食べると消えてしまう食に正面から対峙し、味を書き残していくことをライフワークにしているフードエッセイストの平野紗季子さん。インタビュー後編は、好きを原動力に生きていくために必要な意識の持ち方を教えてもらいました。

平野紗季子
平野紗季子

フードエッセイスト、フードディレクター。小学生から食日記をつけ続け、大学在学中に日々の食生活を綴ったブログが話題となり文筆活動をスタート。雑誌・文芸誌等で多数連載を持つほか、ラジオ/podcast番組「味な副音声」(J-WAVE)のパーソナリティや菓子ブランド「(NO) RAISIN SANDWICH」の代表を務めるなど、食を中心とした活動は多岐にわたる。著書に『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)、『味な店 完全版』(マガジンハウス)など。

食を通じて世界を理解していくということ

平野紗季子 インタビュー

——小学生の頃から食日記を書き始め、今はフードエッセイストとして活躍されています。好きなことを仕事にし続けていくのは、喜びもつらさもあるのではないでしょうか。


平野さん:文筆業を始めたのとほぼ同じタイミングで会社に就職したので、ダブルワーク的なつらさは存分にありました。エッセイストとしても社会人としても一年目だったのでどちらの仕事も慣れないことばかりで、自分は間違った選択をしているのではないかと思うこともありました。


でも、好きなことや、やりたいことをしていても、その過程で絶対に嫌なことって発生しますよね。楽しいことだけしかない仕事なんてまずないはずです。好きなことをしながら嫌なことに向き合うのと、興味ないことをしながら嫌なことに向き合うのでは、前者のほうが負担が少ないなと思います。だから好きなことを仕事にするからこそのつらさ、というのはあまり感じないタイプかもしれません。


今は、お菓子のブランドの会社を作って代表業もしているので、新しい味わいの大変さに直面することも増えました。社員もいるので責任の重みも感じますし。とはいえ、自分がやりたくて始めたのだ、このお菓子が好きだからたくさんの人に届けたいのだ、というモチベーションに支えられています。

平野紗季子 フードエッセイスト

平野さん:私は基本的に、自然と次にやりたいことが出てくるタイプなんです。年表を作るかのごとく、◯歳になったらこんなことをするという人生プランを決め込む方もいて、それもかっこいいなと思うのですが、目標に向かって邁進する人生はなかなかハードモードになっちゃう気がして、私には向いてないなと思います。

お菓子のブランド「(NO) RAISIN SANDWICH」を作ったのも、お菓子屋さんになりたい!と思って始めたわけではなく、自分が食べてみたいけどこの世に存在しないお菓子を自分の好きなパティシエさんに作ってもらいたかったから。せっかく作ってもらうならほかの人にも共有したい。でもいつまでも部活や趣味みたいな感じだと続けられないな、と気づいて、続けるために会社化するか……みたいな流れで社長になりました。気がついたらお菓子屋さんになっていた感じです。

平野紗季子 (NO) RAISIN SANDWICH

「レーズンは嫌いだけれどレーズンサンドを食べてみたい」という平野紗季子さんの願いから生まれたスイーツブランド「(NO) RAISIN SANDWICH」。「Equal」、「PATH」オーナーパティシエの後藤裕一さんと、アートディレクター田部井美奈さんを迎え2018年にスタート。

——「ビリヤニは風」、「菓子からしたら私はゴジラ」といったように、平野さんから生み出される文章は独特かつ、味が立体的に想像できる唯一無二のものですね。


平野さん:ありがとうございます。個性的な表現を目指しているわけでは決してなく、食べた味を思い出せなくなっちゃうのが悲しいんです。シフォンケーキもはんぺんも「ふわふわ」と表現することが多いですが、同じ「ふわふわ」の枠に入れてしまうと全部一緒になってしまう。

書くことは、口に入れたら消えていってしまう食に対して、それがどんなものであったのか覚えておくためにラベルを貼っていく作業に近いんです。
だから自然とキャラ立ちするような言葉で綴るようになっていきました。

平野紗季子 紅茶

平野さんは大の紅茶好き。静岡県沼津市にて紅茶を中心とした茶葉の卸販売と教室を行う紅茶屋「teteria」大西進さんとは平野さんのPodcast「味な副音声」で紅茶談義を交わしたり、イベントを開催することも。

——味の記憶にラベルを貼っていくという作業は、ご著書で書かれている「世界を理解したい。そのための手段が食べ物だったのだ」と近い感覚でしょうか。


平野さん:そうですね。以前、この本を読んでくださったとあるアーティストの方に「平野さんは創造性をもって食事をしている」と言っていただいたことがあったんです。「食べることって消費だけではなく創造性をともなう行為であって、平野さんは食を通して世界を理解しようとしているんじゃないか」って。その言葉はとても嬉しかったですね。

誰しもがそれぞれの視点から世界を見ていると思いますが、固定観念や既存の事実からではなく、自分の内側からものごとを理解できたときのうれしさは特別なものがあるなあと思います。それを私は食を通じてやっているのかもしれません。たこやきひとつとっても、「これって出汁のシュークリームなのかも」と気づいたとき、自分なりに腑に落ちて、ぱあっと明るい心地になる。またひとつ世界のことがわかった、というような気持ちになるんです。

一人で食事をすると、食への解像度が上がる

平野紗季子 ポートレート

——「ひとり食べ」が好きだと公言されていますが、チェーン店から予約の取れない名店までさまざまなお店に足を運んでいらっしゃいますね。


平野さん:流行っているとか、予約が取れないとか、外からの評価はあまり関係なくって、自分が食べたいかどうかを大切にしています。コンビニのごはんに癒される日も、レストランの職人技に刮目する日も等しく愛おしい。今日もこの取材場所に来るまでの道すがら「モスバーガー」を食べたいという気持ちでいっぱいで。取材が終わったら真っ先にモスバーガーに寄って「海鮮かきあげバーガー」を食べてから帰るかもしれません(笑)。

一人での食事の場合、料理の物語にどっぷりと浸れるのもうれしいです。二度とない今を逃すものか、と真剣勝負な気分になったりもします。もちろん何も考えずに、ただただ癒される食事も好きなんですけどね。

一人でお店に行くのが苦手な方は、思い切ってカウンター席に座るのがいいですよ。そこでシェフの行動をずっと観察するんです。「あ、卵を割ったぞ」「肉の上下を返すぞ」みたいに頭の中で実況中継をしていると、手持ち無沙汰にならないですし、食べものがより一層おいしく感じられます。

撮影/中村力也 取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子