長田杏奈さんがかねてから対談を熱望していたクラーク志織さん。イギリス・ロンドンに暮らしながら、イラストやコラムを執筆し、フェミニズムや社会問題をテーマにした作品は日本の読者にも多く支持されています。今回はそんなクラークさんの活動の原動力や、生活拠点であるイギリスの社会について、長田さんと前後編でお届けします。

クラーク志織 長田杏奈 フェミニズム 社会問題 対談

クラーク志織

イラストレーター

クラーク志織

武蔵野美術大学を卒業後、2012年にロンドンに移住。イギリスと日本を行き来しながら、雑誌、本、広告、ファッションブランドなど、さまざまな媒体にイラストを寄稿。自身のSNSでも、フェミニズムやルッキズム、環境問題についてイラストを通して発信している。

ロンドンが“しっくりきた”理由

ーー実際にお会いしてお話しされるのは今回が初とのこと。お二人はそれぞれ、どのような印象をお持ちでしたか?

長田さん:私はもともとクラークさんのイラストをあちこちで見かけてはいたのですが、2021年の衆議院議員総選挙のときに雑誌『SPUR』で、Instagramのストーリーズで使えるGIFスタンプを提供されていたことがすごく印象に残っていて。

クラークさん:実は、そのとき『SPUR』で「I Voted!」と書かれたオリジナルGIFスタンプをプレゼントするキャンペーンをやっていて、それを見て私も参加したいと思い、自分から編集部に連絡したんです。

長田さんその経緯を知って、とても素敵な人だなと思いました。以来クラークさんの発信はチェックしています。その後、ウェビナーイベントでご一緒して、画面越しですがお話しする機会があったんですよね。

クラークさんは、フェミニズムやボディ・ポジティブなど、さまざまな社会問題をキャッチーなイラストで発信されていて、日本の閉塞感の中にいては気づけないような視点で空気を風通しよくしてくれる感じがする。いつも元気をもらっています。




クラークさん:ありがとうございます! 私も以前から長田さんの著書を読んでいて、たくさんの気づきをいただきました。例えば、私は自分のことをボディ・ニュートラルなフェミニストでありたいと思っているけれど、見た目を気にしてしまうこともある。その感情と、どう折り合いをつけていいのかわからなくなったときに、長田さんの文章を読んで、気持ちよく向き合える考え方を教えてもらった気がします。

長田さん:そう言っていただけてうれしいです。クラークさんはイギリスに暮らして何年目ですか?

クラークさん:2012年に行ったので11年目ですね。父がイギリス人なのですが、私は生まれも育ちも日本。大学卒業後しばらくして、「ちょっと行ってみようかな」くらいの気持ちで渡英したところ、結構しっくりきて。その後現地で出会った方と結婚し、今は子どもも生まれ3人で暮らしています。

長田さん:どういうところがしっくりきましたか?

クラークさん:いろんな理由がありますが、ミックスの人に対するマイクロアグレッションが日本より少ないところは、心地いいのかもしれないです。日本で暮らしていたときは、なんとなく「みんなと違う」という違和感を抱えていた。それを友達に伝えても、「“ハーフ”、いいじゃん」と言われたりして。何気ない言葉や態度で感じるギャップから、この小さな苦しみは誰にも理解されないのかなと思っていました。

でも、イギリス・ロンドンに行くと、いろんなルーツの人がいて、私が感じていた葛藤を否定せずにわかってくれる人が多かった。そこで初めて自分が”普通の人”になれた感覚がありました。

美大時代は、男性が作ったものが「えらい、かっこいい、尊い」という雰囲気を感じていた

長田杏奈 クラーク志織 対談 フェミニズム イギリス 美大

長田さん:大学はムサビ(武蔵野美術大学)に通われていて、サブカルっ子だったと聞きました。

クラークさん:というか、どちらかと言えばサブカル好きに憧れていた感じかもです(笑)。映像学科だったので、まわりは映画好きの人が多く、“サブカル好き=かっこいい”と思っていました。正直に打ち明けると、当時の私はなんとなく“フェミニスト=ダサい”と認識していたんです。ジェンダーに関してモヤッとすることもあったのにうまく言語化できず、「フェミニズム、ダサい」と言う自分がかっこいいと思い込んでいました。

長田さん:クラークさんにそんな時期があったなんて!

クラークさん:美大はいろんな人がいるので一概には言えないし、ただ気がついていなかっただけかもしれませんが、私が大学にいた2006年くらいまで、フェミニストを名乗る人があまり身近にいなかったような気がします。むしろ、男性が作ったものが「えらい、かっこいい、尊い」という雰囲気を感じていました。

長田さん:でも、どこかでモヤッとすることはあったと。

クラークさん:そうですね。その時期、例えば本の中に女性軽視的な文章を見かけると、ものすごい違和感を覚えて、ペンで塗りつぶしていたりもしました。そのときは誰にも言わなかったけど。

長田さん:なんとなくフェミニズムはダサいと思っていたクラークさんの考え方が変わる瞬間はどこにあったのでしょうか?

クラークさん:イギリスの友達がフェミニズムについて当たり前に語っているのをみたり、#MeToo 運動が盛り上がり始めたり…いろいろなことが重なって徐々に考え方が変わったと思います。自分自身が妊娠・出産を経たということも大きいかも。

あとは、コメディアンのデボラ フランシス ホワイトがホストを務めるPodcast番組『The Guilty Feminist』にもたくさんの影響を受けていると思います。フェミニストの女性が、「I'm a feminist, but〜」とお決まりのフレーズで、「最近こんな“フェミニストらしくないこと”をやってしまった」と毎回懺悔するところから始まる番組なのですが、それがすごく面白くて。真面目でイケてないと思っていたフェミニストのイメージが一変して、超クールでかっこいいものに思えたんですね。

長田さん:フェミニズムを再発見したことで、クラークさんが描く女性像も変わってきましたか?

クラークさん:描く女性のバリエーションは増えたと思います。以前は細い体型とかベージュっぽい肌の色を持った女性しか描いていなかったのですが、偏見に満ちていたなと。今はいろんな体型の人、いろんな肌の色を持った人を描くようになりました。




フェミニズムに壁を感じる人の気持ちもわかるからこそ

長田杏奈 クラーク志織 フェミニズム ロンドン イラストレーター

長田さん:私はクラークさんのインスタグラムが好きでよく見ているのですが、「セルフラブやメンタルケアは自己責任じゃないと思う」というポストや、「『残念な身体』なんてないよ」という投稿にとても共感しました。

そして何よりこうした発信を、メディアからの依頼ではなくて、自分のコンテンツとして定期的に続けているのがすごいです。

クラークさん:自分がフェミニズムに関して抵抗があったからこそ、キャッチーなイラストを添えることで、気軽に見れもらえるような発信ができたらいいなと思います。




取材・文/浦本真梨子 撮影/中里虎鉄 構成/種谷美波