定できる”ことの大切さだと感じました。これは、セクシュアリティのことに限らず、自分はマイノリティなのでは? と感じたことのある多くの人が直面する普遍的なテーマ。私を含め、生きるなかで違和感や不自由さを感じている、もしくは感じたことがある人すべてが、自分を受け入れる優しさを持っていい。そう思わせてくれる作品でした。

映画『そばかす』場面写真

佳純と家族。どんなに近い存在でも、ひとりひとりが違う人間。

——佳純が“ありのままの自分”を肯定できない背景には、結婚をせかす母親や、佳純をレズビアンだと決めつける妹などの存在があります。愛しているけれど理解し合えない、佳純と家族の関係について、どう感じましたか?

“家族だからすべてのことをわかり合える”という価値観を前提としたコミュニケーションは、佳純と家族が衝突する原因のひとつだと感じました。血がつながった親もきょうだいも、ひとりひとり異なる人間。それぞれが自分の人生を生きているのだから理解できないことがあってもいいし、むしろ、完全に理解し合えなくて当然。それは家族に限らず、友達や恋人など、身近な人との関係すべてにおいて同じことが言えると思います。

三浦透子さん

自分の当たり前は、相手にとっての当たり前じゃない

——恋愛感情を持たない自身のセクシュアリティを家族に理解されずに苦しむ佳純ですが、そんな佳純自身も、妹を傷つけてしまう場面が。夫の浮気を心配する妹に対して、不安をあおるような発言をしてしまったのはなぜでしょう?

自分にだけ(恋愛感情の)矢印が向いていてほしいと感じない佳純にとって、浮気は、それほど意味を持たないもの。妹の浮気への怒りを理解できないがゆえに、配慮に欠けた言葉を発してしまったのかもしれません。“自分の当たり前は、相手にとっても当たり前”だと思い込むことは危険ですよね。

——コミュニケーションをとるうえで、相手を傷つけないために、三浦さんご自身が気をつけていることはありますか?

違うからわかり合えないわけではないし、違いを埋めるために努力する必要もない、というのが個人的な意見。ただ、ひとりひとりのあり方があって、誰もが尊重されるべきだとは強く感じます。どんなに気を許した相手でも、自分とは違う考え方をするかもしれない、という意識を忘れずに発言することで、相手を傷つけない、豊かなコミュニケーションをとれると信じています。

三浦透子さん

目を見て、話をして、私の言葉で“私”を知ってほしい

——偶然再会した同級生からゲイだと打ち明けられ、不安や孤独から解き放たれたように生き生きとする佳純。しかし、彼にも「恋愛感情があるのが当たり前」という前提で話をされた、佳純の、裏切られたような表情が印象的でした。このシーンは、あらゆるセクシュアルマイノリティの人々を、ひとくくりにカテゴライズしようとする社会の傾向を表現しているように感じました。

佳純は八代(再会した同級生)がゲイであるということを特別に捉えてはいないと思います。裏切られたと感じた、という解釈で演じたつもりはありませんでした。ですが、それらをひとくくりにする社会の傾向に対して、女性や男性にもいろんな考え方の人がいるように、アセクシュアルやゲイ、その他のセクシュアリティの人も、ひとりひとり違うんだ、ということを示したシーンであるというのは、おっしゃるとおりです。アイデンティティをもとに人間性を帰結させないと理解できない傾向は、とても危険だと思います。

その危険性を表現しているのが、佳純が妹から「お姉ちゃん、レズなんでしょ」と問い詰められるシーン。「言ってくれないとわからない。違うなら説明して」と言ってしまう妹の気持ちも理解できるし、彼女の姉のことをわかりたいという優しさゆえの発言だとも思いましたが、それでも私は佳純としてすごく傷ついた。“何か”と名乗って説明しないと、自分を理解してもらえないんだ。そんな虚しさを感じました。

もちろんこれはセクシュアリティだけにまつわる問題ではなく、本作でも、佳純の同級生で元AV女優の真帆ちゃんや、うつ病の父親などを通じて、さまざまな側面から描いています。AV女優という職業に就く人に持つイメージ、心の病を抱える人に持つイメージ。勝手なイメージではなく、目の前にいるひとりの人間と、きちんと向き合いませんか。そんなメッセージが、より多くの人に伝わればうれしいです。

映画『そばかす』場面写真

前田敦子さんが演じる、元AV女優の真帆ちゃん。

——三浦さんご自身は、“勝手なイメージ”でカテゴライズされた経験はありますか?

