セックスにまつわるモヤモヤについて、助産師兼性教育YouTuberのシオリーヌさんと考える連載『SAY(性)HELLO!』。今回は「性欲のグラデーション」をテーマに、前後編にわたってお届け。性に関して異なる考えを持つ方々と、それぞれの価値観について話します。

後編でお話を伺ったのは、アロマンティック/アセクシュアル・スペクトラム(Aro/Ace)に関する調査、監修、講演などを行う『As Loop(アズループ)』のメンバーとして活動するなかけんさん。自らもアロマンティック・アセクシュアルという恋愛/性的指向を公表しているなかけんさんの、恋愛や性に対する向き合い方とは———。

シオリーヌさん

なかけん

As Loop

なかけん

アロマンティック/アセクシュアル・スペクトラム(Aro/Ace)に関する調査、監修等を行うAs Loopの一員としても活動。学校や行政、企業等で多様な性に関する講演活動を行いながら、LGBTQユース向け居場所事業のコーディネーターや、自身の体験をもとにメディア発信等も行なっている。

「恋愛感情 わからない」で検索する中で見つけた自分のセクシュアリティ

ーー今回の対談は「性欲のグラデーション」がテーマです。はじめに、なかけんさんご自身についてお伺いできますでしょうか。

なかけんさん 私は「アロマンティック・アセクシュアル」というセクシャリティを自認しています。「アロマンティック」「アセクシュアル」はそれぞれに意味があり、アロマンティックは他者に対して恋愛感情を抱かない人を指し、アセクシュアルは他者に対して性的に惹かれない人を指します。私はそのどちらもに当てはまると考えています。

まわりと比べて自分の性について違和感を持ったのは中学生の頃でした。小学生の頃は、恋愛や性的なことが存在するということに対して、全くアンテナがない状態だったので、意識することもなかったというか…。それが、中学に上がって変わりました。

あるとき仲のよかった友達に、「付き合って」と言われて。私自身は恋愛的な文脈を理解できず言葉通り受け取り、“買い物に付き合って欲しい”という意味だと勘違いして、「いいよ」と答えたら、知らないうちに交際がスタートしていたということがありました。ところが数カ月経って、その子が私と距離を取るようになったんです。理由がわからず共通の友人に相談すると、相手の子は、私が“付き合う”=“交際すること”を承諾したにもかかわらず、恋愛関係に進展がないことにがっかりして離れていった、と知りました。

アロマンティック/アセクシュアルとは? 『恋せぬふたり』考証・なかけんさんと考える「恋愛」と「性」【シオリーヌのSAY(性) HELLO!】_3

シオリーヌさん なかけんさんからしたら、理解が難しい状態ですよね。

なかけんさん そうなんです。私自身は、恋愛関係を求められていることにすら気づいていなかったし、純粋に大事な人を失ってしまったことにショックを受けました。さらに、「付き合っているのに進展がないなら、離れていくのは仕方ないよね」みたいなまわりの反応もつらかったですし、相手を知らぬうちに傷つけてしまったのかなと自分のことを責めたりもしました。それを機に「やっぱり私っておかしいんだな」と、自分の性に違和感を持ちはじめたのを覚えています。

また17歳の頃、当時働いていたアルバイト先の人と“恋バナ”をしていて。勇気を出して、「恋愛ってよくわかんないんですよね」「性的なこととか、ピンときてなくて」と話したら、さらっと「ロボットみたいだね」と言われたことがありました。相手は軽く放ったひと言だったと思うのですが、かなり刺さってしまって。そこからネットで、「恋愛感情 わからない」などと検索していくなかで、自分の状況を表現する言葉が「アロマンティック」や「アセクシュアル」なんだと気づきました。

シオリーヌさん 性的マイノリティとされる方は、自らのセクシュアリティへの気づきのきっかけを聞かれることが多いと思います。でも、例えば私の場合は「男性のことが好きだと自覚したのはいつですか?」とか、「異性愛だと自覚したのはいつですか?」と聞かれることはほとんどない。自分の思春期を思い返してみても、いつの間にか当然のように好きな人の話題が出てきていたし、恋愛に興味を持つことや異性愛であることが、当然のことのようにされている社会の風潮がまだまだあると感じます。

恋愛感情が「ある」ことの証明はいらないのに、「ない」ことの証明を求められるのはなぜ?

