男性の生きづらさにも焦点が当たり始めている昨今、今を生きる男性から見る「ジェンダー」とは、どのようなものなのでしょうか。社会学者であり男性学を専門としている田中俊之さんと、フリーの編集者・ライターとしてジェンダーに関する記事や書籍に携わる福田フクスケさんの対談・後編では、“自身のケアが苦手な男性が多い問題”について考えてみました。
男性に「セルフケア」「言語化」が苦手な人が多い理由
――前編では「男性が弱音を吐いても受け皿がない」という生きづらさについてお話いただきました。ほかにも、男性だからこそ起こりがちな問題はありますか?
福田さん:男性自身の問題としては「自分で自分のケアができない」ことも起こりがちだと思います。関心が低かったり、解像度が低かったり、ケアすることに喜びや心地よさを感じなかったり……理由は様々ですが。
田中さん:それはとても大きな問題だと思います。僕、男性用尿もれパッドの説明会に男性学の専門家として招かれたんですよ。尿もれって女性の問題としてよく聞くじゃないですか。でも、そもそも、男性もかなり尿もれするものらしいんです。
でも、対策しているのは現状女性ばかり。それっておかしな話で、下着が濡れたら不快なのは男女関係ないはずなんですよ。それなのに、男性は不快だと思っていない人が多い。ほっといたら乾くとか、きっとその程度の感覚なんです。
そう考えると、男性の「自分の身体への鈍感さ」みたいなものは、結構すごい気がします。
福田さん:書評家の三宅香帆さんが星野源さんとオードリー若林さんのNetflix番組『LIGHTHOUSE』と、ジェーン・スーさんと堀井美香さんのポッドキャスト『OVER THE SUN』を比較しているnoteの有料記事(『LIGHTHOUSE』と『OVER THE SUN』の比較と「中年男性/女性の危機」の違い、そしてなぜ中年男性はケアを重視しないのか問題への結論―「飽き」と「疲労」)があって、それを読んでなるほど! と思ったことなんですが……。
ジェーン・スーさんと堀井美香さんの番組では、中年の危機に対抗する手段として、筋トレや美容、旅でのリセットなどで自分自身を強化メンテナンスすることで乗り越えよう、というお話をしているそうなんです。
一方、星野源さんと若林さんの番組では、中年の危機を「人生への飽き」ととらえ、新しいことへのチャレンジや環境を変えるなどの「新しい刺激」によって乗り越えようとしていたそうです。全く違いますよね。
この話を読んで、男性は外部刺激がもたらすドーパミンやアドレナリンみたいなもので、自分を奮い立たせる方向でしか幸福や充実感を感じられないようになっていることが問題なのかもしれない、と感じました。
田中さん:年齢を重ねていきなりトライアスロンを始めたりする男性もいますもんね。そんなの体に悪いに決まってるのに。ドーパミンを得る代わりに死に近づいてる可能性すらありますよ。
「自己鍛錬することで俺が今抱えている困難は克服されるんだ」という発想。鈍感どころか、自分の身体を感じられていないんじゃないかという気さえしますね。
男性の体は世の中で大切にされないから、大切さがわからない。
福田さん:こういう話って、実は前編でお話した「男性は社会の歯車から降りられない」という問題にも繋がっているんじゃないかと考えているんですよね。
田中さん:鈍感にしておかないと生きづらい、というところもあるかもしれないですね。だって鈍感じゃないと40年近くも働けないですよ。
昔、インタビュー調査をしたときに本当にそう言った方がいました。「ずっと会社で働くとか、満員電車で毎日通勤するとかつらくないですか?」と聞いたら、「慣れて麻痺させて考えないようにすることが社会人の心得なんだ」「僕は何で働くんだろう、なんて考えたら負けなんだ」って。
そりゃ、男性は悩みを言語化できないですよ。麻痺させてるんですから。自分の身体や心の変化を感じられないと、言語化は難しい。麻痺で感じていないことを言葉にするって、多分できないと思います。
