『わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』

フォロワー4人の鍵垢(投稿の公開をフォロワーのみに限定しているSNSアカウント)でしか本音を言えない主人公・星置みなみ(ほしおきみなみ)を中心に、その友人で恋愛不用論者のフェミニスト・栗山由仁(くりやまゆに)、彼女がいるのにみなみに手を出す「きれいなクズ」=“星屑男子”こと恵比島千歳(えびしまちとせ)、フェミニストのような振る舞いでみなみが“フェミおじさん”と名付けた年上男性・月寒空知(つきさむそらち)といった個性あふれるキャラクターたちとともに、令和のコミュニケーション&フェミニズムをテーマに描かれるマンガ『わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』。

“星屑男子”に都合よくあしらわれたり、街中で男性にわざとぶつかられたり、「女はこうあるべき」を押し付けられたり。そんなリアルな恋愛エピソードや人間模様があまりにも刺さる! と話題を集める本作。作品の誕生秘話をはじめ、現代を生きる私たちの恋と友情、フェミニズムについて、作者の瀧波ユカリさんにお話を伺いました。

マンガ家・瀧波ユカリ

マンガ家

瀧波ユカリ

北海道生まれ。2004年デビュー。マンガ『臨死!! 江古田ちゃん』『モトカレマニア』(ともに講談社刊)、コミックエッセイ『はるまき日記』(文春文庫刊)、『オヤジかるた 女子から贈る、飴と鞭。』『ありがとうって言えたなら』(ともに文藝春秋刊)など。ウェブマンガマガジン『&Sofa』(講談社)にて『わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』を連載中。

『わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』
鍵垢でしか本音をつぶやけない主人公・星置みなみは「無痛恋愛」=痛みのない恋愛、を追い求めながら、他に彼女がいる“星屑男子” 恵比島千歳に適当にあしらわれ、街中で知らない男性にぶつかられ、承認欲求や主張がないフリをして、「痛み」を伴いながら生きている。そんな彼女の前に、フェミニストな年上男性=フェミおじさんが現れたことで、徐々にみなみの思考や感情に変化が。令和のコミュニケーション&フェミニズムマンガとして、今最も注目を集める女のサバイブストーリー。(2巻まで発売中。以下続刊)

実はわりと行き当たりばったり(笑)。でも「痛み」を描くことは決めていた

――まず、この作品を描こうと思ったきっかけについて教えてください。

最初は、二人の男性のあいだで揺れる女性の物語を想定していました。どんな個性の男性を出そうか、と考えていくなかで、まず“ダメな男の人”は出したいなと思ったんですね。それがのちの“星屑男子”こと恵比島千歳です。そこから、その反対のタイプってどんな人だろう、と考えて、固めていった結果に生まれたのが“フェミおじさん”こと月寒空知です。でも実はあまり先のことまでは考えていなくて、なんとなく決めて描きはじめたというのが本音です(笑)。

『わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』

第1話冒頭から、顔のいいクズ“星屑男子” 恵比島千歳のクズっぷりがリアルに描かれる。Ⓒ瀧波ユカリ/講談社

――作中では、“フェミニズム”がテーマのひとつになっていると思いますが、それについて描こう、とはっきり決まっていたわけではないんですね。

そうですね、最初は「クズってこういうところあるよね、それに対してこんなふうに行動できるといいよね」という小ネタをたくさん入れるかたちで始めました。第1巻(1〜5話)のエピソードはそれが中心になっているのですが、それをもっとふくらませたいと思ったときに、20代のみなみだけでは描ききれないなと。そこから時間軸を10年飛ばして、コロナのような疫病の流行を経たタイミングの30代のみなみを描くまでに広がりました。「最初から全部こうするって決めてありました!」と言えたらすごくかっこいいと思うんですけど、全然そんなことはないんですよ。

『わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』

恋愛不用論者・栗山由仁が読んでいるというコミック『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』は、瀧波さんが実際に読んで影響を受けたという作品のひとつだそう。Ⓒ瀧波ユカリ/講談社

――タイトルにも使われている「無痛恋愛」という言葉は、どの段階で決められたんでしょうか?

