女性運動がもたらした法律や制度の改革によって、アジア屈指のジェンダー平等を実現している台湾。代表的な功績であるジェンダー平等教育法と同性婚の法制化によって、台湾の社会は、どのように変化したのだろうか。また、日本よりも高い大学進学率を誇る台湾での出産・育児にまつわる制度から、現在議論されているフェミニズム・ジェンダー関連のトピック、今なお続く兵役制度への意識までを、台湾出身の社会学者・張瑋容さんに伺いました。
社会学者
台湾生まれ。同志社女子大学現代社会学部准教授。専門はジェンダー、社会学、ポップカルチャー。著書に『記号化される日本ー台湾における哈日現象の系譜と現在ー』(ゆまに書房)、『ハッシュタグだけじゃ始まらない 東アジアのフェミニズム・ムーブメント』(大月書店)などがある。
制度が変われば、人々の意識も行動も変わる
——2004年に成立したジェンダー平等教育法、そして2019年に成立した同性婚は台湾の女性運動による大きな功績だと感じます。それらによって、人々の意識は変化したと感じますか?
張さん:すごく変化していると感じます。世論調査のデータによると、同性婚を認める法案が可決される前は反対派も多かったのですが、今は賛成派が7割。制度が変わることによって、人々の意識と行動も変わることが明確に表れています。
私のまわりでも「家族や友達にカミングアウトできた」と言うLGBTQ+の人たちの声をよく聞きますし、街でも同性カップルを頻繁に見かけるようになりました。近年は顕著に増えていて、同性カップルが手をつないで歩いていたり、ベビーカーを押している姿が、ごく普通のこととして受け入れられています。
かつては、私の親やそれよりも上の世代は、同性カップルやセクシュアル・マイノリティの人々に対して眉をひそめる人が少なくありませんでした。しかし今は、そういった態度を見せる人も減りましたね。もちろん家庭レベルでは、まだまだ受け入れられない人もいると思いますが、公で批判的な意見を聞く機会が確実に減ったと思います。
——台湾では、同性カップルが養子縁組をすることは難しくないのでしょうか?
張さん:実は同性婚が法制化されたときは、認められていませんでした。しかし2023年に、法改正案が可決されて、同性カップルが養子縁組を組むことが可能になりました。
小学校からジェンダー平等教育のカリキュラムを実施
——ジェンダー平等教育のカリキュラムについて、詳しく教えてください。何歳から、何年ほど学ぶことが義務付けられているのでしょうか?
張さん:ジェンダー平等教育は主に「性教育」「恋愛教育(中国語では情感教育)」「同性愛教育」の3つのカリキュラムを含みます。「性教育」では、男女の身体構造やセックスに関する正しい知識の学習を通じて、自分の体を理解し、他人を尊重するなど、性をめぐる正しい価値観の構築が主な目的です。「恋愛教育」では、恋愛関係のみならず、良好な人間関係の構築やDV防止が重視されています。「同性愛教育」は、セクシュアリティの多様性の理解と尊重、いじめの防止などが目的とされています。
現在は小学校から高校までの教育機関で、ジェンダー教育関連のカリキュラムを取り組むことが必須です。また、性暴力やセクハラ問題が起きた場合にきちんと対応できる専門窓口を、すべての学校に設置することも法律で定められています。
日本の文部科学省にあたる台湾教育部は、公式ホームページでジェンダー平等教育に関するさまざまな教材や資源を公開しており、生徒の年代に合わせて作られたリソースが潤沢に提供されていることがわかります。また、学校教育以外にも民間団体による性教育の取り組みが盛んで、とくに生理の理解を広めるためのイベントが注目を集めています。
フェムテック市場は台湾でも拡大中!
——民間団体によるイベントは、具体的にどのようなものがありますか?
張さん:近年は台湾でもフェムテックの注目度が高まり、2年前には「生理パーティ」と題したイベントが開催されました。会場には、既製の生理用品がなかった時代から今までの生理にまつわる歴史を紹介するものや、生理の仕組みをわかりやすく解説するものなど、多数のパネルが展示されていて、大人だけでなく、幼稚園くらいの子どもも親と一緒に訪れて学んでいました。
また、男性向けに生理痛を疑似体験できる機械を設置したり、最新の生理用品や、生理による体の不調に効く漢方薬なども販売していましたね。最近は、女性のためのセルフプレジャーアイテムを販売する企業が増えており、セルフプレジャーに特化したイベントも開催していると聞きました。
子育て=母親の仕事じゃない。育児を助け合うのは台湾の文化
——台湾は2020年の大学進学率が84.2%に達し、世界トップレベルの高学歴社会です(同年の日本の大学進学率は女子50.9%、男子57.7%※)。企業の役員にも女性の割合が高いことで有名ですが、女性の社会進出においても、女性運動が影響しているのでしょうか? また、社会で活躍する女性が出産・育児を自由に選択できる環境は整っていますか?
