6月のプライド月間(LGBTQ+の権利についての啓発を促すイベントやパレードが世界各地で行われる期間)に合わせて、NHK Eテレの番組『ハートネットTV 虹クロ』でメンターを務める井手上漠さんとロバート キャンベルさん、番組のプロデューサーである石川昌孝さんのインタビューを公開! 性のあり方に悩む10代の話を聞く際に心がけていることや、自らのセクシュアリティーを秘めていた過去についても、じっくりお話しいただきました。

『ハートネットTV 虹クロ』とは?
セクシュアリティーやジェンダーにまつわる悩みや疑問を抱える10代が、さまざまな分野で活躍するLGBTQ+のメンターたちと本音で語り合う、NHK Eテレの番組。

●放送:毎月第1火曜 午後8:00~8:29 (NHKプラスで同時配信、1週間の見逃し配信もしています)
●再放送:本放送の翌週水曜 午前0:30~0:59 ※火曜深夜 

公式HP:https://www.nhk.jp/p/ts/WYNW817V7Y/

井手上 漠

モデル・タレント

井手上 漠

2003年生まれ、島根県出身。2018年、『第31回ジュノン・スーパーボーイ・コンテスト』にてDDセルフプロデュース賞を受賞。2022年3月には、『絶対BLになる世界vs絶対BLになりたくない男シーズン2』でドラマデビュー。芸能界で活躍する傍ら美容専門学校に通い、2023年にハリウッド国際メイクアップアーティスト検定1級を取得。今年、初の美容本『自信がつく美容、美容でつく自信』を出版。

ロバート キャンベル

日本文学研究者

ロバート キャンベル

アメリカ・ニューヨーク出身。ハーバード大学東アジア言語文化学修士課程修了後、1985年、九州大学に研究生として来日。東京大学教授、国文学研究資料館館長を経て、2021年4月、早稲田大学特命教授に就任。テレビでMCやニュース・コメンテーター等をつとめる一方、新聞雑誌連載、書評、ラジオ番組企画・出演など、さまざまなメディアで活躍中。

『虹クロ』 チーフ・プロデューサー

石川昌孝

1994年NHK入局。『週刊こどもニュース』『かきこみTV』『天才てれびくん』など、ディレクター時代から子ども番組・青少年番組の制作を数多く担当。その他、『あさイチ』『NHKスペシャル』など様々なジャンルの番組も制作。現在は、『虹クロ』と『ねほりんぱほりん』の制作統括を担当している。

性のあり方に悩む10代の心に寄り添う番組を目指して

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——まずは、『虹クロ』という番組が誕生したきっかけについて教えてください。

石川さん:『虹クロ』を作っているのは、子どもや青少年に向けた「教育次世代」と呼ばれるジャンルの番組全般を担当している部署なんです。

誕生したのは4年前、それまでメディアがどのようにLGBTQ+に関する情報を発信してきたかというと、最初はお笑い的に扱われることが多く、その後は感動ポルノ的にかわいそうな人として描かれてきました。こうした状況に疑問を抱いたディレクターが企画しました。

番組制作をするうえで特にこだわった点は、いろんな職業・セクシュアリティーの方々にメンターとして出演していただくことです。それは、多様なロールモデルを10代に提示することで、いろいろな生き方があることを知ってもらいたいと思ったから。

メンターが相談者の悩みを聞きながら、過去に抱えていた不安や葛藤を語ったり、本音をぶつけ合ったりすることで、同じような悩みを抱える人が参考にできるヒントを見つけて、安心できるような番組を目指しています。

——キャンベルさんと井手上さんは、『虹クロ』への出演オファーを受けた際、どのように思われましたか?

