「yoi」の人気連載「SELF-CARE RELAY」では、今、気になる“あの人”に、リレー形式でバッグの中のセルフケアの愛用品をご紹介いただきます。前回の『opnner(オプナー)』デザイナー岩谷香穂さんからバトンを受け取ったのは、歌人の伊藤 紺さん。前編では、「歌人」という仕事についてや、いい短歌を生み出すためにも欠かせないという、メンタルヘルスとの向き合い方についてお話を伺いました!

Vol.14 歌人・伊藤 紺さん

歌人 伊藤紺さん デスク前 笑顔 

伊藤 紺

歌人

伊藤 紺

1993年生まれ。著書に歌集『肌に流れる透明な気持ち』、『満ちる腕』(いずれも短歌研究社)。ミニ歌集『hologram』(CPCenter)など。グラフィックデザイナー・脇田あすかとの展示作品『Relay』や、OSAJIヘア&ボディケアシリーズ「Fall bouquet」等ブランドへの短歌制作、NEWoMan SHINJUKU「OPENING DAYS 2023SS」での特別展示「気づく」等、書籍刊行以外にも活動を広げる。

「短歌しかできることがない」と明るく笑う伊藤さんは、その器用ではない自分を認めるまでに、長い時間がかかったと言います。たくさん悩み、自分と向き合う中で、生活リズムを整え、体も心もできるだけいつも平穏でいられるよう、自身のケアを続けてきたようです。


Kon's Self-Care Rules

1. なるべく予定を減らす
2. 正直であること、切実であること

3. 小さな違和感を見逃さない


書く時間をたっぷり確保したいから、できるだけ予定は少なく

仕事中 歌人 伊藤紺さん

「日頃からできるだけ暇でいるよう心がけています。後に予定が入っていると、リミットを意識するからかうまく書けなくて。今までは、逆に締め切りがあることで書けることもあったのですが、日常的に書く、生きていたら書く、みたいな感覚になってからのほうが、断然調子がいいですね。最近は、短歌を作ることが、より生活になじんでいるような気がします。

散歩をしているときや、日常生活の中で思いついたフレーズ、映像のイメージなどを日頃からiPhoneのメモに残しておきます。人に話しても『?』となりそうな、そのときの空気とか感覚を記録しておくことが多いのかな。

短歌を書くようになったのは、大学4年生のとき。書き始めたばかりの頃は、短歌を書くことが自分の救いになっていた部分もあったように思います。当時日記をつけていたのですが、日記にだけは自分の本音を書くと決めていて。言いたかったけど言えなかったことや、悔しかったこと、うれしかったことなどを全部書いていました。それが短歌に移っていった部分はあるのかもしれません。作品にすることでそうした自分の気持ちを昇華できるようになったのかな。日記は人には絶対見せられないし、どこか後ろめたさもあったけど、短歌は作品として堂々と見せられる。日記よりずっと楽しかったですね」

伊藤紺さん キーボードを打つ

“明るいあきらめ”で、焦りも不安もなくなった

「短歌を始めた頃は、短歌で食べていきたいなんてまったく考えていなくて。大学卒業後は広告業界で働き始めたのですが、社風が合わず半年ほどで辞めてしまいました。その後、いったんフリーランスの書き手になってライター業などもしていたのですが、経験が足りず、かなり苦労しました。締め切りを守れないときもあり、まわりにも迷惑をかけていたし、毎日すごく無理をしていたように思います。

それから1年半くらい経って、思いきり体を壊しました。全身と顔に湿疹が出て、目も開けられないようになってしまって。そのとき、『このままじゃだめだ』と感じて、あふれていた仕事を整理させてもらいました。ちょうどこのくらいの頃から短歌のお仕事が来るようになって。短歌ももちろん経験不足でしたが、書けば相手にものすごく喜んでもらえるし、締め切りもなぜか守れることが多く、『自分はこっちなのかもしれない』と、時間をかけてですが、徐々に思うようになりました。

いろいろ挑戦したけれど、本当に短歌だけが残ったんですよね。私は上手にしゃべったり、文章をわかりやすくまとめたり、そういうことがすごく得意なわけではないと受け入れてからは、気がラクになりました。明るいあきらめというか。それまでは『こんなにダメでどうしよう』とか、『老後は何をしているんだろう』とか、焦りや不安ばかりがあったけれど、今は、『これさえやっておけば』じゃないけれど、短歌をはじめ自分の言葉と表現にきちんと向き合っていれば、日々の生活も、人生の使命みたいなものも、承認欲求も、全部クリアできる。本当にありがたい状況だと思っています。短歌しかないけれど、短歌があって本当によかったです」

