「ちょっといやだな」と思ったけど断れず、心をすり減らせてしまったり、逆に「これくらいなら許してくれるはず」と相手の意思をないがしろにして傷つけてしまったり…。このようなコミュニケーションでのモヤモヤや失敗は、「同意」の考え方を理解することで払拭できるかもしれません。

長田杏奈さん連載の今回は、オーストラリアで発売された同意の入門書『こんにちは!同意 誰かと親密になる前に知っておきたい大切なこと』(ユミ・スタインズ、メリッサ・カン/著、ジェニー・レイサム/画)の日本語訳を手がけた北原みのりさんをゲストに迎え、長田さんとのスペシャル対談をお届けします。"自分の身体に関することには「いや」「いい」を言う権利があって、それはほかの人も同じである”という基本の考え方や、大人になるほどなぜ「いや」と言いにくくなるのか、性的な場面で同意を取る難しさなどについて語り合いました。

北原みのりさんと長田杏奈さん

北原みのり

作家

北原みのり

シスターフッド出版社『アジュマブックス』代表で、性暴力根絶を目指す『フラワーデモ』の呼びかけ人。1996年に立ち上げた、女性のためのプレジャーグッズショップ『LOVE PIECE CLUB』の運営も行う。

「いや」と言えない状況での同意は、本当の"同意"ではない

北原みのりさん

長田:はじめに、この本を翻訳することになったきっかけを教えてください。

北原:もともと、同じ著者(2名)が出していた『こんにちは!生理』という生理の基本を解説したオーストラリアの書籍をうちの会社のスタッフが電子書籍で見つけたんです。日本だと、生理について語られるとき、”赤ちゃんのベッド”といった表現が使われることが多いなか、この本はそうではなかった。それで、ぜひ翻訳してみたいと編集者の方に相談したところ、「同意の本もどうですか?」と提案を受けたのがきっかけです。ただ、同意という概念について日本語では根本的なところでしっくりくる表現がなかなかなくて、最初は、YES/NOという言葉ですらどう日本語に訳すか悩みました。私自身も本当に勉強になることが多かったですね。

長田:本の導入で、同意についての解説をTシャツの貸し借りに例えられているのがすごくわかりやすかったです。例えば、友達に「Tシャツを貸して」と言われたときに、「いいよ」と言うのは簡単だけど、泥まみれになるキャンプに着ていくつもりだと知っていたら? とか、もし借りたいと言ってきたのが先生だったら? とか。

同意の基本について

同意の基本について

長田:「まだこの情報はいらない、と思うところは飛ばしてもいい」と書かれているのも親切だなと思いました。北原さんは、今の日本でこの本にあるような"同意"の概念はどの程度認識されていると感じましたか?

北原:英語圏の国では徐々に広まってきていますが、日本ではまだまだですよね。そもそも私の中で、同意という言葉が響くようになったきっかけは、性暴力に抗議する運動『フラワーデモ』でした。いろんな方々の話を聞くと、改めて「性的同意への意識は人によってこんなにも違うんだ」と驚きます。例えば、一方は同意が取れていると思っていても、相手はそのつもりがなく、それによって傷ついてしまう。被害女性の中には「自分が二人きりの場所に行ったから」「最初に『いい』と言ってしまったから」と自分を責めつづけている人が少なくないんです。

長田:たとえば、先生と生徒、上司と部下といった、パワーバランスが対等ではない関係で同意を取るのは難しいと、この本には書いてあります。強い立場の人にNOが言えず、「あのとき『いい』と言った私が悪い」と自分を責めてしまうのは、頻繁に起こりうること。そういう場合、"断れない状況下での同意は本当の同意ではない"と知ることで、救われる人もいるのではないかと思います。今の社会では、「一度OKしたんだから」と言質を取って、被害者を追い込んでしまう感じがしますよね。

北原:この本には"権力関係があるところに同意はない"とはっきり書いてありますから。今まさに日本では「不同意性交等罪」が憲法に入るかどうかの局面を迎えているのですが、なかなか採択が進まない。さまざまな理由があると思いますが、検討委員会のなかで"同意という文化が日本にないから"という声があるというのもそのひとつです。「不同意性交等罪」を入れると逮捕者が増えてしまう可能性があり、過剰な法律になってしまうのではという懸念があるというんです。

