短歌ブームの中で、短歌を「読む」人も、「詠む(作る)」人も、じわじわと増えています。今回は歌人であり精神科医でもある田丸まひるさんに、短歌を読む/詠むこととメンタルヘルスの関係についてインタビュー。「言語化」という視点から、短歌を作ることによるメンタルヘルスへの影響についてもお話ししてくださいました。

歌人 田丸まひるさん 短歌

歌人・精神科医

田丸まひるさん

1983年、徳島県生まれ。精神科医として働きながら歌人としても活躍。歌集に『硝子のボレット』(書肆侃侃房)、『ピース降る』(書肆侃侃房)等。2023年に発売された労働短歌アンソロジー『うたわない女はいない』(中央公論新社)にも参加している。

きっと、自分の気持ちに寄り添ってくれる歌が見つかる

――短歌ブームが起こり、SNSに流れてくる歌や歌集を読む人が増えてきているようです。yoiの短歌ブームについての記事でも紀伊國屋書店員・梅﨑実奈さんが「短歌ブームと、『読んで心が癒やされること』は直結している」とお話されていたのですが、田丸さんはどのように思いますか?

田丸さん
:小説やエッセイもそうですが、自分以外の人の考えや作品に触れることは、思考の枠組みを広げてくれます。そうして世界が広がると、さまざまなことを「こんなこともあるよね」と考えられるようになるため、気持ちの安定につながるのではないか、と思います。

それに、短い文章は読みやすいので疲れているときにいいですね。わかりやすく励ましてくれる短歌も素敵ですし、一読してわからない作品もそれはそれで魅力的です。意味が固定されていない短歌だからこそ、自分の曖昧な気持ちに寄り添ってくれる、ということもあるでしょう。

なので、いろいろな短歌や歌集を読んで、自分に寄り添ってくれる作品を探してみるといいと思います。読む数が増えれば増えるほど、自分の支えになってくれる歌も増えると思いますから。

田丸まひるさん 短歌 花束

田丸まひる歌集『ピース降る』より

短歌を詠んでいると「心のセンサー」の性能がよくなっていく

――短歌を「読む」人だけではなく、「詠む」人も増えているように感じます。短歌を作ることも、メンタルヘルスによい影響があるのでしょうか。

田丸さん
:生きていると、楽しいことやうれしいこともあれば、ちょっとした違和感や悲しみ・寂しさを感じることもありますよね。そういうときに、その事実や心の動きを、短歌を使って言語化して適切に整理できると、自分の状況を客観的に見ることができ、気持ちを整える助けになるのではないか、とも思います。

短歌を作ることは、まず単純に、言語化の訓練になります。自分の気持ちや感情を整理して、きちんと相手に伝える……ということは意外と難しいことです。精神科医的な視点でお話しすると、カウンセリングに来るクライアントさんは自分の気持ちや困りごとを話すために来ています。そのとき、自分の伝えたいことがより伝わるように、感情を言語化できたほうが、きっと解決の近道になりますよね。

リアルタイムの会話には瞬発力も必要かもしれませんが、短歌は31文字に何時間何日かけてもいい。焦って言語化しなくていいんです。自分とゆっくり向き合って、言語化する、という練習を繰り返していれば、きっと言語化が得意になります。「ゆっくり時間をかけられる、言語化の練習」として、作歌はとても有意義だと思います。

また、短歌は31文字という短い文学なので、心のちょっとした動きに着目して作品を創ることが多いです。「もらったプレゼントのリボンが自分の好きな色だった」とか「相手の視線の動きが気になった」とか、細かいことを作品にするんです。なので、作歌を繰り返していると、心のセンサーみたいなものの性能がよくなると思います。

小さな物事がくっきりと捉えられるようになれば、悲しいことも鮮明になりますが、うれしいことも鮮明になります。きっと小さな幸せを感じやすくなるんじゃないかな、と。

――確かに、些細な幸福に気づきやすくなりそうです。でも、悲しいことも鮮明になってしまうんですね。

田丸さん
:そうなんです。「繊細になりすぎることの危険さ」には十分に気をつけてほしいと思います。私は精神科医という仕事をしているから、この点がより気になるのかもしれません。

短歌を作ることにハマっていく方は、そもそも「心のセンサー」の性能がよい方が多いです。そして、短歌を作り続けることでそのセンサーはどんどん磨かれていきます。これには両面性があるんです。「うれしいことが鮮明になり、幸せを感じやすくなる」といういい面があると同時に、「悲しいことも鮮明になり、感じやすくなる」。

