山田由梨さん

2020年にABEMAで配信されたドラマ『17.3 about a sex』。新時代の性教育ドラマとして大きな話題を呼び、センセーショナルに報じられた当時の記憶がある人も多いのではないでしょうか。

yoiで配信したコミカライズ版『17.3 about a sex 〜私たちのリアル〜』が完結したことを記念し、原作ドラマの脚本を手がけた山田由梨さんにインタビュー。性教育をテーマに掲げたいきさつや、登場人物の一人をアセクシュアルに設定した理由、自身が受けた性教育などのエピソードを交えながら、作品に込めた想いを語ってもらいました。

いい思い出ばかりじゃない。初体験を、面白おかしくエンタメにしてはいけない

——初体験での失敗や、セクシュアリティの悩み、性病の不安など、女子高生が性と向き合いながら学ぶ様子を描いたドラマ『17.3 about a sex』。脚本は、どのように誕生したのでしょうか?

ABEMAから依頼をいただいた当初のテーマは、女子高生が直面する性の問題や初体験。その意向を聞いたときに、思い出したことがあって…。私のまわりには、初体験で怖い思いをしたり、知識不足で言いたいことが言えなかったりと、初体験がいい思い出として残っている人がいなかったんですよね。

もしそのテーマに取り組むのならば、正しい性の知識を提供できるような作品にしなければいけないと直感しました。男女ともに知識が足りないことによって傷つく可能性や、セクシュアルマイノリティの方たちに触れないわけにはいかない、と率直に伝えて、ベースとなる方向性が決まりました。

——脚本を執筆するうえで、こだわった点を教えてください。

男性目線で消費されるようなドラマに絶対してはいけない、という危機感を忘れないこと。このドラマでは、女性から見た視点がないがしろにされないようにしなくては、と気をつけていましたね。

そのうえで、いちばん大切にしたのは、決して間違った知識を発信しないこと。私自身は独学で勉強してきましたが、性教育の専門家ではないので。高校生の頃から性教育の必要性を発信してきた中島梨乃さんにコンタクトを取り、性教育に尽力されている産婦人科医の高橋幸子先生とともに監修をしていただきました。また、異性愛主義だけに収めずに多様な人を描くこと、ドラマを見たどんな人も傷つかないことにも配慮しました。

山田由梨さん

性教育で得た知識がひとつも残っていない。何も知らずに大人になったも同然です

——本作は、新時代の性教育ドラマとして大きな話題を呼びました。山田さんご自身は、どのように性教育を受けましたか?

私はきちんと性教育を受けた記憶がないんですよね。学校で、クラスの男女が分けられて、気まずい空気になった印象はあるんですけど、実際に習ったことが知識として残っていなくて。自分の親とも性について話した経験はないし、何も知らずに大人になったと言っても過言ではありません。

——ドラマでも、生物学的な知識の枠を超えない性教育の問題点が、女子高生の目線を通じてリアルに描かれていました。

25歳くらいの頃にフェミニズムを勉強したとき、“自分の体は自分のものである”ということを尊重できていないことに気がついて。同性の友達との会話でも、コンドームを付けてと彼に頼めない、本当はセックスしたくないけど言えない、ということがよく話題に上がっていたんです。自分の体を差し出さなきゃいけないような気持ちにさせられてきたのはなぜだろう? と考えたとき、性教育が足りなかったことが原因だと感じました。

性教育にきちんと取り組んでいる国では、幼い頃からプライベートゾーンについて“水着を着て隠れる部分はあなただけの場所で、誰にも触らせてはいけない。相手が親だとしても、嫌だと感じたら断っていい”と教えているんです。

それだけきちんとたたき込まれていれば、例えば、痴漢は不当なもので絶対にされてはいけないことだと理解できて、我慢したり、自分を責めたりすることもない。自分の体が他人に触られることに対して抵抗できるはずです。

日本では性教育をセックスと直結して考えられがちですが、本来は、性暴力やジェンダー、人権など、さまざまな社会問題とつながるもの。それらを学べば学ぶほどに、日本の性教育の内容の薄さ、知識量の足りなさを実感します。

山田由梨さん

ジェンダーやフェミニズムを学んで、自分の権利を重んじられるようになった

——山田さんが、自ら性について学ぼうと思ったきっかけは?

20歳のときに劇団「贅沢貧乏」を立ち上げて、脚本を書くなかで、無意識に男らしさや女性らしさなどを感じる表現を避けていたんです。その理由を追求しないまま続けていたんですが、作品で社会問題を扱うと必ず、性やジェンダー、フェミニズムにたどり着いてしまう。次第に意識せざるをえなくなり、きちんと勉強して作品にしようと決心しました。

まずは関心のある内容から学ぼうと思い、それに関連する本を読みはじめましたね。例えば、政治家の女性蔑視発言などが話題になったら、男性がなぜそういう思考になってしまったのか、歴史をたどってみる。今改めて考えると、私自身のなかの怒りが、学ぶための大きな原動力になっていたのだと思います。

——学びを経て、ご自身のなかで変化はありましたか?

