“極道芸人”として活動しているアイパー滝沢さんは、そのツッパった見た目に反し、「編み物」を長年の趣味にされているといいます。編み物の虜になった理由やその魅力、編み物がメンタルヘルスに与えるいい影響について、アイパーさんにお聞きしました。

生け花やスイーツ、さまざまな趣味を経てたどり着いた「編み物」

──アイパーさんはそもそも、どのようなきっかけで編み物を始めたんですか?
アイパーさん:アイパー滝沢公式のきっかけでいいですか? 俺、もともと刑務所に入ってたことがありまして。そのときに刑務作業で編み物自体はやってたんです。で、そのあとシャバに出てきて芸人になったときに、何か特技がほしいなと思って改めて始めたのがきっかけですね。ホゥ。
──というのはネタでしたよね。語尾の「ホゥ」も気になるところですが……実際のきっかけもよければ教えてください。
アイパーさん:こっちは非公式な話ですけど、いまから10年以上前、まったく仕事がなくて、5連休が月に5回くらいあったんですよ。こんなに暇なら何か「〇〇芸人」って呼べるような趣味があったほうがいいなと思って、いろいろ試してみたんです。
俺、見てのとおり外見が極道的な感じなので、真逆のことをやるほうが面白いなと思って。生け花とかスイーツとかいろいろ探した結果、編み物にたどり着いたんですよね。
もともとギターとかもやってたし、子どもの頃は図工のコンクールで入賞したこともあったので、手先はたぶん器用なんだろうなと自分でも思ってて。
──編み物を始めた当初は、どんなものを編んでいたんですか?
アイパーさん:最初は編み物のことをまったく知らなかったんで、まずはマフラーから挑戦してみたんですけど、あまりに進まないのですぐにやめました。こんなに時間かかるの?って驚いて。
で、もうちょっと調べてみたら、「かぎ針編み」っていうのがあると知ったんです。編み物って棒を2本使って編んでいくイメージがあったけど、かぎ針なら1本で編めるらしいぞと。
それですぐにかぎ針編みに切り替えて、最初は丸いコースターみたいなやつを編みました。 そこからちょっとずつ、本とかYouTubeの動画なんかを見ながら編み方を勉強して、棒針編みにも慣れていって。気づいたらいろいろ編めるようになってたって感じですね、ホゥ。
編んだものをプレゼントする相手のことをつい考えてしまう

──アイパーさんは、編み物の魅力ってズバリどこにあると思いますか?
アイパーさん:よく言いますけど、やっぱり編み物をしてる時間って編み物のことだけ考えていられるし、没頭できるのが楽しいんですよね。あと、編んだものを誰かにプレゼントする予定があるときは、編んでる間ずっとその人のことを考えられるのもけっこうよくて。
例えば俺だと、お世話になってるNON STYLEの石田さんにネクタイを編んだことがあるんです。石田さんって衣装が全身白だから、それに合わせて白いネクタイをプレゼントしようと思って。……で、編んでる時間ってやっぱり、ずっと石田さんのことを考えてるんですよ。
渡したらどんな反応してくれるかなとか、前にこんなところ連れて行ってもらったなとか。俺、石田さんに恋してんのかなって思うくらい(笑)。
──時間がかかるからこそ、編んだものをプレゼントする相手のことを考える機会にもなると。とても素敵だと思います。
アイパーさん:まあ、お世話になった人とか好きな人のことを考えながら編むのは、すごく健康的だなって思いますよね。
そういえば……俺、中学生くらいのときに、同級生の女の子から手編みのマフラーをもらったことがあるんです。でも俺、古い人間なんで、手編みなんてちょっと怖いなってそのときは思っちゃって。いま思うと、どれだけ失礼だったんだろうって思いますよ。
その子もたぶん、俺のことを考えながら編んでくれたんでしょうから。だから、万一これを読んでたらほんとに謝りたいです、その子に(笑)。あのときはごめんなさいって。
時間がかかることこそが編み物の醍醐味

