2024年10月に、新著『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』を出版した犬山紙子さん。コンプレックスやSNS、ダイエット、性教育など、現代の女の子を取り巻く問題を提起しながら、女の子を守るためにできることを専門家とともに考えています。インタビュー前編では、完成に2年を要したという本書に込めた想いを聞きました。

犬山紙子 女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから

犬山紙子

エッセイスト

犬山紙子

1981年生まれ、大阪府出身。ファッション誌の編集者を、母親の介護のために離職。2011年にブログ本『負け美女』(マガジンハウス)を出版し、人気エッセイストに。近著に『私、子ども欲しいかもしれない。』(平凡社)、『すべての夫婦には問題があり、すべての問題には解決策がある』(扶桑社)など。TVコメンテーター、ラジオパーソナリティとしても活躍。2018年には、児童虐待問題の解決に取り組む「こどものいのちはこどものもの」を立ち上げる。プライベートでは、2014年に劔樹人氏との結婚を発表し、2017年に女児を出産。

自分の不安を解消させたいという気持ちで、書きはじめた一冊

犬山紙子 女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから ポートレート

——まずは、『女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから』を書こうと思ったきっかけを教えてください。
 
犬山さん:7年前に娘を産んだとき、「可愛いすぎる! この子は絶対に私が守る!」という愛情とうれしさが込み上げるのと同時に、この社会で女の子を育てるのか…という不安を感じたんです。その理由は、私自身が女性として日本の社会で生きていく中で、理不尽な痛みを感じてきたから。
 
私は通学時に痴漢被害に苦しめられ、それ以外にも性的な心の傷を抱えながら生きてきました。それから20年ほど経った今も、最近のデータで5人に1人が痴漢の被害に遭っていることが明らかになっています。
 
さらにSNSでは、美の多様性を謳う人もいれば、逆にルッキズムがむしろ強化されているような投稿も多数見受けられる。私が学生の時代にはなかったルックスにまつわるワードも増えていたりして、またさらに細分化された美の基準が生まれてしまっているように感じます。
 
親として、それらすべてから娘を守りきるのは無理だとしても、渡せる知識があるんじゃないか。そう感じ、専門家の人に話を聞いて、一冊の本にまとめようと思いつきました。娘を守るためでもあるけれど、自分の不安を解消させたいという気持ちも大きかったですね。
 
——本書で取り上げている、女の子を取り巻く問題は、インターネット上のアンケートで寄せられた悩みや不安がベースになっていますね。なかでも多くの人が悩んでいるのは、どんな事柄でしたか?
 
犬山さん:アンケート調査で「女性としてこれまで生きてきてつらかったこと」と「女の子を育てるうえで不安なこと」の両方を聞いたところ、最も多かったのは、性被害にまつわる痛みや不安でした。次に多かったのは、見た目のコンプレックスや、胸が小さいと指摘された経験など、ルッキズムにまつわる悩み。どの解答からも、本人が傷ついてきて、だから子どもにも同じ思いをさせたくない、という強い気持ちを感じました。

子どもを守りたいという気持ちは、あの頃の自分を守りたい気持ちとつながっている

犬山紙子 女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから 横顔

——本書は、社会学者の上野千鶴子さん、臨床心理士のみたらし加奈さん、タレントのSHELLYさんなど、さまざまな分野で活躍する方々との対談形式で構成されています。対談のお相手は、どのような視点で選ばれましたか? 
 
犬山さん担当編集さんと相談しながら、「この方のお話ってすごく信頼できるよね」「この方のお話がもっと聞きたいね」などと話題に上がった方にお声がけさせていただきました。私から直接オファーさせていただいた方もいらっしゃって、その一人が、プラスサイズモデルとして活躍する吉野なおさん。吉野さんがSNSに投稿していた、摂食障害だった頃の写真と今の写真を並べたビフォーアフターを見てファンになったんです。
 
——本書は、女の子が直面するさまざまな問題を8章に分けて取り上げています。読みはじめる前は、ひとつの章に一人の専門家の方を立ててお話していくのかな…?と思ったのですが、実際は一人の方は章をまたいで複数のトピックについて回答するという、シームレスな構成が新鮮でした。この構成は、最初から決めていたのでしょうか? 
 
犬山さん:最初は、この方にはこのトピックを聞こう、とテーマごとに回答していただく専門家の方を定めていたんですけど、結局ジェンダーについて語るとルッキズムの話になったり、性教育について語るとインターネットとのつき合い方の話になったり、すべての問題がつながっていった。この方のこの意見はここに入れられるな、という感じで、パズルのように組み替えていった結果、シームレスな構成になりました。
 
——本当に、さまざまな問題が複雑に絡み合っていますよね。対談した方の言葉で、特に印象に残っていることを教えていただけますか?
 
