連載【Stories of A to Z】 私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる選択に迷ったとき、必要なのは専門家の的確なアドバイス。「離婚」をテーマにお届けするシリーズの第2回は、パートナーに責められる日々から子どもとともに逃れ、1年前に離婚が成立したIさんのストーリー。

Story11 子どもと自分を守るために離婚したIさん

自分を守ろうとする子どもの姿に離婚を決意

怒鳴る、暴れる、責め立てる…夫の暴力から子どもと自分を守るために離婚したIさんのストーリー【離婚のお悩み vol.02】_1

もうすぐ6歳になる息子と一緒に実家で暮らすIさんが、7年間の結婚生活に終止符を打ったのは1年ほど前のこと。もともと友人だったパートナーは、結婚するとIさんに対して威圧的な態度を取り始めるようになりました。

「職場の悪口など仕事の愚痴を私に思いきりぶつけて、そのうえで機嫌を取ってもらいたがる人でした。私が実家の飲食店で働くことへの不満や、私の母に対する文句を言いつづけ、感情がたかぶると大きな声を出して怒ったり、物に当たったり。そうなると私はもう怖くて何も言えなくなってしまうので、そのたびに『黙るなんてお前は卑怯だ』と罵られてきました。妊娠中もしょっちゅう大声で責められ、夜中に実家へ逃げたことも。そんな日々が続いたせいか、一緒にいるときは自然と相手の機嫌を取るのが癖になっていました」

子どもが生まれてからも、機嫌が悪いと大声で怒鳴り散らす、部屋にこもるなど、パートナーの態度は一向に変わらなかったそう。さらに、経済的に余裕がない状況でも、週に1回以上はネットショッピングで散財するように。

「仕事を終えて家に帰って、家事や育児をこなすだけでも大変なのに、イライラしている夫のお世話までしなきゃいけない。家族というより家政婦のような生活でした。疲れきって黙々と仕事や家事をこなしていると、それもまた面白くないようで詰問され、罵られ…そのたびに恐怖を感じていました。毎日本当につらかったけれど、“私が我慢すれば済む”とやり過ごすのに必死で、誰かに相談しようなんて考えもしませんでした」

けれど、いつものようにパートナーが大声を出して家の中で暴れたある日、Iさんは離婚を決意します。そのきっかけをくれたのは、4歳になったばかりの息子でした。

「私を守るように夫の前に立ち、『ママをいじめるな!』って叫んだんです。それを見て目が覚めました。すぐに実家へ避難し、1年後に離婚できました。心も体も疲れ果てていたけど、離婚後も慌ただしくてなかなか自分の心に向き合えずにいます。でも、それよりも息子のことが気になっていて…」

Iさんが今、いちばん気になっているのは、突然父親と離れて暮らすことになった子どもの気持ちと、親子のコミュニケーションにまつわること。そこで、自身も2児の母であり、モラハラ夫との離婚を経験した公認心理師の福山れい先生に相談してみることに。



Iさんが気になっていること


1. 子どもの気持ちにどう寄り添えばいいのか知りたい


2. 別れた夫との関係について


3. もし身近な家族が理解してくれない場合は? 




今月の相談相手は……
福山れい先生

公認心理師

福山れい先生

2011年より心理カウンセラーとして、女性相談(夫婦問題・モラハラ・DV・離婚など)に携わる。子どものころから親の価値観に縛られ自己肯定感が低く、結婚しても自分が我慢すればいいと夫に振り回されていたが、離婚を決意したことで自分の可能性に目覚め、心理の学びを深める。その後、自分と同じような思いをしている女性をサポートするために起業。延べセッション数は2000件以上。無料メール講座「相手と関係なく自分が主役の人生を生きる」も実施。近年は、SNS相談員、スクールカウンセラーとしても活動中。著書に『7つのワークで「自分らしさ」を取り戻す モラハラ夫の精神的支配から抜け出す方法』(日本能率協会マネジメントセンター)。