年齢を重ねて、心と体が一致してきた

歌人 伊藤紺さん カーテン前 横顔

「あんまり堂々としているタイプではないので、体だけがうわずっているような感覚がずっとあって。例えば、周りの空気に合わせて、うれしくもないのに反射的に笑ってしまうとか、思ってもないことを言ってしまうとか...。短歌を書くときも、急に変な憧れが発動して、人の作風につられたりすることもありました。そうすると自分が書きたいことと、作風がちぐはぐだから、当然いいものはできないんですよね。

最近は、年齢を重ねてまわりのことが気にならなくなったせいか、心と体が一致してきたように感じます。憧れにつられることはほとんどなくなったし、書くときに言葉を選ぶのも速くなりました。でも、話し言葉はまだまだ時間がかかるし、内容も十分に伝えられていないと感じます。自分の心にもっと近い言葉で話せるようになるまでには、たぶんもっと時間がかかるんだろうなと思っています」

お酒、運動、サウナ…ストレスはちょこちょこ解消

「どんなに好きなことでも、やらなきゃと思うと、どうしてもストレスになってしまいます。だから、お酒を飲むとか、運動をするとか、サウナに行くとか、そのストレスを忘れるための努力をちょこちょするしかないんだなと思っていて。

ちょっと前までは、ジムにも通っていました。これまで運動というものを一切やってこなかったので、体を動かして、筋肉がちゃんとついて姿勢もよくなって…という自分の変化を初めて経験して、大感動。『今、私に必要な変化はこれだったんだ』と思いました。最近は家でトレーニングをしています。たいして鍛えているわけではないですが、自分にとってほどよい筋肉を維持できていることがうれしいです」

大事にするのは、正直さと切実さ

歌人 伊藤紺さん 本棚

「歌人だから、言葉のコミュニケーションが得意だろうと思われがちなのですが、全然そんなことないです。メールもSNSもむしろ苦手で、言いたいことはあるけれど『ちょうどいい言葉』が本当にわからない。SNSで何か投稿しようと文章を書いても、変なイメージや、誤解を与えそうだなと思うと大体消してしまいます。それを無理やりきれいな言葉に言い換えたところで、嘘っぽくなってしまうので。短歌くらい時間をかけて完璧に作り込まないと、誤解されそうで怖いんです。

文章で大事なのは、正直さと、切実さだと思っていて。この2つがそろっていたら、どんなに拙い恥ずかしい文章でも、いい文章になると思うんです。逆にそれがそろっていない自分の文章は、後々読み返して、嘘っぽいと思ってしまう。言葉って、本当に小さな違いで印象が変わるものです」

深刻になりそうなときは、「ネコちゃん」になってみる

「深刻に考えるモードに入ってしまうときがあって、一度そうなるとどんどん落ちていってしまうので、事前に食い止めるのが大事だと思っています。ちょっと怖い話なんですけど、たまに家で自分の名前に『ちゃん』づけしたり、『ネコちゃん』『赤ちゃん』などと呼んだりするんです(笑)。『紺ちゃん、ネコちゃんなのに、かわいそう!』みたいな。

そうすると、泣いているネコちゃんの自分を、『いやいや、すみませんね、うちの子が...』と、30歳の自分が迎えに来てくれる。それならまだそこまで深刻じゃないので大丈夫です。まずいのは、自分が迎えに来てくれないとき。それは本当に深刻な状態です。そうなる前に、笑いとか、何かしらの明るさで、そうしたモードを強制終了したほうがメンタルにはいいと思っています。そうはいっても、やっぱりときどき落ち込むことはあるし、メンタルのバランスを最高な状態で保つのは、簡単なことではないなと思っています」

嫌なことは、嫌でいい。自分の気持ちを見逃さないように

歌人 伊藤紺さん 横顔

「いつもへらへら笑っているので、あんまり気づかれないですが、些細なことで傷つくというか、落ち込むことはあります。特に対人関係では多いかもしれません。20代半ばの頃は外に飲みに行く機会も多く、たくさんの人に会っていたのですが、なかには当然合わない人もいたし、あとから『あの人のあの発言おそろしかったな…』と思うこともありました。みんなで撮った写真をSNSにばんばんあげられるのも違和感があって、『仲良くもないのに…』と嫌な気持ちになることもありました。

人からしたら、『そんな小さなこと気づかなかった』と思うようなことでも、自分がちょっと嫌だと感じたなら、その気持ちを逃さないほうがいいと思うんです。じゃないと、いつか自分の気持ちがわからなくなってしまいそうです。

今は、そのとき会いたい人だけ会えたらいいやと思っていて、どんなに好きな友達でも『今じゃないかな』と思ったら、距離を置くようにしています。でも、それでお別れというわけでは決してなく、また『会いたい』という時期は必ず巡ってくると思っています。今後、いろんな人と会ってみたい、話してみたいという時期も、また来るかもしれません」

後編では、伊藤さんのバッグの中身を拝見! 感受性豊かな伊藤さんならではの、自分を守り、気分を上げてくれるケアアイテムをご紹介いただきました!

撮影/長田果純 取材・文/秦レンナ