私たちが人生で向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」などの選択において、実在するAさんからZさんまで一人一人の物語をじっくりとインタビューする連載【Stories of A to Z】。中でも、昨年の4月に公開して以降、1年以上に渡って反響を呼びつづけているFさんのストーリーを再度ご紹介します。体の変化とともに性欲を感じなくなり、パートナーとのすれ違いに悩むFさんのエピソードと、産婦人科医・村田先生のお答えとは?
出会いから4カ月後で渡仏&結婚
2021年の秋に、8年間暮らしたパリを離れてフランス人パートナーと日本に帰国したFさん。パートナーとの出会いは2013年、Fさんが43歳のときのこと。アート関係の仕事で来日していた4歳年上のパートナーから、「まるでブルドーザーのように」猛烈なアプローチを受け、4カ月後には一緒に渡仏して結婚。
「来た波には乗ってみようという好奇心もあって(笑)、あっという間に結婚しました。相手はとにかく感情表現豊かな人で、自己肯定力がめちゃくちゃ高くて愛情表現もストレート。今一緒に暮らしている2頭の犬も、旅行で訪れたタイのコテージに頻繁に現れて私たちになついたのを見た彼が『一緒に暮らそう!』と言い出して、パリに連れ帰ることになったんです」
一緒に暮らすなかでたびたびケンカもしてきたけれど、そのつど向き合い、関係を構築してきたという二人。ところが…「この3年ぐらいは、まったく心通うことはありません。新型コロナウイルス感染症による生活や仕事の変化もありますが、おそらくいちばん大きいのは、私がセックスをまったく受け付けなくなったからだと思います」とFさん。
実は渡仏前から子宮筋腫による過多月経に悩まされていたFさん。パリでも通院を続けながら、子宮を摘出するかどうか悩んでいたといいます。
「子どもを産むつもりはなかったし、子宮を取ったら女性性を失ってしまうのではといった抵抗感はまったくありませんでした。ただ、子宮を摘出することで何かしら体の不調が出たら嫌だな…という漠然とした不安があって。ずるずると先のばしにしていたら過多月経が悪化し、50歳のときに重度の貧血で体調をくずして緊急手術で子宮を摘出しました。もともと不正出血や貧血による不調からセックスが負担で避けていましたが、手術を終えてから性欲をまったく感じなくなったんです」
けれど、愛情表現豊かなパートナーにとって、セックスは生きる喜びであり、明日への活力や自己肯定感につながる大きな意味を持つ行為。これまで不正出血や貧血、子宮摘出など体の話はもちろん、セックスについてもきちんと話し合ってきたので、手術後のFさんの変化も頭では理解しているものの、気持ちが追いつかない様子。
「しかも、手術から2年がたった今も膣まわりのトラブルが続いていて、私としてはセックスどころではないのが正直なところ。もうセックスしなくても“家族”として暮らしていけたらええやんと思うけれど、いつまでも“男と女”でいたい彼は『君が僕を愛していないからだ!』と…」
子宮摘出をきっかけに変化した心と体、そしてパートナーとの関係について、女性医療クリニックLUNAグループで女性性機能外来を担当されている村田佳菜子先生に相談してみることに。
子宮を摘出したら、性欲も失われる?
Fさん 手術を受ける前は子宮筋腫による過多月経がひどくて、月の半分は出血していました。その頃はすべてに対して無気力になり、セックスはおろかパートナーから外出に誘われることさえ億劫で。そうした変化には、ホルモンの影響もあるのでしょうか?
村田先生 そうですね、Fさんが子宮摘出した年齢が50歳ということを考えると、想定できる原因はふたつあります。ひとつは更年期。更年期は閉経を迎える年齢(平均は約50歳)の前後5年を含む期間で、気力の低下や性欲減退なども更年期症状のひとつとして考えられます。さらにFさんの場合は、重度の貧血も影響していたかもしれません。というのも、貧血は全身倦怠感や無気力感につながるだけでなく、うつ病の発症リスクもあるんです。
Fさん まさか、不正出血に更年期やうつ病まで重なっていた可能性があるなんて…それはしんどいはずですよね。フランスでも日本でも、お医者さんは「子宮がなくても性交渉は今まで通りできます」と言うけれど、それは医学的には可能という話であって、子宮摘出によって失われる女性の“やる気(性欲)”もあるのでは?と感じます。
村田先生 子宮摘出に関するさまざまな論文を読むと、実際は子宮摘出によって性機能が向上した人のほうが多く、理論上は性欲を失う原因にはならないと推測されます。さらに、子宮を摘出しても卵巣は残るため、ホルモン値にも直接的な影響は出ないはず。ただ、Fさんの場合は更年期症状の進行による気力や性欲低下の可能性が否定できません。また、子宮摘出によってうつ症状が顕在化したり性機能が下がった人の場合、その原因は手術前のうつ症状やパートナーとの性に関する問題が影響しているという論文もあります。
Fさん 性の問題…それは心あたりがあります。手術前から過多月経でセックスが負担だったので避けていましたが、彼はセックスレス=拒絶されていると感じているようで…どうにもならない価値観の違いが切実でした。それに、子宮摘出手術をしてからというもの性欲をまったく感じず、私自身はもはや“やれる”気がしません。日本にいる同世代の友人夫婦もセックスレスだと聞いたりしますが、家族としていい関係をつくっています。私もそうなりたいのですが…。
村田先生 そうした価値観のズレが影響していたのかもしれませんね。性に対する価値観や性欲は個人差があって当然ですし、そもそも生物学的性における男性と女性では、性欲が起こるメカニズムには大きな違いがあります。
Fさん メカニズムの違い? それってどういうことですか?
