セックスにまつわるモヤモヤについて、助産師兼性教育YouTuberのシオリーヌさんと考える連載『SAY(性)HELLO!』。「恋愛とは?」について話したPart1、Part2に続き、今回は「性欲」をテーマに、臨床心理士 ・ 公認心理師のみたらし加奈さん、トランスジェンダー男性でありYouTuberの奏太さんを迎え、それぞれの価値観や違和感を話し合います。
臨床心理士/公認心理師
総合病院の精神科で勤務したのち、ハワイへ留学。帰国後は、フリーランスとしての活動をメインに行いつつ、SNSを通してメンタルヘルスの情報を発信。現在は一般社団法人国際心理支援協会所属。NPO法人『mimosas(ミモザ)』の副理事も務める。著書に『マインドトーク あなたと私の心の話』(ハガツサブックス)がある。
ネガティブなイメージが多いのはなぜ? 世間や社会における「性欲」の価値観
シオリーヌさん 前回の対談では、それぞれの「恋愛とは?」についての意見を話し合ったけど、「性欲」については、一般的にどんなイメージがあるかな? 学校で配られた保健の教科書に書いてあった“性欲”は、誰もが「他者の体に触れ合いたいと思っている」ということが前提として想定されていた気がするけど…。
みたらしさん 「“異性”に対して抱く感情」とも書いてあったよね。
シオリーヌさん そうそう。「恋愛感情と必ず結び付くもの」「夫婦・カップルなら含まれるもの」というイメージもあるかもしれない。あとは単純に、「自分の身体的な心地よさを追求したい」という“マスターベーション欲”もあるよね。
みたらしさん 逆に、性欲にはネガティブなイメージもあると思う。「気持ち悪い」「汚らわしい」とか。それから一部の人たち、特に異性愛者の男性の間では「セックス=トロフィー」みたいな勲章になったりもする。
奏太さん 「何人と性的な関係を持ったか」が、マウントをとる要素になったりもするよね。
シオリーヌさん こうしてみると、恋愛よりはるかにネガティブなイメージがいっぱい出てくるかも。おそらく、「性」だったらまた別で、「性欲」という言葉になるとネガティブなイメージが出てきやすいのかもしれないね。
「性欲が高まる」という状態を、あえて言葉で噛み砕くなら
シオリーヌさん 「性欲が高まる」という言葉があると思うんだけど、この体や心の変化を、あえて言葉にするならどんな状況だと思う?
みたらしさん 体の変化では、海綿体に血流が集まって、瞳孔が開き、呼吸が荒くなる。でも、性欲が高まるから体に変化が起きるのか、体が変化するから性欲が高まるのか、どっちが先なんだろうね。「鶏が先か、卵が先か」みたいな。
シオリーヌさん 体の仕組みとしては、性欲が高まっていなくても海綿体に血流が集まって勃起することもあるよね。「授業中に寝ていたら急に」みたいなことはよく聞くよ。
みたらしさん ペニスがある人の性的同意の問題として、「勃起しているからYESサイン」だと思われることもあると言うよね。性欲が湧いてなかったとしても触られるだけで反応する場合もあって、勃起をしていたから「同意した」と思われたけれど「実は同意がなかった」ということも多い。必ずしも体の反応が「YESサイン」じゃないんだよね。腟を持っている人の場合、異物が膣内に入ってくるとどうしても“濡れる”から、「濡れている=興奮している」と思われて性的同意と見なされてしまう。そうじゃないのにね。
そういえばこの間、ヘテロセクシュアル(異性愛者)の男性と「性的同意において、どういう反応を『NO』だと思うか」という話をしていたんだけど、女性が足を閉じて拒否する行動を、「恥ずかしがっていて可愛いと思う」と話していて…。足を閉じてしまう人の多くは痛みを感じている場合があるのに、「痛いかな?」って確認しない人も多いんだよね。閉じこもるような動作をしてるときは不快で嫌なときも多いから、相手の気持ちを確認したほうがいい」と伝えたけど、意識が違いすぎるなと思った。
奏太さん いわゆる“男性”と“女性”の性欲に対する視点はやっぱり全然違うと思う。アダルトコンテンツでも、「こうされるとうれしいだろう」という間違ったイメージに対して、「いやいや嘘でしょ」という反応にな場合も多いしね。
何人とセックスしたかではなく、一人とどのくらい向き合ったか
奏太さん 最初に出てきた、「セックス=トロフィー」とも通ずるけれど、男性同士の会話では、性欲やセックスが「男らしさ」の象徴として出てきたりすることが多いんだよね。「何人とセックスをした」とか。
シオリーヌさん 性欲が強ければ強いほど「男らしい」というイメージもあったりするじゃない? 年を重ねた男性が「まだまだ現役だから」みたいなことを自慢げに話したり。昔の武将でいう「何人の首をとった」みたいな感覚で「何人と関係を持った」と話す人もいる気がするな。
みたらしさん でも私の経験上、セックスをして「相性がいいな」と思う相手は、100人とセックスした人じゃなくて、一人と100回セックスした人。セックスにおける「万人に通用するテクニック」というのは実はなくて、どれくらい相手にヒアリングできているか、話し合えているかが重要なんだよね。だからその点で言うと「何人とセックスしたか」よりも、「一人相手にどれくらい向き合ってきたか」が本当に大事!