キャンベルさん:実は、僕は一度お断りしたんですよ。理由は2つありまして、まずひとつめは、悩みを抱える10代の方たちの即戦力になるような言葉を繰り出せるのか、心もとなさがありました。

僕はシス男性のゲイ男性ではあるんですけれども、10代の方たちとは、世代も育った国も言葉も違います。そういった背景から、ゲイだからといって、皆さんの役に立てるのだろうか?と。

もうひとつは、番組のセットにも使われているクローゼットの表象が気になったこと。番組の構想を説明していただいた際に、相談者の方は扉の開いたクローゼットの中に座ってもらうというイメージを聞いて、不安に感じたんです。

僕にとって、そしてほかの多くの人にとっても、クローゼットとは湿っていて、暗くて、つらい場所のイメージがあります。その中に人を入れて話してもらうのは、正直、グロテスクなのではないか…と。


その後、スタジオのしつらいをもっとポップなものに変えると制作側から報告があり、半信半疑の“疑”が7割から4割くらいに減りました。

さらに、漠さんが出演されると知って、漠さんと一緒なら楽しめそうだな!と感じたんです。漠さんとは一度、共演したことがあって、すごく好印象だったので。試しに出てみようと思い、出演をお受けしました。

井手上さん:そうだったんですか! ありがとうございます。番組のしつらいから視聴者がどう読み取るかまで俯瞰されていて、さすがキャンベルさんだなと思いました。

私自身は、シンプルにうれしかったです。お話をいただいたのが、学生生活を終えて、上京して間もない頃だったので。きっと10代の皆さんに寄り添えるんじゃないかな、と感じました。メンターとして抜擢していただき光栄な反面、言葉選びに気をつけないと!という不安もあったけれど、ワクワクのほうが大きかったです。

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二人が語る、セクシュアリティーを隠していた過去

——『虹クロ』の“クロ”はクローゼットの略で、クローゼットはジェンダー・セクシュアリティの文脈において、自身の性的指向や性自認を公表していない状態を表します。お二人は、ご自身の性のあり方を公表せずに葛藤した経験はありますか?

井手上さん:私は学生時代ですね。子どもの頃は疑問を持たずに育ったんですけど、小学校に通いはじめてから周囲の反応が気になるようになって。小学5年生のときに、自分をクローゼットに閉じ込めてしまいました。

その当時、ふと、「なんでみんな楽しそうに生きているんだろう?」と思ったのを覚えています。小学生がそんな疑問を抱くのは危険だし、しなくていいはずの経験ですよね。

クローゼットから出られたのは、中学3年生の時。弁論大会に出場して、自分のセクシュアリティーとか世の中に対する思いをスピーチで伝えました。全国大会に進んで賞をいただけた時に、私の言葉を必要としてくれた社会を、少しだけ好きになれたんです。

でも今は、この時代に生まれてよかったと心から思う。キャンベルさんがよく昔の状況を教えてくれるんですけど、その当時に生まれていたら、挑戦する機会もなかっただろうから。時代にも人にも恵まれていると感じます。

キャンベルさん:僕はニューヨークでリベラルな家庭に生まれ育ち、学校も自由な環境だったので、自分のセクシュアリティーをほとんど皮膚のように感じられていたんです。ですから、違和感であったり、自分の欲望と実態が追いついていないような感覚は、ほとんどありませんでした。

初めて自分のセクシュアリティーを隠す必要を感じたのは、研究生として来日した1985年。HIVの流行が大問題になっていた時期で、外国人全般に対して入店拒否をするなど、根拠のない差別が盛んに行われていたんです。

その状況下で、自分がゲイであることを明かしたならば、行く道が阻まれることは安易に想像できました。


1995年に東京大学の助教授となり、個人的な話をするような学生たちや先生たちには、徐々に伝えるようになりました。僕は少しずつ水が流れるように周囲にも伝わることを期待していましたが、まったくそうはならなかった。

とはいえ教授会で手を挙げて「私はゲイです」と宣言するのも違うと思い、問われれば言うけど自分から差し出すことはしない、というスタンスを長くとっていました。

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いち視聴者として、一歩前に進んでみたいと思わせてくれる番組

——番組が始ま、番組に対して最初に抱いていた印象は変化しましたか?

キャンベルさん:すごく変わりましたね。その理由は、相談者の状況に細やかに寄り添った番組作り。

出演する10代の相談者は、テレビに出た経験は一切ありませんし、人前で話すことに慣れていませんから、沈黙がとても長い。これは、普通の番組ではあり得ないことです。

しかしこの番組は、相談者の抱えていることを聞ききることを大切にしていて、それによって私自身も多くのことを得られている実感があります。

相談者の悩みを事前に聞き取って作成された資料をもとに、収録前に(制作スタッフと)打ち合わせも行います。

ただ、予定調和は一切ない収録のため、いつも収録は2〜3時間にわたります。今、こんなに時間をかけて作っている番組は、ほとんどないでしょうね。しかし、ひとつひとつを聞き取ろうとすると、それくらい時間がかかってしまう。それを非常に上手に、この番組らしく豊かに編集しているんですよね。