「痛み」をテーマにする、ということはわりと最初に決めていました。フェミおじさんが恥ずかしさから顔を赤くしたとき、呼吸を整えながら心を落ち着けているところとか、千歳がカッとなった際にクッションを蹴っていたりとか。自分の心が痛む何かが起きたときに、どう対処するのか、痛みとどう向き合っていくのか…。1話につき、痛みを感じているエピソードは何かしら入れるように工夫していますね。「無痛恋愛」という言葉自体は、第1話にも描いていますが、『21世紀の恋愛 いちばん赤い薔薇が咲く』(花伝社刊)という本を読んで、その中で知った言葉がタイトルにいいなと思ったのがきっかけです。

マンガ家・瀧波ユカリさん

「痛み」=失敗という経験からしか学べないことがある

――みなみと由仁のように、女性の友人同士でも価値観の違いや、距離感の難しさがあるというのも「あるある」な悩みかと思うのですが、そういったエピソードは瀧波さんの実体験が元になっているんでしょうか?

昔から友達と一対一でじっくりつき合うのが好きで、私自身はわりとはちゃめちゃな“みなみタイプ”なんですけど、不思議と由仁みたいなちゃんとした子が仲良くなってくれることが多かったんですね。でも、あれしろこれしろと面倒を見られすぎると私も少し煩わしく感じてしまったり、相手は相手でこんなに忠告しているのになんであんな男に、とイライラを募らせたり。みなみと由仁の関係そのものですね。距離を詰めすぎて姉妹っぽくなってしまうというか、干渉しすぎてしまうと破綻してしまうんですよね。男女の仲のように、ある日突然連絡を取らなくなってしまったりとか。そういった過去の反省点を取り入れていきたいと思って描いているところはあります。

――みなみと由仁のやりとり以外にも、自分が正しいと思っていることが、必ずしも相手にとって正しいとは限らない、というような出来事が作中で多く描かれていると感じています。相手の事情や考え方などに配慮しつつ他者に接することの難しさは、人間関係においてつねにつきまとう部分かと思うのですが、その問題にうまく対処していくには、どのようなことが必要だと思いますか?

「経験」がいちばんだと思っています。例えば月寒さんとみなみのあいだでも、年齢や経験を重ねているがゆえに月寒さんには20代のみなみのことが全部見えてしまう、というエピソードがありますが、もし「僕には君の考えていることが全部見えちゃう」なんて言ったら単なる嫌なやつですよね。それを優しさであえて言わないという判断ができるのは、経験を積んだ大人だからこその判断だと思うんです。

『わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』

圧倒的な経験の差で、みなみのことが手に取るようにわかってしまうフェミおじさん。Ⓒ瀧波ユカリ/講談社

――相手がどう思うか、想像できるということですね。

そうですね。そしてそれは失敗しないとわからないと思うんです。「こんなこと言うんじゃなかった」と後悔するような出来事って誰でも年に1、2回はあると思うんですけど、そういった失敗からしかたぶん学べないんですよね。特効薬はないなって。失敗しないためには人とかかわらずに生きるしかない。でも実際それは難しいですよね。この作品も、「無痛恋愛がしたい」と無痛を望むような言葉を使ってはいますが、結局は痛みのことを描いていて、その痛みから得るものを描いているんだと思います。

怒りの矛先を正しい方向に向けるという発想は、もっと世の中に浸透するべき

――第9話で千歳の本命彼女・朝里(あさり)が、浮気をしていた千歳に対して行う復讐がとても印象的でした。その方法が衝撃的で!(詳しくは本編で!)