アロマンティック/アセクシュアルとは? 『恋せぬふたり』考証・なかけんさんと考える「恋愛」と「性」【シオリーヌのSAY(性) HELLO!】_4

シオリーヌさん 改めて考えると、そもそも「恋」ってどういう気持ちなのかって、誰にも教えてもらったことないですよね。なぜ言語化する機会がないんだろう…。

なかけんさん 本当にそうですよね。私自身、恋愛感情や性的な惹かれがないことを表明すると、「なぜないと言いきれるんですか」と返されることもあります。そういうときに共通言語がないから、どう説明すればいいのかわからない。恋愛感情や性的な惹かれは、「ある」ことは証明しなくてもいいのに、「ない」場合は証明することを求められるんです。

私が所属する、『As Loop』で行なったアロマンティックやアセクシュアル、その他周辺のセクシャリティの方を対象にしたAro/Ace調査では、「恋愛感情があると思いますか? ないと思いますか?」という問いにした場合、「恋愛感情ってなんですか」という返答も来ることが予想されたので、最初から「恋愛」をいくつかの要素に分けて質問するようにしています。

シオリーヌさん その調査では、どんな要素を挙げるんですか?

なかけんさん 「特定の人と『つき合いたい』と思うことがありますか」「特定の人に胸が『ドキドキ』する感情を抱くことがありますか」「特定の人のことを深く知りたいと思いますか」など、恋愛の要素を仮でとらえ、細かく分けて質問しています。ただ、恋愛を定義することは、とても難しいですよね。高校生の頃、恋愛をしたときの感情の動きについて、いろいろな友達に聞いてノートにまとめていた時期がありましたが、キュンとするところから始まる人もいれば、マイナスの感情から始まる人もいて、本当に人それぞれだったので。

“アセクシュアル=性欲がない”ではない

アロマンティック/アセクシュアルとは? 『恋せぬふたり』考証・なかけんさんと考える「恋愛」と「性」【シオリーヌのSAY(性) HELLO!】_5

シオリーヌさん 今世の中にいるカップルでも、ファミリーや友達のような関係性を重視する人もいれば、恋愛を中心とした強い結びつきを重視するカップルもいる。そう思うと、「恋愛」というのはあまりにも幅広い概念ですね。

なかけんさん 「性欲」もすごく幅が広い概念だと感じます。アセクシュアルは、“他者に性的に惹かれるか”が基準になっていますが、それは性欲があるかないかとはまた違うものなんです。先述のAro/Ace調査の2022年の報告資料では、アセクシュアルの方に「自分に性欲があると思うか」を聞いたところ、70%弱の人が「思う」「やや思う」と答えています。性欲があるか、誰かに性的に惹かれるか、誰かと性行為をするかなどは、それぞれ別の話なんです。

アセクシュアルを自認する方の中でも、子どもを授かりたいとか、相手を喜ばせたいという理由で性行為はするという人もいます。ひと括りに「性欲」「性行為」といっても、本当はすごく複雑なもの。恋愛したら性的な関係になるのが当たり前、という前提は変えていかなくてはいけないですよね。

「自分たちの場合」を定義し直すコミュニケーションが必要

シオリーヌさん 恋愛や性欲への認識は人それぞれなのに、一人一人が持っている「こういうものじゃん!」という決めつけのせいで、夫婦やカップルのあいだでも溝が一向に埋まらないという話もよく耳にします。恋愛感情や性欲は、つねにグラデーションのなかにあるなと、なかけんさんのお話を聞いて、改めて感じました。