学ぶ前の自分の思考が思い出せないくらい、大きく変わったと思います。自分の権利を重んじられるようになり、言いたいことをちゃんと言えるようになった。別人に生まれ変わったみたいな感覚でしたね。

——ジェンダーを学び、より異性愛主義的な描写を避けるようになったそうですね。『17.3 about a sex』では、メインキャラクターの女子高生の一人を、他者に性的感情を持たないアセクシュアルという設定に。多様なセクシュアリティのなかでも、アセクシュアルを選んだ理由を教えてください。

『17.3 about a sex』の脚本を書く2年ほど前に、NHKのドキュメンタリーでアセクシュアルというセクシュアリティの存在を初めて知ったんです。現代をアセクシュアルとして生きることを想像し、悩んでいる人がたくさんいるだろうな、と感じて。翌年、劇団の作品でアセクシュアルのキャラクターを初めて描きました。

もともと、『17.3 about a sex』のメインキャラクター3人全員を異性愛者にはしたくないと、事前に話していたんです。一人をレズビアンかアセクシュアルの設定にするのはどうかと提案したところ、プロデューサーは、そのとき初めてアセクシュアルというセクシュアリティを知ったようで。レズビアンよりも認知されていないアセクシュアルを採用することに決まりました。

山田由梨さん

ドラマに寄せられた声を見て社会は着実に変化していると感じ、うれしくなりました

——ドラマは大きな反響を呼び、メインキャラクターの一人を演じた永瀬莉子さんのもとにも、視聴者からたくさんのメッセージが届いたと伺いました。山田さんにとって、特に印象的だった反応やコメントは?

配信後は必ずSNSをチェックしていたのですが、アセクシュアルの登場人物にフォーカスした第2話は、特に反応や感想が多かった印象です。「自分もアセクシュアルかも」「今まで自分だけが変だと思ってたけど、私だけじゃないんだ」というコメントを見て、素直にうれしかったですね。ドラマなどの作品で、セクシュアルマイノリティの人を含めて描く意義を再認識しました。

——ドラマが配信されてから2年がたちましたが、性教育や性の多様化に関する意識や認識は、どのように変化していると感じていますか?

社会全体の傾向は把握しきれないですし、私のまわりには理解のある人が多いけれど、もしかしたら知識の格差も生まれてしまっているかもしれません。実は今日のインタビューに向けて、『17.3 about a sex』の口コミを改めて読んでみたんですよ。「大人が隠そうとしているだけで、自分たちはオープンに話してる」という若い子たちのコメントがたくさんあり、たとえ局所的であったとしても、確実に変化していると感じました。

もしかしたら、“性について話してはいけない”と言われて育った大人のほうが、意識を変えにくいのかもしれないですね。もう必要ないと思っている人もいるかもしれないですが、今よりも絶対に生きやすくなると思います。ぜひこの作品を通して、性について考える機会を持ってもらえたらうれしいです。

作家 山田由梨スペシャルインタビュー「初体験を、面白おかしくエンタメにしてはいけない」 物語のなかの“性”を通して伝えたい想い<前編>
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作家・演出家・俳優

山田由梨

1992年東京生まれ。作家・演出家・俳優。立教大学在学中に「贅沢貧乏」を旗揚げ。俳優として映画・ドラマ・CMへ出演するほか、小説・ドラマ脚本の執筆も手がける。『フィクション・シティー』(17年)、『ミクスチュア』(19年)で岸田國士戯曲賞最終候補にノミネート。2020・2021年度セゾン文化財団セゾンフェローI。テレビドラマの脚本を初めて手がけた一作目は、2019年に放送されたドラマ『女子高生の無駄づかい』(テレビ朝日)第4話。その後、『17.3 about a sex』(2020年・ABEMA)、『にんげんこわい』第2話(2021年・WOWOW)、『30までにとうるさくて』(2022年・ABEMA)、『神木隆之介の撮休』(2022年・WOWOW)第4話などの脚本を執筆。11月4日より、贅沢貧乏の舞台、『わかろうとはおもっているけど』のパリ公演が開幕予定。11月29日より放映のNHK夜ドラ『作りたい女と食べたい女』の脚本も手がける。

ABEMAオリジナルドラマ『17.3 about a sex』
初体験平均年齢=17.3歳だと知った女子高生3人組。その日をきっかけに彼女たちの"性の価値観"が揺らぎはじめる。「実際、痛いの?」「そもそもセックスってしなきゃダメ?」「あのさ、みんな、一人でしてるの…?」「つき合って、キスして —それから…!?」本当は知りたいけど、誰も教えてくれないセックスのこと。初体験や避妊、生理、体型の悩みやセクシュアリティなど、リアルで繊細な女子の本音を隠さず丸めず語り尽くす3人。日本でいちばんティーンに観られているメディア・ABEMAが送る、女子高生のリアルな心情を描いた青春恋愛物語。

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撮影/吉川綾子 ヘア&メイク/木原理恵子 スタイリスト/辻村真里 取材・文/中西彩乃 企画・編集/木村美紀(yoi)