最初は半信半疑で参加しましたが、今では疑いがすっかり晴れて、スタッフも出演者もファミリーのような感覚があります。

井手上さん:重すぎず軽すぎでもない絶妙なバランスの編集は、私もとても信頼しています! いち視聴者として観ていて、いろいろ乗り越えてきた私でも一歩前に進んでみようかなと思える。とても素敵な番組に携われて幸せだな、と4年目に突入した今も感じています。

——とても素敵なチームですね! ちなみに、番組に出演していらっしゃる10代の方々は、どのような方法で参加しているのでしょうか?

石川さん:相談者の10代を番組側が探すことはしておらず、番組ホームページなどを通じて自発的に応募してくださった方の中から、事前にお話を聞いたうえで出演を依頼しています。

収録を終えると、皆さん決まって、スタジオに来たときよりも心が軽くなったような表情を浮かべているんです。


視聴者の方々からも「番組を観て、自分は一人じゃないと思えました」「居場所がないときに、心の助け船になりました」といった声がたくさん届いており、制作スタッフのモチベーションになっていますね

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いろんな人がいるけれど、同じところもたくさんある

——出演する10代の皆さんの話を聞いたり言葉をかけるときは、どのような姿勢を大切にしていますか?

井手上さん:私が相談者の方たちの立場だったら、テレビに出ることだけでも勇気がいること。匿名かつ顔を隠しているとはいえ、人前でカミングアウトするのは、すごく怖いと思うんです。だから、まずは来てくれたことへの感謝は必ず伝えるようにしています。

メンターの中では私が一番年下なので、10代の方の心をほぐす担当というか、そういった役割分担も意識していることのひとつ。「一緒に楽しく話そうよ!」みたいな感じで、ウェルカムな雰囲気を盛り上げたいと思っています。

キャンベルさん:漠さんには、いつも感心しています。漠さんはよく「あなたとだったら友達になれそう」「一緒にコスメを買いに行ったら楽しそう」といった言葉をかけていて、相談者がとてもうれしそうにしているんですよ。

井手上さん:うれしい。ありがとうございます!

キャンベルさん:僕も、まずは緊張をほぐすことを意識しています。10代にとっては帰属する世界が違う人たちと話すわけで、それってどんな話題かは関係なく、単純に難しいと思うんです。

変にへりくだってタメ口を使うのは変ですが、フラットに、できるだけ同じ目線で話せるような雰囲気を作りたいと思っています。

お悩みを聞くときには、折り畳まれた紙をめくるように、丁寧に解体していく。いろんな角度から突いたり、引っ張ったり、一緒に歩いたりすることで、その方の状況がどんどん立体的になっていくんですね。そのうちに、私たちが楔を打ち込むべきポイントが見つかる。

その人を否定するのではなく、「それは違う見方もできるんじゃないの?」と提案するような形で伝えます。「あなたは悪くない」「このままで大丈夫」と寄り添うだけでは、薬にも毒にもならないと僕は思うので。あえて少し厳しいことを言う場合もありますが、そうすることによって、さらに心を開いてもらえる気がします。

井手上さん:そこを聞かないと話が広がらないんだけど、聞いてもいいのかな?と悩むところを、キャンベルさんが言葉をやわらかくして聞いてくれるので、すごく助かっています。

相談者の皆さんと話していて気づいたことなんですけど、世の中いろんな人がいるようで、同じところもたくさんあるんだな、と。


例えば、変わった恋愛の話をしているように見えるけど、異性愛ではないだけで、よく聞く恋愛の話と瓜二つだったりする。だから、メンターのみんなも相談者もそれぞれ違う経験をしてきたのに、同じ話題で盛り上がれるんだと思うんです。

マイノリティといわれる人たちも、マジョリティといわれる人たちと同じ部分がたくさんあって、それを番組を通じて社会に発信できていることは、すごく意義のあることだと感じています。

虹クロ 井手上漠 ロバート・キャンベル Eテレ 対談

撮影/TOWA 構成・取材・文/中西彩乃 企画/木村美紀(yoi)