私たちが人生でそれぞれに向き合う「妊娠・出産」、「家族」や「パートナーシップ」にまつわる迷いや不安に寄り添う連載『Stories of A to Z』。今回は、不妊治療によって感じる心の揺れや、漠然とした不安に戸惑うPさんのストーリー。

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Story16 妊娠・出産した人と、不妊治療中の自分を比べてしまうPさん

コロナ禍を機に、妊娠・出産を考えはじめたら…

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26歳で結婚したPさん。2020年に入ってコロナ禍による在宅勤務が増えたことや30歳を過ぎたこともあり、パートナーと子どもについて本格的に考えるようになったといいます。自分たちなりにリサーチをする中で「ブライダルチェックをしたほうがいい」という情報を見つけてクリニックを受診したのは2年前のこと。

「もともと生理不順だったので、万が一のことを考えて、不妊治療もできる産婦人科でブライダルチェックを受けてみたら、AMH値(卵巣内に残っている卵子の推測数)や、黄体ホルモン(着床障害や流産のリスクに影響)の値がとても低いことがわかりました」

卵巣や子宮には問題がなかったこともあり、まずはタイミング法をスタート。けれど、思うような結果につながらず、再び検査すると自力での排卵が難しい状態であることが判明しました。体外受精へのステップアップを決意し、採卵した15個のうち、卵子凍結ができた卵子は2個。そのうちのひとつめは着床に至らず、ふたつめは着床したものの7週目に入っても心拍が確認できなかったため、早期流産の手術を受けました。手術後の体調が落ち着いた頃に、2度目の採卵に向けて新たな排卵誘発剤を使いはじめたのですが…。

「アメリカでは卵巣年齢が高い人によく使われるという薬に変えたら、今度は卵が育ちすぎて卵巣が4倍ぐらいのサイズにふくらんでしまったんです。対処法としては生理による排卵を待つか、手術するしかなくて、ひと月前にようやく全部排卵されたところ。誰を責めても意味がないことはわかっているけど、気持ちの落としどころが見つからなくて…今は2度目の採卵に向けて、1回目と同じ誘発剤で再チャレンジしています」

そして、Pさんがずっと心の整理がつけられずにいることがもうひとつ。それは、「なかなか子どもを授からない自分」と「なんの苦労もなく授かったように見える人」との違いについて。

「ちょうど今、私たちより後に結婚した友人たちが、どんどん妊娠・出産を迎えているタイミングで。心からおめでたい、うれしいと思えるときもあれば、悲しい、悔しい、虚無感…いろんな感情がこんがらがってしまうこともあって、自分でもよくわからなくなるんです」

その思いを、不妊治療経験者でもある不妊カウンセラー・国家資格キャリアコンサルタントの永森咲希さんに相談してみることにしました。

今月の相談相手は……
永森咲希さん

不妊カウンセラー

永森咲希さん

国家資格キャリアコンサルタント、家族相談士、両立支援コーディネーター。一般社団法人MoLive(モリーブ)オフィス永森代表。大学卒業後、外資系企業と日系企業数社の経営や営業部門でキャリアを重ねる。6年間の不妊治療を経験し、仕事と治療の両立の難しさから離職するも、最終的には不妊治療をやめて子どもをあきらめた経験を持つ。その後2014年に自身の体験をまとめた『三色のキャラメル 不妊と向き合ったからこそわかったこと』(文芸社)を出版し、同時に一般社団法人MoLiveを設立。「子どもを願う想い・叶わなかった想いを支える」を信条に、不妊で悩む当事者を支援すると同時に、不妊を取り巻くさまざまな社会課題解決のため、教育機関・企業・医療機関といった社会と連携した活動に従事。令和3年厚生労働省主催「不妊治療を受けやすい休暇制度等導入支援セミナー」講師。現在、不妊治療専門医療機関にてカウンセリングおよび倫理委員も務める。