性欲を左右する“ホルモン”と“心”
村田先生 生物学的性が男性(以下、男性)の性欲は、性衝動を誘発するテストステロンという男性ホルモンの量が大きく関係します。一方で、生物学的性が女性(以下、女性)のテストステロン量は男性の10分の1しかありません。出産経験者の場合は、産後の劇的なホルモンバランスの変化などによって性欲が減退するケースもありますが、女性の場合、ホルモンによって誘発されるというよりは、心理的な影響をうけて性欲が起きるという方が一般的です。
Fさん より精神的なものに左右されやすいということですか?
村田先生 はい。「相手と親密である」という心理がセックスをする動機につながりやすく、相手からの愛撫や愛情を受け入れる過程で性欲が起こりやすいのです。ですから、パートナーが自分にとって“恋人”から“家族”になるなど心理的な関係性の変化や、何らかの理由で親密度が失われることによって性欲が低下するのは珍しいことではありません。Fさんの性欲減退も、子宮摘出というよりパートナーとの関係性の問題が根底にあるのではないでしょうか。これからFさんがどうしたいかによって、選択肢も変わってくると思います。
Fさん どんな選択肢があるんですか?
村田先生 ふたつの選択肢がありますが、その前にまずはFさん自身がどうしたいのか、何を大切にしたいのか、ご自分の気持ちと向き合うことが何より大切です。お話を伺っていると、Fさんは心のどこかで「体や心の変化は子宮摘出やホルモンのせい」と結論づけたいのでは…という気もします。パートナーとの問題に向き合うのはエネルギーがいることですし、つらい作業かもしれません。けれど、例えば根底に「パートナーに、性欲がない自分を認めてほしい」という思いがあるとしたら、たとえセックスできたとしても同じ問題が起こる可能性は十分にありますよね。
Fさん 確かに。体調をくずすまでは彼のストレートな愛情表現もセックスも楽しめていましたが、もともとの私はスキンシップが多いタイプではないんです。きっと、考え方に根本的なズレがあるんですよね…セックスにしても二人の関係にしても、「君さえ変わってくれたらいいのに!」って最後は全部私のせい。
村田先生 Fさんの思いをパートナーに伝えたうえで、お互いを尊重しながら関係を築く方法を二人で話し合うのが最初のステップです。言語化できていなかった本当の気持ちを伝えることで、相手の態度も変わるかもしれません。それでも難しい場合は、ひとつ目の選択肢であるカップルカウンセリングの領域だと思います。
Fさん そうだとしても、カウンセリングを受けてくれるかどうか…。ちなみにもうひとつの選択肢は何ですか?
村田先生 Fさんご自身が性欲を回復することでパートナーとのセックスを望むのであれば、性欲低下治療のためにテストステロン注射を打つ「男性ホルモン補充療法」があります。最近ではフリバンセリンという内服薬も使えるようになりました。ただ、本当にFさんがそれを望んでいるのかどうかが重要です。
Fさん 私が性欲を取り戻してセックスすることで状況がよくなるなら…と思うこともあるけど、今は体力的にも気持ち的にも無理ですね。相手が求めるパートナー像にもなれないから、私はずっと悩みつづけているんだと思います。それも含めて、自分がどうしたいのか考えてみます。
村田先生 迷ったら、私たちのような専門家もぜひ頼ってくださいね。
大切なのは、変化にきちんと反応すること
Fさん ありがとうございます。子宮を摘出してから貧血や不正出血といった不調は改善されましたが、睡眠の質が落ちて、どこかリラックスできない自分がいます。これも女性ホルモンの影響でしょうか。
村田先生 実はホルモンの値は閉経前後も変動するので、数値を測るだけでは更年期かどうかわからない場合もあります。いちばん大事なのは、どんな症状があるかということ。おそらく、Fさんの場合は更年期症状だと思います。更年期症状は主に①ホットフラッシュ(ほてりやのぼせ)・汗をかきやすい、②身体的症状(疲れやすさ、肩こり、めまい、動悸、冷えなど)、③心理的症状(不眠、イライラ、不安、抑うつなど)の3パターンがあります。
Fさん もしかして、ヘルペスや膀胱炎、カンジダなど、何かとトラブルが続いているのも更年期と関係がありますか?
村田先生 子宮を摘出しても膣内の環境は変わらないので、おそらく更年期症状ですね。ちょうど子宮摘出と時期が重なって原因がわかりづらかったと思いますが、女性ホルモンの低下によって感染症や外陰部の不快感、排尿障害などの症状が出る閉経関連尿路生殖器症候群(GSM)のひとつではないかと思います。
Fさん 更年期にはそんな症状もあるんですね…。卵巣は残したけれど、子宮摘出後は生理がないので自分が更年期なのか、それとも閉経しているのかわからなくて。
村田先生 子宮摘出された方は皆さん同じようにお話しされますね。確かに数値による診断や出血というわかりやすいサインはありませんが、大切なのは、自分の体に起きている変化にきちんと反応することだと思います。睡眠時間や生活リズム、食生活などが乱れていないか、更年期症状に当てはまるものはないか、考えられる原因をクリアにしていくことでモヤモヤとした不安も解消できます。もちろん、婦人科も気軽に受診してください。
Fさん 子宮摘出がいろんな不調の原因と思い込んでいたけれど、私が今後の生活でより意識すべきは更年期だったんですね。
村田先生 そうですね。セルフケアで改善できることもありますが、これだけ症状が出ているなら、婦人科で漢方薬の処方やホルモン補充療法を受けたほうが快適に過ごせると思います。特に50代は、男女ともに社会的な変化が起きやすい世代。それによって更年期症状がひどくなり、パートナーとの関係が悪化するパターンも多いですが、症状が改善されることで関係性がよくなるケースもあります。心と体、両輪でのケアを大切にしてくださいね。
イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)