「それでいい」を「それがいい」に変えるために。NHK『アイラブみー』のプロデューサーと考える“自分の愛し方”_1

3月8日の国際女性デーに寄せて、yoiは3月を「Self Love March」と位置づけ、女性の体・心・性をエンパワメントするコンテンツをお届けします。関連記事一覧はこちらのバナーから。

主人公・5歳の“みー”が、「自分を大切にするってどういうこと?」をテーマに、体や心についてさまざまな発見をしていく子ども向けアニメーション番組『アイラブみー』。他者とのかかわりから生じる疑問をきっかけに“みー”が試行錯誤していく姿には、yoiでこれまで向き合ってきた「セルフラブ」をおろそかにしてしまいがちな大人の私たちにこそ響くメッセージが詰まっています。

そこで、番組のプロデューサーをつとめるNHKエデュケーショナルの藤江千紘さん、岡崎文さんに制作舞台裏の話を伺いながら、番組の軸である“アイラブミー”=「自分を大切にすること」について考えていきます。

NHK アイラブみー

ⓒNHK

●NHKアニメーション番組『アイラブみー』
「なんでパンツをはいているんだろう?」「あの子はくすぐられるのが『イヤ』って言うけど、どうしてなんだろう?」。5歳の主人公・“みー”の心や体にまつわるふとした疑問をアニメーションで描く、子どものためのじぶん探求ファンタジー番組。NHK Eテレで不定期放送中。『アイラブみー』を制作するプロデューサー陣によるポッドキャスト『おとなのためのアイラブみー』も、Spotifyで毎週火曜日の午後6時頃に配信。

藤江千紘

NHKエデュケーショナル チーフ・プロデューサー

藤江千紘

NHK入局後、ディレクターとして『トップランナー』『プロフェッショナル 仕事の流儀』などのドキュメンタリーを制作。その後、『天才てれびくん』をはじめとした子ども番組の制作を経て、『ねほりんぱほりん』の企画・演出などの番組開発を担当。現在は、NHKエデュケーショナルにて『アイラブみー』など番組事業のプロデュースを行う。

岡崎文

NHKエデュケーショナル プロデューサー

岡崎文

NHKエデュケーショナル入社後、『NHK高校講座』『ふしぎがいっぱい』など学校教育の現場で使用する放送番組や、『課外授業 ようこそ先輩』といったドキュメンタリー番組、『きょうの料理』などの趣味実用番組を制作。現在は、若手社会人向けの『とまどい社会人のビズワード講座』の企画・演出と『アイラブみー』の番組事業プロデュースを行う。

性教育は、“自分を大切にするための教育”

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――はじめに、子ども向けのアニメーション番組で「セルフラブ」をメインのトピックとして扱うことになった経緯を教えていただけますか。

藤江千紘さん(以下、藤江) そもそもは、2020年に「子ども向けの性教育番組を作れないか」と考えたのが始まりでした。当時スタッフの中には、私を含めて未就学児の親が多かったこともあったと思います。ただ、自分たち自身がこれまで十分に性教育を受けて来なかったこともあり、「子どもたちにどんな情報をどう伝えればいいのか?」という戸惑いがありました。

そこで、まずは専門家の先生に取材をすることになったんです。話を聞いていくなかでわかったのは、「性教育」とは、生理や性器など生殖のことを扱うだけでなく、 “自分を大切にするための教育”だということ。最初は、いろいろな人が観るテレビというメディアで性について扱うことに難しさを感じていましたが、この切り口ならできるかもしれない、と思いました。

自分とか他人を意識しはじめる幼児期に体や心のことを知って、まずは自分を大切にする。そうすれば、同じように誰かのことも大切にできて、お互いに自己肯定感を持ちながら生きることにつながっていくーー。チームで性教育の方向性について話し合うなかで、この解釈にたどり着きました。

岡崎文さん(以下、岡崎) 私は番組制作チームに途中から参加したのですが、最初は性教育の必要性というのがピンときていなかったんです。ですが、それが“自分を大切にする”ことを知っていく学びだとしたら、ぜひ知りたいと思いました。このコンセプトなら、性教育が「とっつきづらいもの」ではなく、「誰もが知っておいたほうがいいもの」として多くの人に受け入れられやすくなるのでは? と感じました。

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藤江 また、私が同時期に担当していた別の番組で若い世代への取材を重ねていくなかで、自分自身に対する優先順位が低い人がとても多いことに気がつきました。それが、“自分を大切にする”という性教育の話とつながったんです。「自尊心の土壌」を、自意識や他者との関係が柔軟に形成される未就学児の時期から育むことで、大人になってからの自己肯定感をエンパワーすることができるんじゃないかと。そこから、『アイラブみー』の企画が具体的に立ち上がって行きました。

5年後10年後も新しい物語でありつづけるための挑戦

――『アイラブみー』のコンセプトは、これまでのアニメーション番組とどのように違うのでしょうか?