福田さん:偉そうなことを言っておきながら、僕も自分の身体性には鈍感なんですよね。今、パートナーが海外留学していて、一人暮らししてるんですが、彼女がいない1年半の間に8キロ近くも太っちゃったんです。「なんかちょっと太ってきたかも?」と体重計に乗ってみたら、8kgも太っていた。恐ろしいことに、途中経過では全く気づいてなかったんですよ。振り返ればジャンクな外食や間食が増え、パートナーと通っていたジムやヨガをサボって運動量が減り……思い当たるフシはたくさんあるのに、気づけなかった。
こういう僕みたいな男性がいっぱいいるんだと思うんですよね。自分の変化に鈍感で、年をとっても自己イメージが変わらず不摂生を続け、自分一人でセルフケアできない、みたいな男性が。
田中さん:「飯食うのが遅いやつは出世できない」とか平気で言う人もまだ多いですよね。心身の健康や心地よさよりも仕事や出世、という感覚がまだあるんですよ。もしかしたらそれが多数派かもしれない。ご飯くらいゆっくり味わって食べればいいのに。
男性の身体って世の中で大切にされていないんです。例えば、男性用トイレの小便器。ちょっと横を見たら隣の人の性器が見えちゃう。女性だったらありえないですよね。僕は、男性用トイレに「こんな構造ありえない!」と感じますよ。他にも男の上裸はOKだったり、世間は男性の身体の扱いがちょっと雑です。
大切にされないから、大切さがわからない。だからケアができない。そんな構造もある気がします。
僕たち男性の問題について、女性に何かを求めることはできない
――この記事を読んでいる男性読者に、伝えたいことはありますか?
田中さん:繰り返しになりますが、男性は「性別が自分の人生に影響を与えている」という視点を持つことが、とにかく大事だと思います。「定年まで働いて当たり前だ」と思えることはもちろん、「自分の心身の不調に気づけない」ことも世間から身体を大切にされていなかったり、“働ける”がゆえに鈍感さや麻痺を身に着けてしまっているせいかもしれません。
一度その視点を持って、ご自身の心や身体、考え方と向き合ってみてほしいですね。
福田さん:僕も男性のみなさんには、「自分の行動基準や価値観は絶対なのか」ということをご自身に問い直してみてほしいな、と思います。今の感覚は本当に自分から生まれたものなのか、というところを見直してみてほしい。「周りの影響で勝手に身についてしまった価値観」は必ずありますから。
「セルフケア」については、本当にアドレナリンを出し続けてないと満足できないのか。褒め合ったり助け合ったりすることでは充実感を得られないのか。ぜひ考えてみてほしいです。
――最後に、女性の読者へ伝えたいことはありますか? 「男性のつらさも知りたい」「理解したい」と思っている方もきっと多いと思います。
田中さん:……女性へのメッセージは何も準備していないです。女性は既に様々なことを社会から要望され、たくさんの矛盾を被り、多くの方がつらい思いをされている。「男を立てなきゃいけない」なんて謎の要求にさらされている女性に、下駄を履かされている僕みたいなところから、「男性のつらさ」についてのメッセージなんて、とてもじゃないけど送れないです。
もしもご興味があるのなら、世の中には男性学の本がたくさんあるので読んでみてください。……これが精一杯ですね。
福田さん:僕も全く同じ理由で女性に「〇〇してください」「〇〇しましょう」なんてメッセージは言えません。「世間の男性に対して“話が通じない”と思うことがあるとしたら、そこには根本的な行動原理や世界の見え方の違いが、原因としてあるんだと思います」という事実をお伝えするくらいしかできないですね。
――前編・後編にわたり、男性のジェンダー観や生きづらさについてお話してくださりありがとうございました。そんなおふたりが最後に「女性へメッセージは送れない」と言ったこともまた、現代男性の生きづらさのひとつを象徴しているのかも…と感じました。
イラスト/キムラカオル 取材・文/東美希 企画・構成/木村美紀(yoi)