なかけんさん 講演を聞いてくださった方でも、そういう感想をお持ちになる方がすごく多いんです。「私が思っていた“恋愛”ってなんだったんだろう? と思った」と講演後に言われたり(笑)。そうやって一回混乱して、改めて自分のなかで恋愛や性的な惹かれ、性欲との向き合い方などを整理することはすごく大切だなと思っています。

シオリーヌさん 「今の自分たちの場合」を定義し直すコミュニケーションをする習慣が必要ですね。

なかけんさん そのコミュニケーションは、性的同意の話にもつながると思います。私は、アセクシュアルのなかでも、“性的なものに対するイメージやムードというものが、まったくわかない”というタイプです。だから例えば、「一緒に寝よう」と言われたら、文字通り「ただ一緒に寝る」だけで、そこに性的な意味合いが含まれることを理解できませんでした。恋愛や性的なことって本当に雰囲気のコミュニケーションが多いんですよ。

シオリーヌさん これは誤りですが、部屋に二人きりになるというのは性的な行為への同意だと思われても仕方がない、と考えている人もいますよね。 “ムード”や”空気”を読むのでなく、セックスの前に「どこまでは同意しているけれど、どこからは嫌なのか」などをすり合わせることができた方が、心からプレジャーに集中できるのでは、と思います。

肩書きがなければ“親密な関係性”になれないのか

アロマンティック/アセクシュアルとは? 『恋せぬふたり』考証・なかけんさんと考える「恋愛」と「性」【シオリーヌのSAY(性) HELLO!】_6

なかけんさん 私自身、「誰かと深い関係を築きたければ、 恋愛関係にならなければいけない」とか、「性的なことをしなければならない」というプレッシャーを感じて悩んでいた時期が長かったです。“恋人関係や婚姻関係にあること”=”深い関係性”、だと社会から認知されることが多いですが、そういう肩書きがなかったとしても、大切な人である、ということはありえると思うんです。

シオリーヌさん なかけんさんが制作にも関わっていた『恋せぬふたり』というドラマで描かれた関係性って、新しい親密性の選択肢を示すような作品でしたよね。人それぞれの人生を生きていくうえで、誰かと支え合って生きていく方法はいくらでもあるはずだから、やっぱり多様なロールモデルが今の社会には必要だと感じます。

なかけんさん ロールモデルが見えない/少ないことが、性的マイノリティの方に「まわりと違う自分はおかしいのかもしれない」と思わせてしまう要因のひとつだと思います。一人で生きていきたい人、グループで支え合いたい人、恋愛/性的ではない深い関係性を築きたい人。もっと多様な生き方があるはずです。

そのなかでも私は誰かと一緒に生きていきたいタイプなのですが、婚姻関係のように“社会的にイメージされる親密で深い関係”になりたいと思い、おつき合いをしてみたこともありました。でも、相手にも申し訳ないし自分のことも嫌いになってしまって、長くは続かなかった。

そこで改めて、自分が本当に求めている深い関係性とは何か、について見つめ直したんです。そこで気づいたのは、私は恋人ではなく、「いざというときに近くで支えてくれる人」がほしいんだということ。そう考えると、深い関係性を築きたいからといって、無理に恋愛/性的な関係にならなくても、“自分自身が求めるものに対して、相性が合う人を探していく”姿勢でいればよいんだなと思えました。そこから気持ちがラクになって、自分にとっての幸せに近い形を探せるようになりました。

シオリーヌさん セクシュアリティや生き方に対してまわりの人を納得させる必要なんてないですよね。自分と大切な人がお互いに納得できていればいい、ということを、多くの人に知ってほしいと改めて思いました。

取材・文/平井莉生(FIUME Inc.) 撮影/kaname saito(シオリーヌさん) getty images(風景) 企画・編集/種谷美波(yoi)