岡崎 「自分を大切にする」というテーマをどうしたら未就学児に伝えられるかが、コンテンツの肝です。なので、まずはどういう題材・テーマについて扱うかを専門家に徹底的に取材し、核となる学びをエピソードごとにひとつ設定します。その学びを届けるために必要なキャラクターやストーリー、シチュエーションを作っていく、という順序。そういった作り方は『アイラブみー』の大きな特徴だと思います。

NHK アイラブみー

7話「ママはみーのことわすれてないかな?」より。別々に暮らす、みーとママが月に1回会うシーン。これまで多くのアニメで描かれてきた"家族像”にとらわれない設定が印象的。ⓒNHK

藤江 例えば、『ゲジゲジが好きってヘン?』の回では“どんなにほかの人が嫌いなものでもそれを好きでいつづけていいんだよ”というメッセージ、『くすぐられるのが、じつはキライ?』の回では“自分がよかれと思ってやったことも、実は嫌な人もいるかもしれない”という投げかけなど…「学び」というと堅苦しいですが、アニメーションを通じて世界の見え方が変わるようなちょっとした「発見」があるといいなと思っているんです。各エピソードでその「学び」をひとつずつ抽出していくのが、いちばん大変でいちばん大切な作業です。これを教育学や心理学、ジェンダーなど、さまざまな分野の専門家と話し合いながら整理していきます。

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物語のテーマや伝えたい学びなど、要件を整理した資料。

――主人公・みーの性別を明らかにしていない点も、この作品の特徴のひとつだと思います。キャラクターを作っていく段階では、どのような点に配慮したのでしょうか。

藤江 最初は、主人公・みーの設定については、性別ごとに複数パターン作る、などの案もあったのですが…。話し合った結果、すべての子どもに自分ごととして捉えてもらうことが目的ならば、性別を設定する必要はないのでは? という結論に至りました。

5歳のときに番組を見た子どもが10歳になってまた同じ番組を見ても、そこで語られている常識や世界観が古くないものにしたい、というのが私たちの想いです。5年後も10年後も新しい物語でありつづけるためにも、誰かを傷つけたり否定するような表現はしないというルールを自分たちで決め、それはつねに意識していますね。

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物語の中では、義足をつけたキャラクター「ひーパパ」が登場する。イラストに起こす際、実際の義足と大きく異なる点がないか、専門家の先生が細かく監修しているそう。

――今回、実際に企画会議の様子を見せていただきました。テーマ選びはもちろん、登場人物の設定や発言など、皆さんが細部まで徹底的に向き合っている姿が印象的でした。

藤江 「自分を大切にする」という番組のメッセージを、どうすればエンターテインメントとして面白く届けることができるのか、そのバランスに神経を配っています。ちょっとした言い回しやセリフひとつでだいぶニュアンスも変わってしまうので、専門家やチームメンバーとしっかりと話し合っていきます。

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実際の会議の様子。先生への取材資料や、文献などを参考にしながらテーマ設定や脚本の内容を精査していく。

――本作は、満島ひかりさんがすべてのキャラクターの声優を担当していることでも話題ですよね。

藤江 満島さんには、一人でなんと40以上ものキャラクターの声を演じていただいているんです。のびのびと演技していただくため、あらかじめ決まった映像に合わせていくのではなく、先に声を録音して、そのあとにアニメーションをつけていくプレスコ(プレスコアリング)という方法をとっています。

満島さんとのレコーディングは毎回セッションのような感じなんです。キャラクターのイラストを見せて、「この役は、みーよりも少し精神年齢が高いキャラクターです」などとお伝えすると、すぐに声色や読み方のパターンを変えてキャラクターの声を提案してくださったり…。

岡崎 収録の方法も独特で、まず主旋律となる、みーの声だけを収録してから、そこにコーラスや楽器の音を重ねていくように、ほかのキャラクターの声を乗せていくんです。同じ人が指揮をしながら演奏もしている感じというのでしょうか。実はそれが、番組の届けたい「自分も他人も同じ“人”」というメッセージにもつながっていると思っています。