子どもの感情は否定せず、丸ごと受けとめて

怒鳴る、暴れる、責め立てる…夫の暴力から子どもと自分を守るために離婚したIさんのストーリー【離婚のお悩み vol.02】_2

Iさん 離婚を決意して実家に避難する際、息子には「お母さんは、お父さんが怖いから一緒にいられない」と伝えました。でも、息子は今でも機嫌がいいときの父親が好きで、「家に帰りたい」と靴をはいたり、私のスマホで父親の写真を探して見せてきたりと、彼なりに私を説得しようとします。それに対して私は「ごめんね」「お母さんは怖いから、もう一緒にいられないの」と繰り返し伝えることしかできなくて。眠る前に息子が声を上げて泣くこともあるのですが、「ごめんね」と抱きしめながら一緒に泣いてしまいます。幼い息子にどんな言葉で伝えたらいいのか…。

福山先生 お子さんに聞かれたら、父親を責める言葉ではなく、今まで通りIさんの素直な気持ちを伝えていけばいいと思います。そして、お子さんが自分の気持ちを表現したときは、いっさい否定しないで「つらいんだね」「悲しいんだね」と丸ごと受けとめてあげてください。そして、迷ったときは原点に立ち戻ってほしいと思います。

Iさん 原点…離婚を決めたときのことですか?

福山先生 そうです。Iさんは、お子さんと幸せになるために離婚を決意されたはずです。お子さんにとって、お母さんが元気でいること、笑顔でいることはとてもうれしいもの。大切なのは、Iさんが心穏やかに、幸せに過ごしているという事実を態度で伝えることです。どんなに幼くても、お子さんには伝わりますから。

Iさん 言葉で説明することばかり考えていたけれど、表情や毎日の姿で伝えられることもあるんですね。最近は息子なりに家族3人で暮らせないことを理解しつつあるようですが、父の日のような幼稚園でのイベントがつらいみたいで…。あまり抱え込まないでほしいなと思いつつ、しっかり話を聞く以外にどう寄り添えばいいのかわからなくて。

福山先生 今まで通り、お子さんの話を聞いて気持ちに寄り添ってあげれば大丈夫です。感情に蓋をする癖がつくと、なんでも我慢してしまうようになるので、気持ちを丸ごと受けとめて、“感情をそのまま出していいんだ”と安心させてあげましょう。お子さんの感情が出てきたときは、一緒に散歩したり公園で遊んだりして気分転換をするのもいいですね。お子さんにとって、お母さんとの安心できる時間を増やしながら、“ここがあなたにとって安心できる場所だよ”と示してあげてください。

他者との距離感を左右する“心の境界線”

怒鳴る、暴れる、責め立てる…夫の暴力から子どもと自分を守るために離婚したIさんのストーリー【離婚のお悩み vol.02】_3

Iさん さっそく実践してみます! それから、息子が元夫に「会いたい」と望んだときの連絡ツールとしてLINEを残しているのですが、今も時々私を非難するLINEが届きます。ただ結婚している頃は怖くて反応できなかった分、最近はしっかり反論するようにしています。物理的に離れたことで、やっと対等になれた気がして。

福山先生 連絡手段をすべて断つと相手が逆上する可能性もありますから、何か残しておくというのはひとつの方法だと思います、ただ、既読がつくLINEはリアルタイムでやり取りできてしまうので、あまりおすすめしません。Iさんの心理的な負担を減らすためにも、自分のタイミングで対応できるメールなどのツールを活用してみてください。そして何より、相手と対等になる必要はありません。

Iさん え? それってどういうことですか?