長田:犯罪者が増えてしまうかも、じゃなくて、被害者の泣き寝入りが多すぎるから訴えているのに…。なぜ、加害者を守ろうとするんだろう。

北原:そうなんですよね。文化がなければ、法律が文化を作ればいい。そういう意味でも同意の概念が広まることってすごく重要で、それがデフォルトで理解できると、もっとたくさんの人が生きやすくなると思います。

大人になると、どうして「いや」と言いづらくなるのか

長田杏奈さんと北原みのりさん

長田:この本は主おもにティーン向けに書かれていますが、大人が読んでも学びが多かったです。歳を重ねるほど、あらゆる場面で「いや」と言いづらい状況が増える気がして。子どもには"いやいや期"があって、「いや」を表現することが尊重される時期があるけれど、人はいつ頃からそうじゃなくなっていくんでしょうね。

北原:本には"思春期からすでに「いや」と言いづらくなる"と書いてありますよね。でもどうしてなのか…。

長田:空気を悪くしたくないとか、いやな人だと思われたくないという意識が働く、というのもひとつにはあると思います。セクハラや性に関していえば、こっちが防衛線を張ると自意識過剰だと指摘されることが多い。NOの態度を表明したとたんに「そんなつもりはないのに勘違いするな!」って言われたり。

北原:性的な場面で「いや」と言いづらいシチュエーションは、女性のほうが多いですよね。性の対象として見られることが、"女"としても価値があると言われつづけているのも関係していると思います。男性が欲情するのはすごく自然な行為と思われ、女性はそうした男性の本能を尊重するために自分の「いや」を我慢しなければいけない、という刷り込みがある。でもこの本は、「いや」と言っていい、と教えてくれるんです。その考えを知るだけでもラクになるし、希望が持てる。

セックス=いいこと、という概念にとらわれすぎている?

北原みのりさん

北原:うちの会社で運営しているセックストイグッズストア『LOVE PIECE CLUB』のお客さんの中には、「夫とのセックスが苦痛で、男性が早くイケるものありますか?」と相談に来られる年配の女性が少なくありません。それぐらい「いや」と言いにくいんだろうなって。そう考えると、知らない人同士や緊張感のある関係だから難しいのではなくて、慣れ親しんだ関係でも同意が取れない。「妻に1回断られたから、もう自分からは誘わない」という男性の話を聞くこともあるくらいです。

そもそも性的な場面で「いや」が言いにくいのは、セックスが「愛の行為」とされているからという面があります。でも、セックス=愛じゃないですよね。愛があろうがなかろうが、セックスには積極的な同意が必要だということが、この本には何度も書かれています。

長田:セックスに過剰に価値が置かれている気がする。だから、セックスを拒否すると、相手の人格を否定していると思われたり、拒否された側は、自分に性的に魅力がないとか、人としての魅力がないと感じてしまったり。

北原:そうですね。やっぱり、同意には訓練が必要。ひとつずつ丁寧にやっていくことが大事なんだと思います。

「NO」と言われても、全部を否定されたと思わないで

長田杏奈さん、北原みのりさん

長田:恋愛関係だけでなく、会社や地域のコミュニティ、家庭でさえ「いや」と言うのが難しいのは、人間は社会や組織の中で波風を立てず、従順な歯車になるのが優秀とされる通念があるからでしょうか。「いや」と言えば社会の歯車の不良品としてみなされ、はじかれるかもしれない、という怖さがある。

北原:特に上の立場にいる人は、部下に「いやです」と言われて、びっくりすることがあると聞きますよね。いやいや、びっくりしないで慣れてくれ…と思うんだけど(笑)。もちろん、少しは傷つくこともあるかもしれない。でも、だからといって自分たちが不本意に「YES」を言いつづけていると、いつまでたっても状況は変わらないですよね。

長田:「いや」を受けとめられる社会にしないとな、と感じますね。

北原:「いや」と言った人を一人ぼっちにさせないことも大事。まわりも一緒になってその人をサポートすれば、組織も変わっていくと思う。

長田:そもそも、NOというのは、その人全体を否定することではないですもんね。

北原:全部「YES」って言って受け入れるなんて、絶対無理だから!

こんにちは! 同意 誰かと親密になる前に知っておきたい大切なこと

(右)こんにちは! 同意 誰かと親密になる前に知っておきたい大切なこと
(左)こんにちは! 生理 生理と仲よくなるために大切なこと
著者:ユミ・スタインズ、メリッサ・カン 画:ジェニー・レイサム 翻訳:北原 みのり

撮影/花村克彦 文/浦本真梨子 ヘア&メイク/広瀬あつこ 企画・編集/種谷美波(yoi)