もちろん、あります。女性という性別、25歳という年齢、役者という職業。「一般的な女性は」「25歳の頃はこう考える」「役者やっている人って」とカテゴライズすることで解釈しようとされるのは苦しいです。貼られたラベルに、確かに一致していることもあります。でも、一致しているかどうかに何の価値があるんだろう。目を見て、話をして、私の言葉で“私”を知ってほしいです。

三浦透子さん

存在を認めてくれる人は、世界のどこかに必ずいます

——蘇畑佳純を演じていた期間を、「ふつうのこと、ふつうだと思っていたことについて、一度考えてみる。まっさらにして、自分と向き合ってみる時間だった」と表現した三浦さん。その経験を経て気づいたことや、学んだことがあれば教えてください。

私が大事にしてきたことや、大事にしたいと思ってきたこと、大事にすべきではないかと思ってきたことともう一度向き合うような時間でした。『そばかす』での経験を経て、今、改めてそれらを忘れないでいたいな、と感じています。

自分の周りにいる人は自分とは別の存在で、違う価値観を持っているかもしれない。わかっていながらも、つい忘れてしまうこと、あると思います。「こう思うのがふつうだよね」という発想を強調してコミュニケーションをとることも、しかり。気をつけてきた人にも、まったく意識してこなかった人にも、この作品が“当たり前について考え直してみよう”と思うきっかけになればうれしいです。

映画『そばかす』場面写真

多くの人との出会いのなかで、自分自身を認めていく佳純。

——誰からも理解されずに孤独を感じている人へ、佳純として声をかけるとしたら、どんなことを伝えたいですか?

終盤、佳純には素敵な出会いがあります。その人の言葉を私も佳純として受け取り、自分の存在を認めてくれる人がいると知るだけで救われることがあるんだと改めて感じました。今、隣にいる誰かにわかってもらえないのは、すごく苦しいことだと思う。でも、この世界にはあなたをわかってくれる人はちゃんといます。

だから、自分の“何か”が世間の当たり前と違うと感じても、否定したり、消し去ったりしないでください。ありのままの自分を受け入れてもらえないときは、戦っていい。そうやって進んだ先には、必ず、自分を肯定できる未来があると私も信じています。

三浦透子さんへのインタビューはまだまだ続きます! 後編では、三浦さんが子ども時代の体験から学んだ多様な世界を知ることの大切さから、予想できない未来をポジティブに捉えるための心構え、自分を好きになるためのヒントまでを、じっくり、丁寧に話してくれました。 

三浦透子さん

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映画『そばかす』ポスター

映画『そばかす』
<STORY>
海辺の地方都市で、家族とともに暮らす蘇畑佳純(三浦透子)は30歳。男性が苦手なわけでも、女性が好きなわけでもないが、昔から人に恋愛感情を抱くことがないまま生きてきた。母親から強引にお見合いをセッティングされたり、心地よい関係を築いてきた友人から男女の関係を迫られたり、鬱々とした日々を過ごす中で、中学の同級生・世永真帆(前田敦子)と偶然再会。かつてAV女優として活躍し、女性に対する古い価値観への疑問を率直に伝える真帆に共感を覚えた佳純は、誰にも恋愛感情も性欲も湧かないことを告白する。

12月16日(金)より、新宿武蔵野館ほか全国公開 
配給:ラビットハウス 
監督:玉田真也
企画・原作・脚本:アサダアツシ
出演:三浦透子、前田敦子、伊藤万理華ほか 
公式HP:https://notheroinemovies.com/sobakasu

©︎2022「そばかす」製作委員会

取材・文/中西彩乃 撮影/干田哲平 企画・編集/木村美紀(yoi)