※参照:男女共同参画局 公式ホームページ
張さん:企業で活躍する女性の増加には、女性の政治参加が盛んであることが大きく影響していると感じます。政府でリーダーシップをとる女性の姿が、自然と、人々に「女性もリーダーになれるんだ」という意識をもたらしているのでしょう。
しかし社会で活躍する女性が増えたことで、少子高齢化が顕著になり、出産・育児にまつわる制度は2004年に改正されました。現在、産休は最大8週間、育休は最大2年間と定められています。育休の2年は、2回に分けて取得することが可能。配偶者にも、妊娠にまつわる検査や出産の立ち会いなどのために、7日間の有給休暇が与えられます。また、流産したり子供が亡くなってしまった場合にも、3カ月間の休暇を申請できます。
以前と比べて制度は充実したものの、生活水準の向上により、それでは足りないという意見が多く上がっています。日本と同じく、物価の高騰が続いており、気軽に出産を選択できない状況です。ただし、育児による精神的・肉体的な負担は、日本の女性よりも少ないように感じます。現代の台湾では、母親がワンオペで育児をする概念がないので。
——日本と同様に、長らく家父長制が続いていたにも関わらず、女性の育児負担が少ないのはなぜでしょう?
張さん:これに関しては近年、変化したわけではなく、台湾に昔から伝わる文化として「子育てはみんなで行う」という意識があります。以前は、夫婦どちらかの両親と一緒に暮らし、祖父母が孫の面倒を見るのが一般的でした。核家族化が進んだ今は、近所の人に子供を預けたり、ベビーシッターを雇う人が増えましたね。他人に預けることに抵抗が少ないため、経済的に余裕さえあれば、子育てはしやすい環境だと思います。また、お金を払わなくても、台湾では人と人の距離が日本より近いので、困っている人がいると、手伝ってくれる人が多いです。例えば、「明日は仕事で子供の迎えにいけないけどどうしよう?」と近所の人に話したら、「じゃあ代わりに迎えにいきましょうか?」と言ってくれたり。
性別変更の条件は? 子どもの姓を選択制に? 女性にも兵役を? 議論が白熱中!
——現在、フェミニズム・ジェンダーに関して議論されているトピックがあれば教えてください。
張さん:日本と同じく、トランスジェンダーの人たちが性別変更するための条件が、大きな議論となっています。現時点で台湾では、一部の特別な例を除き、性転換手術が必須条件。それを不要にするべきだと抗議するセクシュアル・マイノリティの団体に対して、フェミニストの団体を筆頭とした反対派が批判の声を上げています。客観的に見ている限りでは、反対派が多い印象ですね。
もう一つは、子どもの姓がほとんどの場合父親の姓になってしまっている現状について。台湾では1998年の民法改正により夫婦別姓が認められ、現在はほとんどの夫婦が別姓を選んでいます。そして、子どもにどちらの姓を冠するかは夫婦の協議で決めることができ、そして、子どもが成人になったら苗字を変えることもできるようにもなっているのですが、現状では父親の姓を冠することがほとんどで、2022年内政部の調査によると、母親の姓を冠するケースはわずか3%未満です。
——台湾では18歳以上の男子に兵役が義務づけられていますが、それに対する批判はありますか?
張さん:兵役の期間は4カ月間でしたが、中国の軍事的圧力の強まりを受けて、今年から1年間に延長されました。民衆の危機感が増している今、むしろ軍事力を上げる必要性を感じる人が増えているのではないかと感じています。
一方で、近年、女子も兵役につくべきだと考える男性が増加中。男子のみ兵役が義務づけられるのは不平等だから、制度の改正を求める運動をするべきだと、フェミニスト団体に訴えています。それに対してフェミニストたちは、「不満があるのならば男性同士で団結して、自らの力で戦うべき」と応じない姿勢。自分たちはそうしてきたのだから、あなた達にもできるでしょう、という考えですね。
しかし兵役を経験したことのない女性は、自身や家族を守るための知識がないことも事実。可能性がゼロではない戦争に備えて、全民衆を対象に、自宅の近所にある避難所や怪我人の応急処置法を教える講習会が頻繁に開催されています。
イラスト/MIYO 取材・文/中西彩乃 企画・構成/木村美紀(yoi)