センサーが強くなればなるほど、人の表情を読みすぎたり、相手の気持ちを想像しすぎたりしてしまうこともあります。つまり不安が強くなりやすく、落ち込みやすくなってしまうんです。なので、短歌を作りながら「自分は見えすぎてないだろうか」と注意しながら、短歌を作っていってほしいな、と精神科医として思います。センサーの性能がよくなりすぎてつらくなってきたら、しばらくお休みしてほしいです。

田丸まひるさん 短歌 夕陽

短歌&エッセイ単行本『うたわない女はいない』より

作品化のために感情を分解する作業で、自分の気持ちの核に気づけるかもしれない

――日記のような出来事や感情をそのまま書き出す言語化と、短歌という作品にする言語化にはどのような違いがあるのでしょうか。

田丸さんいちばん大きな差は、「作品として自分から切り離すことで、出来事や感情をより客観的に見られる」ことでしょうか。なにか心が揺れることが起きたとき、「悲しい」「悔しい」をありありとそのまま言語化すると、主観でいっぱいいっぱいになってしまって、よりつらくなることもあります。

でも、その感情を短歌にするときは、「どうすればうまく他の人に伝えられるか」「どうすればこの出来事・感情をより魅力的にパッケージングできるか」を考えるようになる。そうすると、その感情を自分から少し離れたものとして捉えられるんです。「短歌にする」ことが、自分と感情のあいだのクッションになってくれるのかもしれません。

特に、ネガティブな体験や思いについて「自分から切り離した作品として、客観的に見つめられる」ことは、メンタル的にも良いことだと思います。

また、短歌は31文字という短い文字数で最大限を伝えるために、自分の感じた「楽しい」「悲しい」「悔しい」というような感情を細かく分解して言語化していきます。その過程で、その気持ちの核はなにか、ということに気づくこともあるでしょう。

言葉を付け加えたり外したりして、作品としての完成度を高めていく中で、「もしかしてこういうことも感じてるのかも」と気づけたり、「もっと軽い言葉選びでもいいかも」なんて形で気持ちの整理がつくこともあるかもしれません。

――お話を聞いて、短歌を作ってみたいと感じた人も多いと思います。作歌のコツなどあれば教えてください。

田丸さん基本的には57577のリズムになっていればそれだけでOKだと私は思っています! 57577は、事実を伝えながら詩的な表現も搭載できるちょうどいい長さで、さらにリズムがあることで気持ちが乗りやすい。とても挑戦しやすいと思います。

最初は事実の切り取りだけでもよくて、「なんか言いたいことが57577の定型にハマったぞ!」くらいでいいと思います。慣れてきたら、詩としての表現、例えば比喩なんかも使ってみてほしいですね。

もし、本格的に短歌を作ってみたくなったら我妻俊樹さん、平岡直子さんの『起きられない朝のための短歌入門』という本がおすすめです。対談形式で読みやすい、短歌の作り方入門の本です。

田丸まひる作 短歌

田丸まひる歌集『新鋭短歌シリーズ14 硝子のボレット』より

田丸まひるさんおすすめの歌集

田丸さん:yoiの読者の方におすすめしたい歌集を4冊ご紹介します。それぞれの歌集に収録されているおすすめの短歌も1首、引用しますので、気になる歌があればぜひ歌集を手にとって見てください。

竹中優子『輪をつくる』¥2,420/KADOKAWA
30〜40歳世代の女性の生きる姿、小さな傷を作品にしている歌集です。

▶︎わたくしがへこんでいれば安心すると友は言いたり春は笑って

塚田千束『アスパラと潮騒』¥2,200/短歌研究社
働く女性の生き様が描かれています。母としての葛藤の歌も。

▶︎ほんとうはできることなどかぎられて みんなわたしの前を過ぎゆく

川野芽生『Lilith』¥2,200/書肆侃侃房
この歌集からは、言葉へ美しい爪を立てるような言葉選びのこだわりを感じます。

▶︎harassとは猟犬をけしかける声 その鹿がつかれはてて死ぬまで

睦月都『Dance with the invisibles』¥2,750/KADOKAWA
世界観と言葉選びが美しい作品です。女性同士の関係性についての歌もあります。

▶︎女の⼦を好きになつたのはいつ、と 水中でするお喋りの声

取材・文/東美希 企画・構成/木村美紀(yoi)