ロンドンに暮らしながらイラストやコラムを執筆し、フェミニズムや社会問題について発信している、イラストレーターのクラーク志織さん。ライター長田杏奈さんとの対談・後編となる今回は、イギリスと日本、それぞれの社会的な動きを踏まえながら、気候変動や性差別、更年期などさまざまな課題について語り合いました。

長田杏奈 クラーク志織 対談 フェミニズム 更年期 差別禁止法

クラーク志織

イラストレーター

クラーク志織

武蔵野美術大学を卒業後、2012年にロンドンに移住。イギリスと日本を行き来しながら、雑誌、本、広告、ファッションブランドなど、さまざまな媒体にイラストを寄稿。自身のSNSでも、フェミニズムやルッキズム、環境問題についてイラストを通して発信している。

ロンドンで「11日間」も続いたデモを経験して

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2019年に起きたプロテストの様子。クラークさん撮影。

ーー前編ではクラークさんの「これまで」のお話を伺ってきました。後編では、今のイギリス社会や日本との違い、今関心のあるトピックについてお伺いできればと思います。

長田さん
:クラークさんはこれまでいろいろな活動をされてきたと思うのですが、今はどんなことにいちばん興味がありますか?

クラークさん「フェミニズムや気候変動はすべてつながっている」ということです。そのことについての本を書きたいと思っていて。今はそれぞれ別の問題として語られがちですが、気候変動によって弱い立場にいる人が被害を受けやすいというデータがあります。発展途上と呼ばれる国では、災害時の女性の死亡率の方が圧倒的に高いですし、難民の8割は女性だといわれています。

気候変動の背景には家父長制や植民地主義が深く関わっている。力を持った人が頂点に立ち、弱い人たちを搾取し尽くす構図が環境を破壊し、さらに弱い人を追い込んでいます。その構造をやっぱり変えていかないといけないという話がしたいです。

長田さん:イギリスのニュースでは、猛暑や山火事を取り上げるときに、気候変動が原因だというインフォメーションがあるそうですね。

クラークさん:ニュース番組ではつねにトップで扱われるトピックのひとつですが、ずっとそうだったわけではなく、変わってきたのは2019年頃からだと思います。変化のきっかけは、この年に『エクスティンクション・レベリオン(XR)』という環境保全活動グループがロンドン中心部を占拠するというプロテストを実行したこと。橋が封鎖されたことにより、交通が麻痺してしまい、街は混乱に陥りました。

正直最初はこの活動に少し懐疑的だったのですが、10日間もプロテストが続いたことで自分の生活にも影響が出るようになり、結果的にまわりの人たちとそのことについて語らざるを得ない状況に。彼らが訴えたかったのは、「市民は真実を知る権利がある」ということです。環境問題がこれだけ深刻になっているのに、政府や報道機関は誠実に伝えていない。だから国民は対応できない、変化できないと。その主張を理解してからは、私たちも変わっていかないといけないと強く思うようになりました。

デモを支持する人は、クラクションを鳴らして!

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今年ご自身でも参加された、XRのプロテストの様子。クラークさん撮影。

長田さんイギリスには、ジェンダーや人種、年齢、障がいを持つ人などへのあらゆる差別を禁止するという「平等法」がある、というのも気になっていました。

クラークさん:確かに、差別に対して声をあげる人はとても多いと思います。一部にはトランスジェンダーの女性に対して排斥的なフェミニストグループがいたり、ヘイトクライムがあったりするのも事実だけど…。

長田さん:日本でも差別禁止法の制定を目指す動きが高まったことはあるものの、政治の中枢にいる勢力も含めた右派の抵抗が根強く、結局「理解増進法」という骨抜きともいえる法案が作られた。その内容は国際水準からはほど遠く、2歩も3歩も遅れていると感じます。差別が妥当か不当なのか、それを誰が決めるのかがすごく曖昧。