エンタメ作品等で描かれる、浮気に対する女性の復讐の方法って、ほかに恋人を作って見返すとか、極端だと殺してしまうとか、バリエーションがあまりないなと思っていて、そうではないものを描きたかったんですよね。

自分を軽んじた相手に対して、相手の都合のいいようにならず、ボコボコにするにはどうすればいいかを考えて描きました。ただ、相手にダメージを与えるには、同時に自分も傷つかなければならないことも事実です。そういった意味でも、朝里がとった方法は賛否両論あるとは思いますし、まともな考えではないと思う人もいるかもしれません。でも私は、それだけのことを実行できる強さがある人っていいじゃない! と肯定したい気持ちで描きました。

浮気をされたときって、本来はその怒りを浮気した当人に向けるべきなんですけど、浮気相手に感情を向けてしまう物語がすごく多いなと思うんです。「あいつ(=浮気相手)をなんとかしなきゃ」ではなくて、「こいつ(=浮気した恋人)をなんとかしないといけないんだ」っていうところに立ち帰りたかった。裏切った側を直接責めるべきなのに、我慢したり許したり、浮気相手のほうに別れてほしいと言ったり、丸く収めようとする方法ばかり。もっとシンプルに、浮気した人に対して「自分は裏切られた! 軽んじられた!」という怒りを向ける解決方法があまり示されていないんじゃないかなと。

――第3話で、自己主張をしすぎる女性は可愛げがない、みっともないと世間に思われる、という理由でみなみが発言を自制するエピソードがありますが、そういうマインドも、怒りの矛先を正しい方向に向けられない女性が多いことと関係あるのでしょうか?

それは本当にあると思いますね。はっきり言いすぎない女性がいい、という風潮が強くあるので、抑制が効いてしまって直接本人に怒るっていう発想が出てこない。なんなら浮気された側にも問題があったんじゃないかと言われたり、自分でそう思ってしまう場合も。

――そういう女性の思考回路、よく聞くような気がします。

怒って解決する。解決はしないかもしれないけれど、本人に直接「なんでこんな裏切りをしたんだ」って詰めていく描写も物語として描かれるべきだし、怒って済む話じゃないから相手がズタズタになるような復讐をしてやろう、っていう思考回路だって、働くようになったほうがいいと思うんです。「浮気されたときの怒りの矛先は必ず浮気したやつに向けましょう」という発想が、もっと世の中に浸透していくべきです!

『わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』

「フェミニズム」において必要なのは、圧倒的に知識

――作品を通してフェミニズム的なマインドが多く描かれていますが、瀧波先生は、フェミニズムにおいて大切にすべきことはなんだとお考えでしょうか?

圧倒的に「知識」ですね。第6話でも出てきますが、女性が下に見られて不利益を被る事実がまだまだある、ということや、セックスするときのホテル代や妊娠に関する不平等(第11話)など、知っているのと知らないのでは大違い。マンガだけでは伝えきれないかもしれないですが、頭の片隅に入れておいてもらえたらと思っています。心構えだけじゃなんにもならないので、とにかく知識、全部知識です。この作品を通してその知識の端っこくらいが届くように、面白く描いていきたいという思いがあります。

『わたしたちは無痛恋愛がしたい〜鍵垢女子と星屑男子とフェミおじさん〜』

30代になったみなみは、知識を得たことで自分の考えを言葉にすることができるようになった。Ⓒ瀧波ユカリ/講談社

――マンガで、絵と言葉と物語で解説してもらえることで、それまでフェミニズムについてなんとなくしか知らなかったという人にも、わかりやすく、身近なこととして届くのかなと感じました。

第11話で描いている、妊娠のリスクがあるから男女間のセックスは必ずしも平等ではない、というエピソードには、それを読んで気づかされた、という読者の声がSNS上で上がっていたりしました。例えば「嫌ではないけど不安なんだよね」という気持ちを言葉で説明するのにも、知識が必要です。不安な感情の正体を、知識が足りないがゆえにうまく言語化できないという女性も多いのかなと思いますね。