自分の心は、自分にしか守れない

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Pさん 身近な人や芸能人の妊娠・出産などのニュースを見ると、「私は、たった一人を授かるためにこんなに頑張っているのに、この人たちと何が違うんだろう」と考えてしまうんです。もちろん、それぞれの事情があることや、誰にとっても妊娠・出産は大変だっていうことは頭では理解しているつもりなんですが…。

永森さん 不妊治療をしていると、何を頑張ったらいいのか、この苦しさをどうしたらいいのか、わからなくなりますよね。私自身もそうでした。誰かをうらやんだり、時に妬みを感じることは、とても人間らしい、自然な感情だと思います。大切なのは、心の信号が黄色から赤色に変わりそうなときに、立ち止まって心を守ること。自分のためにも、つらいときは人や情報から距離を置いていいんです私も、友人の出産祝いを「みんなで選びに行こう」と誘われたとき、どうしても心から祝えなかったので仕事を理由に断りました。そういうちょっとした嘘を「方便」として使うことは悪いことではありません。自分の心は、自分にしか守れませんから。

Pさん 距離を置くという意味では、一人だといろいろ考えて思い詰めてしまう性格なので、テレビを見たり掃除をしたり、誰かと会ったり料理をしてみたり、意識を違うところに向けて考えないようにしています。特につらいときは眠れなくなるので、夜はSNSを見ないようにしたり。

永森さん SNSと距離を置くことは、とても賢明なご判断だと思います。SNSにはたくさんの情報があるように見えますが、一人一人の背景や状況は違うので、自分とまったく同じケースはあり得ませんし、情報に翻弄されて余計につらくなる方のほうが多いので。Pさんは、誰かに治療のことを話したり、相談したりできる環境はありますか?

第三者に自分の気持ちを話せる場を探してみる

Pさん 夫には包み隠さず話しています。お互いの家族や親しい友人にも不妊治療をしていることは伝えていて、みんなさりげなく気分転換に誘ってくれたり、そばにいてくれたりするので、本当に恵まれているなと感じます。ただ、身近で同じように不妊治療をしている人はいないので、治療の詳しい話や踏み込んだ話ができる相手はいません。

永森さん 周囲にさり気なくサポートしてくださる方がいるのは心強いですね。一方で、Pさんが不妊治療に対する感情や思いを消化不良のままで抱えないことも大事です。感情を吐露することは、考えを整理するうえでも大切なので、ドクターや看護師、カウンセラーなどの第三者に自分の気持ちや考えについて話せる場を探してみてください。今はオンラインで手軽につながれる社会環境が整備されてきていますから、体だけではなく、こころのメンテナンスもしやすくなってきたと思います。私自身の経験から、話せる場の重要性を感じてオンライン相談室『ハナセルフ』をはじめました。公認心理士や生殖心理カウンセラーなど、不妊の問題に精通するカウンセラーたちがそろっています。

Pさん オンラインなら時間をつくりやすそうですね。実は、不妊治療で通っているクリニックが産院もやっているので、治療がうまく進んでいないときは「おめでとう」という声が聞こえてくるのもつらくて…。

永森さん クリニックに通いはじめてから2年もの間、何度もすぐそばで「おめでとう」という声を聞いていらしたわけですよね。それは本当におつらかっただろうなと思います。これはあくまで伺ったお話からの推測ではありますが、AMH値や黄体ホルモンなどの内分泌系に懸念があるPさんの場合、もし薬が合わない、採卵がスムーズにいかない、治療を続けていてもうまくいかない、などと感じているなら不妊治療の専門クリニックを受診することもひとつの選択肢かもしれません。

Pさん え? 産婦人科と不妊治療専門のクリニックって、そんなに違うものなんですか?

▶︎後編では、不妊治療を受けるクリニック選びの考え方や、不妊治療への向き合い方について、じっくりお話を伺います。

イラスト/naohiga 構成・取材・文/国分美由紀