犬山さん:本当にたくさんあるんですけど…上野千鶴子さんの、「父親の前で母親がどんな妻でいるかを、子どもは見て育つ」という言葉を聞いたときは、特にハッとしました。「あからさまに父親を立てたり、父親の言う通りに行動したりすると、子どもが見て学習してしまう」といった内容で、私の些細な行動が娘のロールモデルになっているんだ!と気が引き締まりました。
 
また、上野さんが「今もジェンダーギャップが解消されていないことを、本当に申し訳ないと思う。けれども、ここまで先人たちが頑張って築いてきたものもたくさんある」ともおっしゃっていて、その通りだな!と。実際、私が子どもの頃と比べてハラスメントに対する意識は高まっているし、性行為の同意年齢が13歳から16歳に引き上げられるなど、子どもを守るために法律も変化していますよね。先人たちが、私たちを守ろうとしてくれていたことが伝わってきて、涙が止まらなかった。
 
上野さんの取材に限らず、本書の取材後は毎回と言っていいほど、私も担当編集さんも泣いていました。娘のことが不安で聞いているにもかかわらず、少女だった自分が、お話してくださった皆さんの言葉で励まされる感覚があって。子どもを守りたいという気持ちは、あの頃の自分を守りたい気持ちとつながっているのだと気づきました。

不安だけでなく、希望を。傷ついた心のためにできること

犬山紙子 女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから 会話

——本書を読みながら、「こんな経験したな」「こう言われて傷ついたことあったな」と過去の記憶が次々と蘇り、時にはつらく感じる方もいらっしゃるのではないでしょうか。
 
犬山さん:読者の方からも、同様の声がたくさん届きました。私は、特に性被害のパートを書くのがつらかったです。傷ついた心に自ら蓋をしていましたが、もちろん自然治癒するはずはなく、膿んだような心の状態に大人になってから気づいて。カウンセリングに通ったものの、癒えるまでに、すごく時間がかかりました。
 
あのとき「あなたは何も悪くないんだよ」と言ってもらい、適切なケアを受けられていたら、どんなによかっただろう。心がつらくなったときの対処のしかたや、頼れるプロの存在を知っていたら…など、さまざまな思いが駆け巡りました。
 
そんな自分の経験から、心の回復力「レジリエンス」を育てるための方法は、必ず入れたいと思っていました。どんなに対策しても、親の力で子どもを守りきることは不可能だから。子どもが傷ついてしまったとき、心の回復を親がサポートするためにはどういったことができるのか、専門家の方に聞けて心が軽くなりました。
 
——専門家の方々による、子どもを守るための解決策や対策がしっかり明記されているため、つらさの先に希望を感じられました。
 
犬山さん:希望をセットで伝えることは、すごく意識しました。「こういう心配事があるから気をつけるべきだ」と不安を煽るだけではなく、それらに対して、どういうアクションが取れるのか、そして、どういった声掛けでよくしていけるのか、といった答えをすべてのトピックに出しています。いずれ娘に、彼女が直面する可能性のある心配事を伝えるときにも、希望があることは必ず伝えたいです。

ひとつひとつの行動が、子どもたちの未来を変える

犬山紙子 女の子に生まれたこと、後悔してほしくないから 全身

——犬山さん、そして専門家の方々の「こうやって育てられたかった」「こんな大人がまわりにいてくれたら」が詰まった言葉を読みながら、親だけではなく、大人たちが一丸となって子どもを守らなければいけないと再認識しました。子どもを持つ人も、持たない人も、社会の子どもを守るためにどんな意識を持ち、行動するべきでしょうか?
 
犬山さん今ある問題のすべてに対して声を上げろ!とは言いたくないんです。自分自身の安全性すら確保されていないのに、「変えたいなら行動しろ」と言われたら、私だって「なんて無責任な!」って思いますから。一番に優先するべきは、自分を守ること。その次に、無理のない範囲で行動できたらいいですよね。

例えば、差別的な発言をしている人がいて、この人になら言えそうだな、と思ったら指摘してみるとか、電車でつらそうにしている学生がいたら、近くに立ってあげるとか。友達との会話で『虎に翼』などの優れた作品を話題に上げるでもいいと思います。そういった行動のひとつひとつが、将来、必ず大きな変化につながるはずです。

撮影/浜村菜月 取材・文/中西彩乃 企画・構成/木村美紀(yoi)