私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる迷いや不安に寄り添う連載『Stories of A to Z』。今回は、身近な家族からの悪気のない言動に何度も傷ついてきたQさんのストーリー。

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Story17 身近な家族の言葉や振る舞いに傷ついてきたQさん

母や妹からの思いがけぬ言葉に涙を流す日々

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4年前、パートナーの転職を機に東京を離れ、地方へ移住したQさん。ちょうど30歳になったタイミングということもあり、思い立って婦人科で検査を受けることに。

「それまでも婦人科検診は定期的に受けていたし、特に不調もなかったので、東京にいるときは夫と『子どもは自然に任せるのがいいよね』と話していました。でも、検査をしてみたらAMH値がものすごく低いことがわかったので、不妊治療を始めることにしたんです」

2年ほど治療を続ける中で体外受精を決断。2022年の春に妊娠しますが、自然排出による早期流産という結果に。そして、ほぼ同じタイミングで妹さんの自然妊娠が判明しました。

「もともと母や妹とは仲がよかったので、卵巣年齢が高いと言われたことや不妊治療を本格的に始めること、早期流産のことも報告していました。でも、妹の妊娠がわかったあと、母とビデオ通話をしていたら『姉妹で妊娠が重なると、どちらかが深刻な事態になるって聞くから、二人の妊娠が重ならなくてよかった』と言われたんです。もう私の子どもは亡くなっているのに…悪気がないのはわかるけれど、すごく傷ついたし、毎日泣きながら過ごしました」

半年ほどして2度目の妊娠がかなうも早期流産に。次の採卵に向けて、体の回復を待っていたある日、妹さんから一本の電話が。

「二人目を妊娠したという報告でした。妹は電話口で泣きながら『まさか、こんなにすぐできるとは思わなくて。なんでお姉ちゃんのところじゃなかったんだろう…』と。そのときは悲しさとか怒りよりも、“泣きたいのは私なのに、なんでこの人は泣いているんだろう?”という気持ちでしたね。自分の心を守るために、『体調に気をつけてね』とだけ伝えて電話を切りました」

妹さんが妊娠して以来、自分からは連絡を取らなくなったというQさんですが、「でも、心が回復してきた頃に、妹がメンタルを壊しにくるんですよね…」と顔を曇らせます。

「一人目の子が1歳になった頃に突然『結婚式を挙げたい』と言い出して、準備を進めていた式の直前に二人目を妊娠。お腹はドレスで隠れるけれど、基本は安静にしていないといけないし、リングガールを務めるのは彼女の娘。お祝いの席とはいえ、その場にいることを想像するだけでしんどすぎて…。つい最近も『家族で遊びに行きたい』と言われましたが、理由をつけて断るつもりです」

身近な家族からの悪気のない言葉や振る舞いに、「何度も傷つけられてきた」というQさん。それまで仲がよかったからこそ、関係性の落差にもしんどさを感じるようになったといいます。その気持ちを、不妊カウンセラーの永森咲希さんに話してみることにしました。

今月の相談相手は……
永森咲希さん

不妊カウンセラー

永森咲希さん

国家資格キャリアコンサルタント、家族相談士、両立支援コーディネーター。一般社団法人MoLive(モリーブ)オフィス永森代表。大学卒業後、外資系企業と日系企業数社の経営や営業部門でキャリアを重ねる。6年間の不妊治療を経験し、仕事と治療の両立の難しさから離職するも、最終的には不妊治療をやめて子どもをあきらめた経験を持つ。その後2014年に自身の体験をまとめた『三色のキャラメル 不妊と向き合ったからこそわかったこと』(文芸社)を出版し、同時に一般社団法人MoLiveを設立。「子どもを願う想い・叶わなかった想いを支える」を信条に、不妊で悩む当事者を支援すると同時に、不妊を取り巻くさまざまな社会課題解決のため、教育機関・企業・医療機関といった社会と連携した活動に従事。令和3年厚生労働省主催「不妊治療を受けやすい休暇制度等導入支援セミナー」講師。現在、不妊治療専門医療機関にてカウンセリングおよび倫理委員も務める。

距離をおく時間は、自分を守るためにも必要なこと

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永森さん Qさんは、とてもつらい思いをされてきたのですね。お母さまから思いがけないことを言われたとき、ご自身の気持ちは何か伝えられましたか?