クラークさん:イギリスでも、まさに同じようなことがあって。今年、デモを規制するための新たな法案が可決してしまったんです。これによって「ノイジーなプロテストは捕まえてもいい」ということになりましたが、どこからが「ノイジー」なのか明言されておらず、警察の主観で判断されかねません。

でも、これに屈することなく、看護師や教師などありとあらゆる職種の人たちが今も頻繁にストライキを起こしている。息子の学校も定期的に休みになるから、保護者として困らないかといったら嘘になりますが、先生たちの行動は支持する人は多いです。

先日も、デモを実施している先生に向けて、車からたくさんの人が支持を表明するクラクションを鳴らしていて、その光景を見て感動しました。

イギリスで起きた“更年期レボリューション”

長田さん:そういえば以前オンラインイベントで話した際、イギリスでは今、更年期がホットなトピックだと言っていましたよね。

クラークさん:はい。著名なニュースキャスターが自分の更年期について語り始めているなど、とても社会の関心が高いトピックだと思います。更年期について語られる機会が増えたことで、「医師でさえも正しい知識がない」という実態が明らかになり、医学生のときから授業で正しく学ぶ環境が整えようという署名運動も行われていたりしているそう。2022年には更年期の対策を含んだ法案が可決され、多くの企業が更年期対策に乗り出しています。私は今40歳なので、こうした状況をとてもありがたく感じます。




長田さん:日本では年齢を重ねた女性がイライラしていると「更年期?」と揶揄されたりしますよね。じゃあ、その人が更年期が何か理解しているかというと無知なことが多い。こういう“いじり”って、女性蔑視と年齢差別が入り交じってる。こんなふうに、エイジズムは他の差別と組み合わさりやすいのが特徴なんですって。ほかの差別と違って、誰もがいつかはエイジズムの犠牲者になる…つまり、年をとってから若いときに自分がした年齢差別が我が身に返ってくるみたいな感覚ですね。

私が先日読んだエイジズムの本には、“歳を重ねた人が増えることは公衆衛生の勝利だ”と書かれていました。人間は医療を発達させ、疫病と戦いながら、高齢まで生きられるよう公衆衛生が行き届いた社会を目指していたはずなのに、その成果がなぜかバカにされてしまう。

また、その本では「健康にいきいきと歳をとろう」という考えは、高所得者向けの“老いの否定”だ、と指摘されていました。健康的であることがよいという認識は、生まれつき病気がちな人や障害のある人、経済的な事情や環境などで健康を保つことがままならない人を蔑ろにする恐れがある。私も気をつけたいと思いました。

クラークさん:私も最近、それに近い気づきがあって。Podcastのファットシェイミングをテーマにした番組で「太っていても不健康というわけではない。でも、不健康だからといって人から酷い扱いを受けるいわれはない」と語られていて、ハッとしました。

長田さん:それはすごく大事な考え方ですよね。体を思い通りに管理できて当たり前という考え方は危ないし、健康・健常を至上の価値として偏見を持ったりジャッジしたりするのはよくないです。

自己矛盾を感じても、発言することを諦めないで

長田杏奈 クラーク志織 対談 フェミニズム インスタグラム

――今回お二人の話を聞いて、改めて声を出すこと、語り始めることが大切なんだなと思いました。ただ、なかなかアクションを起こすことができないという人もいます。そういう方たちにお二人ならどんな言葉をかけますか?

クラークさん誰もがそうだと思いますが、完璧な人なんていません。私も日々いろんなトピックに対して発信しているけれど、完璧にできてない自己矛盾も感じています。でも、だからといって発言することをやめる必要はないと思う。「発言していい人・いけない人」なんていないから。矛盾を抱えながらも自分を責めず、もがきながらでも進んでいってほしいと思います。

長田さん:私は今、何も発信したくないフェーズでまったり過ごしているんだけど、元気がないときはそれでいいんじゃないかと思っていて。アクションを起こすために急ぐのではなく、まずは自分を大切にする時間も必要。それ決してダメじゃないということを伝えたいかな。

取材・文/浦本真梨子 撮影/中里虎鉄 構成/種谷美波