例えば妊娠とか、そういった言葉を口にしたら引かれるんじゃないか、萎えられるんじゃないかって気にしてしまったり。そうやって言いよどんでしまって、自分の気持ちを言えないままでいると、傷つくのは誰なのか? ということは考えてみてもいいと思います。かといって、はっきりと伝えることによって相手に誤解されたり、変に怒りを買ってしまうこともあるので、伝え方は難しいですよね。100%の解決策はなくて、じゃ、どうすればいいの? と思うんですけど、結局そこから考えつづけていくしかないように思います。考えるためにも、とにかく知識が必要なんですよね。

マンガ家・瀧波ユカリさん

搾取の対象にならないために、いい意味で自己中心的に生きるべき

――人間関係において、お互いに尊重し合う関係が正しいと知りつつも、実際にはへりくだったり自分を卑下したり。自分が尊重されていない状態を許容してしまっている様子が描かれているのも、読者の共感を呼んでいる要因のひとつだと思います。そんな悩みのある読者に向けて、アドバイスをいただけますか?

みんな、今も昔も変わらずまじめすぎると思うんですよね。人を傷つけることに対してすごく慎重。優しくて礼儀正しくて間違いがないことがいちばんいいと思っていると思うし、実際それで生きやすくなる部分はあるのですが、でも一方で、優しくてまじめでおとなしくて聞き分けがいい人は、必ず搾取の対象になります。なので、もっと自分勝手になっていいと思うんです。自分勝手になってほしいし、自分を傷つけるやつは許さない!という気持ちで生きないと、必ず搾取されてしまいます。

例えば優しい人を見つけたと思って結婚しても、子どもを産んだらモラハラっぽく豹変してしまって家事育児全部ワンオペ、挙句、部屋が汚いと文句を言われるみたいなことがありますが、自分が搾取されることをよしとしてしまうと、そういうこともあり得るわけです。

自分が優しい人間でいなきゃ、といったぼんやりした理想は捨てたほうがいいと思っています。優しさの多くは、誰かにとって都合のいいものを指している場合がほとんどなので、そういうのはすべて手放しましょう。自己中心的なのは悪いことと言われがちですが、自己中心的でいいと思います。そもそも、日本人の女の子の自己中心なんて、たかが知れてると思うんですよね(笑)。ラーメン屋さんの行列にはきちんと並ぶだろうし、道にゴミを捨てたりしないだろうし、店員さんにきちんとお礼を言えるだろうし…。いい自己中心的というのは、自分が嫌だと思うことや、尊重されていないと思うことに対して「ノー」を言えることだと思います。なんでもかんでも受け入れず、ちゃんと自分基準を持つことを大切にしてほしいですね。

――自己主張をするのは難しい、と感じている読者が、まずできることは何かありますか?

みなみのように鍵垢を作って、ムカついたことを全部言語化するのがおすすめです! 会社でいつも私ばっかり仕事を押し付けられるとか、ずっと聞き役で、友達の恋愛のどうしようもない話を2時間聞かされるとか、彼氏に「お前」って呼び方をされる、とかなんでもいいんです。人間関係において、自分が搾取されている、損している、なんかモヤッとする、そんなことを全部言葉にするんです。そうすると自分が何に怒っていて、何に傷ついているのかが認識できます。

自分の話を自分で聞いてあげて、自分に目を向けてあげる。そうやって自分を大切にする癖をつけてほしいですね。そうやって記録に残しておくと、同じことが起きたときの対策が見えてきたり、そもそもそれを未然に防ぐ(避ける)ことができたりするので、ぜひ鍵垢を作ってみてください。いろんな気づきがあるはずですよ。

マンガ家・瀧波ユカリさん

取材・文/灰岡美紗 撮影/花盛友里 企画・編集/木村美紀(yoi)