Qさん 「それは私に話すことじゃない」という話はしました。「もしほかに、そういう経験をしている人がいたら、絶対に言っちゃいけないよ」と伝えたら、母も気づいたみたいで謝られましたね。本当に傷ついたけれど、怒ったりはしませんでした。

永森さん たとえ少しでも言葉にできたのならよかったです。というのも、悪気のない言葉を浴びたショックで何も言えないまま、傷つき、泣いて、落ち込むというループを繰り返してしまう方は少なくありません。相手が身近な関係性の人であればなおさらです。

Qさん 母のことは、年齢的にも「そういう人だからしょうがない」と流せるぐらい、精神的には鍛えられましたが、妹からの連絡を受けるたびにメンタルを傷つけられます…。母も妹も住んでいる場所が遠いから会わずにいられることが本当に救いだし、電話がきても、つらくなったら「充電が切れそう」「雨が降ってきたから洗濯物取り込まなくちゃ」と理由をつくって切るようにしています。

永森さん 今のQさんのように相手と向き合うことがつらいときは、距離をおいて自分の心を守る時間をつくることが大切です。親御さんが近くに住んでいらして、何かにつけて家に来て困るというケースもあるので、Qさんの場合は、現実的に距離が離れているという環境に助けられているところもあるでしょうね。そして、深刻にならないちょっとした理由をみつけて電話を切るというのは、とても上手な切り抜け方だと思います。

Qさん 夫とは「妹の子どもたちが小学生になるまで、なんとか我慢しよう」と話しています。私たちが他人を「羨ましい」と思うのは、妊婦さんや新生児、よちよち歩きの子どもを見たとき。「走り回る小学生や、思春期の中学生を見ても羨ましいとは思わないだろうから、あと7年ぐらいの辛抱だね」と。

私を傷つける相手に、歩み寄る必要ってあるの?

永森さん お母さまや妹さんとの関係性について、Qさんはどうされたいですか?

Qさん もともと仲がよかったので、関係が変わってしまったことへの悲しさというか、つらさはありますが、今はこのままでいいかなと思っています。

永森さん そうですね。心が苦しくなる原因が人間関係の場合、たとえ家族であっても上手に距離をおくことは、ご自身のために大切なことです。無理にコミュニケーションを取るのではなく、コミュニケーションを「お休みする」と考えてみてはどうでしょう。さまざまなしがらみで、どうしても連絡を取り合わなければならないこともあるかもしれませんが、どんなに近しい間柄でも少し離れてみる時間があってもいい。距離をおくことは、許されないことではないはずです。ただ、近しい間柄であれば、その理由を説明する言葉は少し必要になるかもしれませんね。

Qさん 家族の場合、「お休みする」のはなかなか難しいですよね…。相手を変えることはできないし、だからといって傷つけられた私が、それを受け止めてまで歩み寄る必要ってあるのかな?とも思うんです。

永森さん 相手を変える必要はありませんし、Qさんが我慢して歩み寄る必要もありません。むしろ、我慢しないようにすることをおすすめします。といっても、それは感情をあらわにして、ご自身の想いを主張したほうがいいということではないんです。コミュニケーションの取り方のひとつに、「アサーティブコミュニケーション」というものがあります。

Qさん それは、どういうコミュニケーションの取り方なんですか?

永森さん 自分の意見を飲み込んで我慢したり、一方的に主張を押し通したりせずに、相手を尊重しながら自分の気持ちもきちんと伝えるコミュニケーションの方法です。不妊治療で複雑な想いを抱えている当事者が感じるストレスには、「人になかなか話せない」「話しても理解してもらえない」という要素も含まれています。自分の想いや意見を伝えられないことは、思った以上に大きなストレスとなり、ひどくなると心身に不調をきたしてしまうこともあります。相手に届くか・届かないかよりも、「ちゃんと伝えてみる」というアクションを取ることが、自分のためになる場合があるんです。一度にすべてを話さず、小出しにしながらでも構いません。「家族に涙は見せたくない」という方もいますし、その感情もよくわかりますが、一生懸命頑張っていることを語るときに涙が流れることは、決してデメリットではないはずです。


▶︎後編では、何気ない瞬間に突然流れるという涙の理由や、Qさんが感じる「怖さ」について、永森さんにお話を伺いました。

イラスト/naohiga 構成・取材・文/国分美由紀