電車、街中、そしてスマホ。私たちの生活にあふれている広告という存在。男女の描き方に違和感を感じることはありませんか? ジェンダー目線で広告を分析している小林美香さんに、広告が私たちにかけてくる「圧」についてお話を伺いました。

小林美香
小林美香

写真研究家。大阪大学文学部卒業、京都工芸繊維大学大学院修了(博士)。国内外の各種学校や機関にて写真やジェンダー表象に関するレクチャー、ワークショップ、研修講座、展覧会を企画。雑誌やウェブメディアに寄稿するなど執筆や翻訳に取り組む。著書に『ジェンダー目線の広告観察』(現代書館 2023)がある。

電車に乗るだけで圧をかけてくる広告

全身脱毛 広告

——小林さんが広告に興味を持つようになったきっかけは?

小林さん:
学校などで写真やアートに関する講義を持っており、2010年代後半からメディアの中での女性表象に関心を持ちました。東京五輪関連のキャンペーンが増えた頃から広告観察をしています。

広告はアートとは異なり、こちらが意識して鑑賞しようと思っていなくても、目に入ってくる存在です。いわば望まなくても自動的かつ受動的に見させられているようなもの。そのような存在である広告が、私たちの考えや行動にどのような影響を与えるのか、興味を持つようになりました。

——XなどのSNSでも、ジェンダー目線で読み解いた広告分析を発信されています。このような発信を始めたきっかけを教えてください。

小林さん:私がSNSに発信するようになったのは、「女性なら、最低限脱毛くらいはしておかないといけないよ」と強圧的なメッセージを投げかける電車内の広告を目にしたとき、自分自身が違和感を感じたことがきっかけです。

そういう広告を見ていて不快な気持ちになるのはなぜなのかを分析したくて写真を撮影して分析するようになりました。

広告には、消費者としていちばん気になるであろう、どのようなサービスを行うかは描かれないまま、コンプレックスだけを煽り立てるような表現が多いと感じます。

——コンプレックスを煽るような広告にもトレンドはあるのでしょうか。

小林さん:東京五輪が行われる予定だった2019年から2020年にかけての広告は、「私らしさ」「自分らしさ」といった女性の自発性を尊重するように見える表現が増えていきました。東京五輪が「ジェンダー平等」「多様性との調和の推進」などを目標にしていたため、広告も「自分らしくいるためには」というメッセージを帯びてくるようになったのでしょう。

ただ、自己啓発めいたキャッチコピーを掲げようと、画一的な美しさの基準を押しつける姿勢は変わらないと感じます。

最近は美容整形の広告が増えてきている印象です。日本では2022年に成人年齢が20歳から18歳に引き下げられたため、10代を美容整形に誘導する動きが高まっている傾向にあるのは心配ですね。

男性をがんじがらめにする「男らしさ」の呪縛

男磨き界隈 広告

——女性だけでなく、男性がプレッシャーを感じる広告も多いように思います。

小林さん:
男性向けの広告は、容姿を整えることができる=モテる=仕事ができる、と強調しているものも多いと感じますね。スーツを着て、筋肉隆々で強そうに見える男性が起用されると、能力主義とルッキズムが強固に結びつきます。

「デキる男」像を男性の容姿や能力から規定する広告は、男性を「男らしさ」の呪縛でがんじがらめにしてしまうのです。

昨今ソーシャルメディア上で、「男磨き界隈」という言葉がよく使われるようになりました。「男磨き界隈」とは、「筋トレし、美容に気を遣わないとモテない。努力しないと仕事もできないし、使えない」と、同性同士で指摘し煽り合っているとも取れます。

もちろん体を鍛えることは健康にもつながるのでよい面もありますが、筋肉至上主義的になって弱さを否定するような意味を含んでしまうと、とても危険だと思います。脆弱では生きられないという偏った考え方にもつながりかねません。

また、こういったことを指摘し、さらなる呪縛をかけるのが、ホモソーシャルな関係の中で起きやすいということも気になります。このような関係の中で、女性は、男性が「つるむ」ための媒介として、エロティックなサポートをしたり、励ましをしたりしてくれる、ファンタジー的な存在として認識されることが多いです。

男性の間で絶えず競争に晒されて仕事をして、出世することにこそ価値があるという、ずっと変わらないステレオタイプを押し付けられ続けているのは、男性だってキツイはず。広告の圧に疑問を持ち、男性側も声を上げていってほしいです。

大切なのは、広告を観察し、自分なりに分析すること

——小林さんは、フラストレーションを感じる広告などをあえて見て、それらに対し自分の見方や考え方を表明することの大切さを提唱されています。それはなぜでしょうか。

小林さん:今の日本の法制度では、景品表示法に従って不当な表現は禁止されますが、コンプレックスを煽ることに対しては、規則を設けにくいというのが実情です。よって、煽られている状況で決断しなければいけない状況が今後も増えてきてしまうと思います。

広告を見てモヤモヤしたり、冷静になったりするプロセスがないまま行動してしまっては、広告の言いなりになってしまう。

大切なのは、広告を観察し、自分なりに分析すること。ひと呼吸おいて、問題はどこにあるのかを見つける習慣をつけてみてください。現状、広告をすべてシャットアウトするのは難しいからこそ、広告にどのような表現が使われていているのかを読み取る訓練をしましょう。

イラスト/Saki Morinaga 取材・文/高田茉莉絵