奏太さん なるほどね。僕は社会的に女性としても生きてきたこともあるけど、女性コミュニティでは「誰とした」とか「何人とした」という話より、「どういうセックスをしたか」という中身の話が多い印象があるな。
シオリーヌさん 確かに悩みや相談がベースで、お互いの体験をシェアすることで「こういうところを変えていけるのかも」とか「自分っておかしくないんだな」とかを確かめるために話しているのかも。
みたらしさん そうそう。大事なのはセックスの中身だから。そこを話したいのに、特にヘテロセクシュアルの男性からすると、「射精」に至るまでの詳細な過程の話は、まるで自分がダメ出しをされているような、“エグいもの”として取られたりもする。
奏太さん 本当は射精だけがゴールじゃない。だって射精をしない人だっているから。あくまでセックスはコミュニケーションで、そのゴールは二人で作り上げるもの。いろんな形のセックスがあっていい。自分もそう考えたら、セックスがポジティブなイメージに変わったんだよね。それって、どんなジェンダーでも知っておいてほしいと思うな。
体が変わると、セックスへの向き合い方も変化する
シオリーヌさん 今回性欲について考えていく中で、私の場合は、妊娠・出産と性欲の変化が、大きく関係していると思った。一年前に出産を経験して、自分の体や性に対するとらえ方が本当に変わったんだよね。今は性に向き合うタイミングなんだと感じている。
例えば、腟は「セックスをするときに使う挿入される場所」や「生理の血が出るっていう場所」だったのに、そこに「子どもが通った場所」という意味が加わった。乳首も、今まではわりと性的な意味合いの強い場所だったのにがまったくなくなって、今では子どものために母乳が出てくる蛇口みたいな感覚で。飛行機の中でもちょっと隠せば授乳できるしね。こんな大きな体の変化を経験すると、性の意味合いも変わってくるし、セックスレスについても考えるようになった。
奏太さん 僕自身は環境とともに、性に対する考え方はすごく変わったよ。昔は人に体を見られるのも触れられるのも嫌だったし、自分の体に対しての嫌悪感も強かったけれど、今のパートナーといろいろ話せたことで嫌悪感や抵抗がなくなった。性に対してのネガティブなイメージも今は少なくなったと思う。
みたらしさん 体や環境が変われば性欲の在り方も変わって当然だよね。二人のように大きな変化でなくても、例えばひと月の中で、体に触れられたいと思うときもあれば、それをすごく不快に感じる日もあるくらい。だからこそ細かい気持ちのすり合わせは大切で。
普段いろいろなメッセージをいただくなかでも、その擦り合わせができずにセックスレスで悩んでいるカップルも多いんだよね。そういうときは、「まずはマッサージから始めてみては」と伝えることもあるよ。マッサージだったら、こうしてほしいとか、ここは不快だと伝えやすいから。そもそも「セックスレス」という言葉自体も、「パートナーシップ=セックス在りき」だと感じられやすいよね。セックスをするかしないか、頻度や不快感、心地いいことなども含めて日常会話として話せるのが健康的だと思う。
シオリーヌさん 「マッサージと同じように、セックスでもコミュニケーションを取っていい」という考えに驚く人は、多いのかもしれないね。
みたらしさん 自分の気持ちを蔑ろにしてしまうと、セックスに対して嫌悪感が積み重なってしまうこともあるよね。だからこそ、嫌なことは「嫌だ」と言えたほうがいいし、受け取る側も「100%YES」以外は全部「NO」ということを理解しておいてほしいな。
シオリーヌさん「女性は性的なことに対して積極的であるべきじゃない」というイメージ自体も払拭していく必要があるかもしれないね。2人と話して、一口に「性欲」と言っても、いろんな見方ができることがわかった。今回は本当にありがとう!
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撮影/倉島水生 取材・文/平井莉生(FIUME. Inc)構成/種谷美波(yoi)