2022年4月から保険適用範囲が拡大したことをきっかけに、関心が高まっている不妊治療。今や不妊治療は特別なことではなく、世代を問わず身近なものになってきています。ただ、治療の実際については、当事者になるまでわからないことが多いのも事実。そこで今回は、不妊治療や体外受精の実績が豊富な、不妊治療専門の『浅田レディースクリニック』が実施した「不妊治療に関する実態調査」の結果をもとに、保険適用範囲拡大後の現状をひもときます。
浅田レディースクリニック 理事長
日本でも有数の体外受精成功率を誇り、愛知・東京でクリニックを展開する「医療法人浅田レディースクリニック」の理事長を務める。名古屋大学医学部卒業。同大医学部産婦人科助手などを経て米国で顕微授精の研究に携わり、1995年、名古屋大学医学部附属病院分院にて精巣精子を用いたICSI(卵細胞質内精子注入法)による日本初の妊娠例を報告する。2004年「浅田レディース勝川クリニック」、2010年「浅田レディ ース名古屋駅前クリニック」、2018年5月に「浅田レディース品川クリニック」を開院。日本生殖医学会認定生殖医療専門医・指導医。
妊娠を望むカップルの5組に1組が不妊治療中
現在、日本国内で不妊治療を行なっているカップルは約5組に1組、さらに、全出生児のうち不妊治療(生殖補助医療)で生まれてくる子どもは、およそ14人に1人というデータが出ています(出典:ARTデータブック 2020年)。これらの数字を見ても、子どもを望む人にとって不妊治療は受ける可能性の高い、非常に身近なものになっているといえます。
2022年4月から、「人工授精」「体外受精」「顕微授精」などの治療法が新たに適用対象となり、医療費3割負担で治療が受けられるようになりました。「浅田レディースクリニック」では、2022年8月に「不妊治療に関する実態調査」を実施。この調査結果から、公的保険適用の範囲拡大による不妊治療希望者にとってのメリット、デメリットが見えてきました。
【不妊治療に関する調査概要】調査方法:インターネットアンケート 調査実施機関:株式会社ネオマーケティング 調査実施期間:2022年8月4日(木)~8月8日(月) 対象地域:全国 対象者:600名(20~40代男女 各年代 100名)
今回の調査では、現在不妊治療中の人の約8割が、不妊治療を保険適用範囲内で行なっていることがわかりました。また『浅田レディースクリニック』で不妊治療を受ける人のうち、20代の割合は、2015年の11.8%から2022年4月には20.3%と約10ポイントもアップ。国や自治体からの助成金はあっても、不妊治療は高額な治療費がかかる場合もあるため、若年世代の不妊治療の受診割合が増えたのには、不妊治療に対する公的保険の適用範囲が拡大されたことが大きく関係していると考えられます。
保険適用の範囲拡大が不妊治療を始めるきっかけに
今回の調査では、現在不妊治療をしている人の約3割が、2022年4月以降に治療を開始。その92.8%が、保険適用範囲拡大は治療を始めるきっかけになったと回答しています。さらに、20代では約4割が2022年4月以降に受診しはじめていたり、男性では97.1%が保険適用となったことが不妊治療に取り組むきっかけになったと回答しているように、保険適用の範囲拡大によって不妊治療に対する認知が広まり、受診へのハードルも低くなったことがわかります。
不妊治療の費用面ではメリットとデメリットが混在
「保険適用範囲拡大に満足している一方で期待と現実のギャップが発生」
保険の範囲内で不妊治療を行なっていると回答した人のうち、約7割は満足しているという結果に。しかしながら、男女間でその満足度には差があり、費用面については満足と不満の両方の意見が拮抗しています。
保険の範囲内で不妊治療を行なっている人のうち、「満足している」「やや満足している」と回答した人の割合を男女間で比べると、男性は約8割なのに対し、女性は約6割。女性のほうが満足度が低いことがわかります。
保険適用範囲拡大に満足している理由としてもっとも多かったのが「費用面での負担が減った点」という回答。厚生労働省が行なった、不妊治療の実態に関する調査結果によれば、自費で治療を行なっている人が支払う費用の平均は治療のみ(検査代や通院費などを除く)で約50万円でしたが、保険適用範囲内であれば平均15万円ほどに収まるといいます。しかし、不満を持っている理由として「金銭的負担が思ったよりも安くならなかった」「高度な治療については保険の適用範囲外になってしまう」という回答の多さからは、現在も金銭面での不安がぬぐいきれない現状がうかがえます。
「女性にかかるさまざまな条件は経済的負担増にもつながる」
また、女性は高齢になるほど保険適用外での治療となる可能性が高まりますが、「不妊治療の開始時点で女性の年齢が43歳未満」であることや、「40歳未満の場合は子ども1人につき最大6回まで、40歳以上43歳未満の場合は最大3回まで適用」など、年齢や回数などのさまざまな条件が課されています。この点を不満に思う回答もあり、これらが男性より女性の満足度が低いひとつの要因のよう。
「経済的負担が理由で希望の治療が受けられない場合もある」
さらに、保険適用範囲が拡大されたことで費用面での負担が減ったという声がある一方、国からの助成金がなくなり、自己負担が増えてしまうパターンも出てきています。受精卵の染色体に異常がないかを検査する「着床前検査」や最新医療での治療は保険適用範囲外のため、高額な費用がかかり、希望の治療を受けられない場合もあります。
不妊治療の保険適用について今後望むこととして、もっとも多かった回答が「治療負担額の軽減」、2位が「保険適用でできる治療の拡充」、3位が「適用回数制限の撤廃」という結果となりました。今回の保険適用範囲の拡大については、金銭的負担に関する期待値と実際とのギャップが生じていることから、経済的負担あるいはそれにつながる諸条件が緩和されることを望む人が多いようです。
経済的負担以外にもある不妊治療の課題
『浅田レディースクリニック』によれば、不妊治療に関しては経済的負担以外にもさまざまな課題があるといいます。
「不妊の原因不明が意外に多い」
不妊に悩む人のうち、およそ半数が原因不明。また、不妊の原因は男女ほぼ半々(公益社団法人 日本産科婦人科学会「不妊症のケア」より)。こうした実態からも、不妊治療ではひとりひとりに合った検査と治療が必要です。
「治療の拘束時間が長い」
厚生労働省が2021年に行なった調査によると、不妊治療中の人の約4割が治療のために仕事を休んだ経験があり、仕事の日程調整にも大きな負担が発生していることがわかっています。費用負担が軽減したとしても、職場環境などが理由で不妊治療に踏みきれない場合もあるようです。
保険適用の範囲拡大によって不妊治療への門戸が開かれたことは有意義で、経済的負担が理由で治療をあきらめていた人は受診への一歩が踏み出しやすくなったはず。また、保険適用=一般的な治療としての認知が広まることで、周囲の理解も得やすくなっていくでしょう。まだ今年から始まったばかりで、課題も多く残っていますが、妊娠を望む人にとってよりよい環境となるように少しずつ改善されることを期待したいですね。
構成・文/政年美代子 Photo by DrAfter123 / DigitalVision Vectors 資料提供/医療法人浅田レディースクリニック