福山先生 「反論する」ということは、パートナーと同じ土俵で向き合うことになりますが、Iさんはすでに相手の土俵から降りています。自分を攻撃してくる相手とかかわらないために離婚して土俵を降りたのに、わざわざ戻って勝負する必要はありませんよね。感情をぶつけてくる相手にどこまで対応するか、その境界線はIさん自身が決めていいんです。心の主導権を相手に渡してはいけません。

Iさん 確かに! わざわざ相手のためにエネルギーを使う必要なんてないですね。先生に言われてハッとしました。

福山先生 私たちは、自分だけの楽しみや時間、友人関係など、お互いのパーソナルスペース(心の境界線)を尊重することで、他者と健全な関係を築くことができます。ところが、この境界線がうやむやになることで距離感のバランスが崩れ、支配や束縛が当たり前になってしまうのです。これは、モラハラやDVにおいて本当によくあるケースです。

連絡は必要最低限&感情は入れず距離を保つ

怒鳴る、暴れる、責め立てる…夫の暴力から子どもと自分を守るために離婚したIさんのストーリー【離婚のお悩み vol.02】_4

Iさん ということは、まだ私は元夫との境界線がぼやけているってことですね…。例えばメールやLINEなどで連絡をとる場合、どうやって境界線をつくればいいのでしょう?

福山先生 感情的なやり取りは、心が揺れたり、相手につけ込まれたりする原因になるので、私はよく「最低限の事務的な返事を淡々と続けましょう」とお伝えしています。感情的になっている相手に冷静な対応をつづけるのは勇気がいりますが、一定の距離を保ち続けることで確かな境界線をつくることができます。実際に相手があきらめて離れたり、連絡がこなくなったりするケースが多いですね。自分が決めた道を進む覚悟という意味でも、相手の揺さぶりに負けない踏ん張りが大切です。

Iさん 踏ん張りが必要っていうのは実感としてすごくよくわかります。反論しているものの、暴言LINEを読むと当時の記憶がフラッシュバックして、心身ともにつらくなることもあるので。

福山先生 つらくなったときは、自分が相手とは物理的に離れている事実を再確認しましょう。そして、深呼吸しながら五感を意識してみてください。例えば、まわりを見回して自分が安全な場にいることを確認する。今いる場所の音を確認する。飴をなめたり、アロマをかいだり、心地よいものを触るなどして、“今ここ”にある自分の感覚を意識しましょう。フラッシュバックがすぐになくなることはありませんが、「今の自分は、過去の自分とは違う」という事実を少しずつ、繰り返し意識に落とし込むことで頻度が減っていきます。

素直に頼れることが自立につながっていく

怒鳴る、暴れる、責め立てる…夫の暴力から子どもと自分を守るために離婚したIさんのストーリー【離婚のお悩み vol.02】_5

Iさん ありがとうございます。つらい記憶という意味では、実家に避難して両親に離婚の意思を告げたときに、父は賛成してくれましたが、母からは「世間体があるから離婚しないでほしい」と言われたこともショックでした。今では母も状況を理解してくれていますが、味方になってくれると信じていたので…。例えば私のように実家の理解が得られない、あるいは実家などの頼る先がない人はどうしたらいいのでしょうか。

福山先生 あまり知られていないかもしれませんが、行政やDV関連の支援団体、弁護士など、相談できる窓口はいろいろあります。“知らない人に助けてもらうのは嫌だ”と思うかもしれないけれど、自分のためにもまずは相談を。何より、素直になる、頼れることは自立につながります。Iさんも、例えばお子さんと父親の面会ペースなど、今後のかかわりで曖昧になっていることがあれば、自分にとって無理のない形で進められるように弁護士の手を借りることも大切だと思います。

Iさん 自分の経験を振り返ると、SOSを出せるって大事だなと感じます。今後のことも、話し合いができない状態ならプロに頼ったほうが安心ですね。私は離婚するまで無意識に自分をたくさん傷つけたし、傷口もそのままにしてきたので、子どものことだけでなく、自分のケアにも目を向ける機会をもらえてうれしかったです。

福山先生 ぜひこれからは「自分がどう生きたいか」を大切にしてくださいね。

イラスト/naohiga 取材・文/国分美由紀 企画・編集/高戸映里奈(yoi)