NHK アイラブみー

本作のキャラクターの声は、すべて満島ひかりさんが担当。ⓒNHK

“やりたい”より、“やったほうがよい”を選択してきた

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――番組から派生したポッドキャスト番組『おとなのためのアイラブみー』の中で、お二人はこれまでを振り返り、自分たち自身は「自己肯定感が低かった」と仰っていました。『アイラブみー』の制作で「自分を大切にする」というテーマに向き合っていく過程で、ご自身の考え方に変化はありましたか。

岡崎 以前は、自分を尊重することが「自己中」とか「自意識過剰」ととらえられてしまう風潮があったように感じて、それを気にして行動していたところがありました。でも最近は、世間的にも「自己肯定感」の概念が重要視されはじめていますよね。時代の流れも手伝って、自分自身も変化していっていると感じます。

特に番組を制作するなかで気づいたのは、「自分を大切にすること」を大仰にとらえる必要はないということ。正直、自己肯定感が高いか低いかと聞かれたら、まだまだ低いけれど、あるかないかで言えばなくはない。まずはそれくらいでもいいかなと。自分にとってちょっと気持ちいいことを選択していくことが大切なんだ、と思えたことがひとつ大きな変化ですね。

藤江 個人的な話になりますが、私はこの番組に携わるまで、自分をいたわったり、自分の気持ちを優先することよりも、理性的に考えて、やったほうがいいと思えることを選択することが多かったように思います。そうしたら、「しなくてはいけないこと」以外で何をしたいのか、何が好きなのかがわからなくなってしまった時期があったんです。

でも、仕事をしながら自分の人生に向き合うなかで、「結局、計算をしても、思っていた方向に行かないこともある」ということに気がついたんです。だったら、「どういうふうに人生を生きるのが自分にとって心地いいのか」を考えて、少し自分の“快・不快”の声に耳を傾けてみよう、と思うようになりました。

たとえそれで失敗しても、やり直しがきかないことって意外とないんですよね。逆に想定外のことも、別のベクトルで見れば人生を豊かにしてくれるかもしれない。そう考えたら、素直な気持ちに寄り添って自分を肯定してみるのも怖くないかも、と今は感じています。

「それでいい」ではなく「それがいい」に転換する

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――自分の“快・不快”をおいてきぼりにしてしまうというお話は、共感する人も多いのではないかと感じます。そんな私たちが「アイラブミー」の精神を取り入れるには、どのようなことから始められるでしょうか。

岡崎 大人になると何かと行動の理由や説明を求められることが増えるけれど、選択の理由が「なんかいいと思ったから」では認められなくて、理屈をつけたり、ちょっと打算的になったりしていきますよね。その訓練を何年も続けているうちに、「自分が心地いいかどうか」の基準をつい忘れてしまう。

でも番組とかかわるなかで、「心地いいか」と問われてもわからないときは、「自分がいちばんいいパフォーマンスができそうか」と考えてみればいいんだと思うようになりました。どれくらい寝て、何をどのくらい食べると調子がいいのか…そういう些細なことから自分の機嫌をとれるようになっていくことが、アイラブミーの一歩になると私は思います。

藤江 最近、いろいろな方が「自分を大切にする」ための素敵なコツを発信されていますよね。自分も真似してみたいなと思う一方で、現実は日々を生きるのに精いっぱいなときもあります。でも、そんな毎日も、よく考えてみると悪いことばかりではないかもしれない。だから、「理想に向けて変わらなきゃ」という呪縛をまず捨てる。

『アイラブみー』に「それでいいソング」という劇中歌があるのですが、「それでいい」というのは、決してあきらめではなくて、「それがいい」ということなんだろうな、と思います。できなかったことも、ひとつのものさしにして、ありのままの自分を受け入れていくこと。それもステキなアイラブミーなんじゃないかと思うんです。


『アイラブみー』
2023年4月より毎週水曜日15:45~ ほか放送予定
過去の配信はこちらをチェック。

NHK アイラブみー

ⓒNHK

●『アイラブみー』のアニメコミックが7月26日(水)に発売決定

NHKのEテレで大好評のアニメ『アイラブみー』がフルカラーコミックスに! 楽しいクイズなどのコラムページも収録。こころやからだについて、子どもといっしょに、楽しく考えることができる1冊です。予約はこちらから。

アイラブみー コミックブック NHK

じぶんのこころとからだをさがしにゆこう♪ アニメコミック アイラブみー
監修:NHKアイラブみー制作班 
¥1,650/集英社

取材・文/吉川由希子 撮影/千葉太一(ポートレイト) 伊藤奈穂実(会議の様子) 企画・編集/種谷美波(yoi)