「『好きになる』『つきあう』など、普段から何気なく使っている言葉で、私たちは他人とわかり合えているのだろうか」と問いかける、詩人の向坂くじらさん。詩を作ること、読むこと、そして言葉について、思いをめぐらせることの先にあるものを伺いました。

向坂くじら 詩人

向坂くじら
向坂くじら

詩人。1994年、愛知県名古屋市生まれ。2016年、Gtクマガイユウヤとのポエトリーリーディング×エレキギターユニット「Anti-Trench」を結成、ライブを中心に活動をおこなう。主な著書に詩集『とても小さな理解のための』、エッセイ『夫婦間における愛の適温』『犬ではないと言われた犬』(百万年書房)など。2024年、初小説『いなくなくならなくならないで』が第171回芥川龍之介賞候補となる。執筆活動に加え、小学生から高校生までを対象とした私塾「国語教室ことぱ舎」の運営をおこなう。

詩は余白が多い言語芸術

向坂くじら 詩人 インタビュー

——向坂さんが、言葉を使った創作表現を始めたきっかけを教えてください。

向坂さん:絵本をいつから読むようになったのかはあまり記憶にないのですが、絵本を読む延長線で物語を書くようになりました。そのときから書くことへのハードルはあまり感じていなかった記憶があります。

その後、高校生くらいまでは小説を書いていたんですが、受験勉強で時間がなくなり、そこから「短い」という理由で短歌をはじめました。

でも、型が決まっている短歌はあまり自分には合わなくて、詩の創作に向かいました。自由に言葉を組み立てるほうが面白く感じたのかもしれません。詩に本格的に向き合ったのは20歳になってからです。

——詩や小説の創作と並行して、自宅で子どもたちに国語を教えたり、フリースクールなどで詩を書いたり読んだりしながら言葉の表現に触れられるワークショップも開催されていらっしゃいます。これらの活動で見えてきたことはありますか?

向坂さん:「教える」という行為は緊張します。特にワークショップなどで初めての方たちに教える際は、彼らの前情報があまりないこともあり、コミュニケーションをどのようにとったらいいか悩むこともあります。

でも、「なんでもいいから書いてみて」と筆記用具を渡すと、皆さんすごくいい詩を書くんですよ。そこらへんの大人よりも面白い(笑)。世間一般でいわれていることや、よくあるイメージみたいなものを通過していないであろう言葉が登場するので、たくさんの発見があります。

詩は答えのない表現といわれることもありますが、答えがないというよりは余白の多い言語芸術だと思っています。書き手は読み手に解釈をゆだねることになりますし、そのことで自分自身の表現の新たな可能性に気づくことも。これらの経験によって、他人とのコミュニケーションのとり方にもかかわってくる気がします。

教えることはしんどいし、面倒だと思うこともありますが、ただ生きているだけでは会えない人たちに会えますし、さらに刺激をもらえるので、続けていてよかったと感じます。

向坂くじら 詩人 ポートレート

詩を読むことで社会に置かれている自分を捉え直す

——学校に行けない子たちだけでなく、生きづらさを感じている現代の女性たちも、詩を読んだり書いたりすることで、心に作用することはあると思いますか?

向坂さん:もちろんあると思います。昨今、詩というと「ポエム」と言われてやや馬鹿にされている風潮があるようにも感じますが、そういう世間のイメージや思い込みは一度取っ払って、アメリカの現代女性の詩などをぜひ読んでみてもらいたいです。

個人の心を癒すといったケア的な側面をこえて、社会の中の私というものを捉え直すこともできると思います。日本とは違う、社会に対するアクションのとり方を知ることもできます。おすすめは『現代アメリカ女性詩集』(思潮社)です。

——今の日本において、なぜ詩を嘲笑するような風潮が見られるのでしょうか?

向坂さん:詩が自己表現のためのものだと思われがちだということも理由のひとつにあるかもしれません。小説は、物語という新しい何かを創り出している感じがあるけれど、詩は自分の気持ちを書いているだけなんでしょう、と思われているのかも……。

詩が自己表現のためであってもいいのですが、そうでなくてもいい。そこがうまく伝わっていない歯痒さも感じています。

向坂くじら 詩人 ことぱの観察

世界から問われていることに詩を通じて答える

——向坂さんにとって、詩を書くことと、新刊『ことぱの観察』で試みた言葉の定義について考えることは似ていますか? それともまったく異なることだと感じていらっしゃいますか。

向坂さん:前述したように詩は答えがないといわれることが多いんですが、私にとって、詩はひとつの答えなんですね。「世界に問われていることに、私が答える」という感覚に近いと思います。

言葉の定義について考えることは、現世にある思考の筋道を踏んでいく一方、詩が通る筋道はこの世のものではなくていいと考えているんです。「答えを導き出すための途中式は書かなくてもよくて、答えだけがあればいい」というと、わかりやすいでしょうか。

詩を書くことも定義について考えることも両方答えることではあるけれども、違う領域で答えているイメージです。

『ことぱの観察』 向坂くじら/著 1,980円 NHK出版

『ことぱの観察』 向坂くじら/著 ¥1980(NHK出版) 

文芸の世界で最も注目を集める作家・向坂くじらが挑んだ、言葉の定義をめぐるエッセイ集。自身の考える言葉の定義を「ことぱ」と名づけ、さまざまな「ことぱ」を観察。他人や自分自身、そのあいだにある関係を観察した日々の、試行錯誤の記録。

撮影/松本直也 取材・文/高田真莉絵 構成/渋谷香菜子