母親と温泉旅館にやってきた三姉妹が繰り広げる壮絶なケンカを、ユーモアたっぷりに描いた映画『お母さんが一緒』。母親の期待に応えようとまじめに生きてきた長女を演じた江口のりこさんに、イラっとするけど愛おしい、母と娘の不思議な関係について伺いました。

江口のりこ

俳優

江口のりこ

1980年生まれ、兵庫県出身。2000年に劇団「東京乾電池」に入団。映画『金融破滅ニッポン 桃源郷の人々』(2002)で映画デビュー。『事故物件 恐い間取り』(2020)では、第44回日本アカデミー賞優秀助演女優賞を受賞。ドラマ『SUPER RICH』(2021)、『ソロ活女子のススメ』シリーズでは主演を務めるなど、多くの人気ドラマ、CM に出演している。

『お母さんが一緒』STORY
深い山々に囲まれた温泉旅館。親孝行と称して母親を温泉旅行に連れてきた三姉妹は、「母親みたいな人生を送りたくない」という共通の思いを抱えていた。長女の弥生(江口のりこ)は、美人姉妹と言われる妹たちにコンプレックスを抱き、次女の愛美(内田慈)は優等生の長女と比べられてきたことを恨み、そんな姉二人を三女の清美(古川琴音)は冷めた目で観察している。旅の道中から母への不満が絶えない3人の会話は、いつしかお互いを罵り合う激しいバトルへと発展。そこに三女がサプライズで呼び寄せた恋人・タカヒロ(青山フォール勝ち)が現れ、物語は思わぬ方向へ──。

お母さんのことが大好きで、大嫌いでもあるという矛盾

お母さんが一緒 江口のりこ 橋口亮輔 映画-1

──江口さんが演じた弥生は、地元を離れ、東京で雑誌の編集者としてバリバリ働く40歳の女性です。共感を覚えた点はありましたか?

江口さん 年齢も独身という状況もそうだし、妹に対して「お母さんにこうしてあげたほうがいいよ」みたいに言っちゃうところも似ているなと思います。ひとつだけ違うのは、母親から結婚を急かされていないところ。私は特に何も言われず、自由にやらせてもらっているので、その違いはありましたね。

──弥生は母親の期待に応えようと、勉強も仕事も必死で努力を重ねてきた人です。誰よりも母親に認めてもらいたいと願っていますが、結婚すること、孫の顔を見せることがかなわずに葛藤を抱えています。

江口さん 一生懸命な人ですよね。お母さんに褒められたいと思って言われた通りに生きてきたのに、いつまでたっても認められないのは相当しんどいと思います。

弥生には、お母さんのことが大好きで、大嫌いでもあるという矛盾がある。だから「お母さんを喜ばせたい」と思う一方で、「お母さんのような人生を送りたくない」と思ってしまうという。関係が近いほど、どうしたってそういう感情は生まれますよね。

子どもの頃は、母に構ってほしかった

お母さんが一緒 江口のりこ 橋口亮輔 映画-2

──yoiの読者には、親から「結婚したほうがいい」といった伝統的な価値観を押しつけられることが“しんどい”という人もいます。江口さんは、親子関係でそういった価値観の違いに直面したことはありますか?

江口さん ないなあ……何もないです。子どもの頃に「早く寝なさい」とか「早くお風呂に入りなさい」とか言われ続けたくらいで、それこそ「結婚は?」と聞かれたこともないです。劇団に入っているとまわりも変わった人ばっかりだし、結婚していない人も多いせいか、“30歳前後で結婚に焦る”みたいな気持ちの変化もなかったですね。

むしろ子どもの頃は、「心配してほしい」とか、「構ってほしい」とか、「自分の話を一番に聞いてほしい」とか、そういうことばかり思っていました。自立して大人になってからは、その気持ちもなくなりましたけどね。

──では、反抗期は?

江口さん 遅かったんです。30代後半になってからきました。特に子ども扱いされることに対してイラッとしていましたね。一番反抗したくなったのは、たけのこご飯を作った話をしたら「あら、偉いね〜」と言われたとき。たけのこご飯を作っただけで褒められるって、なんか嫌やなと思って(笑)。

いつの間にか44歳。大人になれていない自分を感じます

お母さんが一緒 江口のりこ 橋口亮輔 映画-3

──その感情はどう処理したんですか?

江口さん もちろん、ぶつけたりはしなかったです。母も悪気があるわけじゃないですし。私は私で、「なんでこんなことでイラッとしてるんだろう?」と思ったり。

でも友達に「お母さんといると、なんでかイラッとするときあるよね」と話したら、「わかる、わかる」と言っていて。みんなが持っている感情なんだと思ったんです。不思議ですよね。嫌いでもなんでもないのに、なぜか一緒に時間を過ごしているとイラッとしちゃうみたいな。

──もしかすると、お母さまからかけられた「偉いね」という言葉は、江口さんが子どもの頃に欲しかったものだったのかもしれませんね。

江口さん そうかもしれない。「今さら何を!」って思ったのかも。それと同時に、私もいつの間にか44歳で、いわゆる“大人”ですけど、大人になれていない自分をすごく感じるわけですよ。だから余計に痛いところをつかれた気がして、怒ってしまったのかもしれません。

照れ屋な母は、明るくて強い人

お母さんが一緒 江口のりこ 橋口亮輔 映画-4

──“大人になれていない自分”とは?

江口さん 自分の好きなことばっかりやっているところとか。子育てしている姉なんかを見ていると、自分の時間は子どものための時間だったりして、誰かのために生きていたりするわけです。すごいなと思いますよ。私は全部自分のためにやってますから(笑)。

──自分のため、というのも素晴らしいことだと思います。ちなみに、江口さんのお母さまはどんな方ですか?

江口さん 明るくて強い人です。近くで見ていて「大丈夫? 傷ついてない?」と思うようなことがあっても、全然平気。楽天的なんです。私はどちらかというと、わがままなところがお父さんに似ている気がして、お母さんに似ればよかったなと思うことはありますね。

お互い照れ屋なんで、普段はしょうもない話しかしないですけど、お母さんのことは好きです。

お母さんが一緒 江口のりこ 橋口亮輔 映画-5

『お母さんが一緒』
原作・脚本:ペヤンヌマキ 監督・脚色:橋口亮輔
出演:江口のりこ 内田慈 古川琴音 青山フォール勝ち(ネルソンズ)
2024年7月12日(金)より新宿ピカデリーほか全国公開
https://www.okaasan-movie.com/

撮影/垂水佳菜 ヘア&メイク/草場妙子 スタイリスト/清水奈緒美 取材・文/松山梢 構成/国分美由紀