──アイパーさんは、編み物をする時間が一種のリラックスタイムになっている感覚はありますか?
アイパーさん:ありますね。編み物って、完成したものを自分で身に着けたり、人にプレゼントして喜んでもらえたりするのももちろん醍醐味なんですけど、何よりも楽しいのは編んでるときなんですよ。
「編み物って時間がかかりそうで手が出せない」ってよく言うじゃないですか。確かにその通りなんですけど、だからこそ楽しいんだよっていうのは伝えたいです。編んでる側からしたら、完成しそうになると「うわ、あとちょっとで終わっちゃう」って思うこともあるくらいですから。
──そこまで没頭できる時間なんですね。編み物は、空き時間があるとついスマホやPCを触ってしまう……という人のデジタルデトックスにも向いているかも、とお聞きしていて思いました。
アイパーさん:あ、それは確かにそうだと思います。俺も、スマホの着信音がして「誰かからLINEきてんな、たぶんマネージャーだろうな」と思いながら、1時間くらい返さないで編むのに集中してるときありますもん(笑)。
一種のトランス状態みたいになるんですよね、編んでると。余計なことを考えなくていいので、精神的にはすごくいい感じがしますけどね。
──ちなみに、編み物の経験が芸人の仕事に活きている部分ってあると思いますか?
アイパーさん:編み物を続けてて忍耐力がついた感じはするんです。編む時間が楽しいって散々言ってますけど、そう思えるようになるためにはやっぱり、ある程度たくさん編まなきゃいけないんで。
いまはそれが楽しいですけど、最初の頃はやっぱり、「あと50段も編まなきゃいけないのか」って憂鬱になることもあったんですよ。
でもそのおかげなのか、最近はちょっとやそっとスベったくらいじゃ心が折れなくなりましたね(笑)。もしスベって傷ついても、家に帰って編み物をしてると癒されるので。
「完璧じゃなさ」も認められたら、趣味はもっと楽しくなる

──なかには「編み物に興味はあるけれど、飽きっぽいから続けられるか不安」という読者もいると思います。続けるコツはありますか?
アイパーさん:ちゃんとした作品を作ろうと最初から身構えなくてもいいんじゃないかなと思います。もっと言うなら、飽きちゃったなら別に無理してやることでもないですしね。息抜きじゃないですか、趣味って。それがストレスになったら意味ないですから。
趣味って、たとえ下手でもそれを許せることがすごく大事な気がするんですよ。編み物の場合、「編み図」っていう編み方の設計図みたいなものに沿って編んでいくんですけど、特に日本の人は、完璧にそれ通りに編まなきゃって思っちゃう人が多いらしいんです。
だけど俺は、仮に編み図とは多少ずれても、まあいいじゃん、俺ってそういう人間だよねって捉えたほうがいい気がするんです。そういう自分も楽しめるようになったらいいのかなって思いますけどね。
──確かに、趣味であっても完璧さを求めて、かえってストレスを感じてしまう人もいそうです。「うまくできないけど、まあいいや」というマインドになるためのポイントってあると思いますか?
アイパーさん:編み物って不思議で、仮に形が歪んだりちょっと不細工になったりしても、でき上がったものを見ると絶対かわいいんですよ。俺はそれも知ってるので、挫折しそうな人にも「絶対かわいくなるから大丈夫」って言いますね。最初の頃はうまくできなくてもそれが味になるし、だんだん上達してくると綺麗な形でつくれるようになる。どっちにしろ愛着は湧くんです。
──アイパーさんのユニークな作品を見て、「編み物ってこんなに自由でいいんだ」と感じる人も多そうです。
アイパーさん:でも、長年編み物をやってた人の中にも、そういう方はいますね。実際に、俺の編み物のYouTube配信を見て「こんな適当でいいんだ」ってホッとしたっていう70代の方がいるんですよ(笑)。
その方は、いままで通ってた教室では決まった編み方で、みんな同じものを編むのが普通だったけど俺の作ったものを見て「こっちのほうが楽しそうじゃん」って思えたらしくて。
だから、完璧じゃないのもアリって認められるようになると、どんなことでも趣味として楽しめるんじゃないかって思います。
俺、趣味でダーツもやるんですけど、むちゃくちゃ下手なんですよ。でもすげえ好きなんです。いつかうまくなるだろうなと思いながら楽しんで続けてるんで、編み物もそんなノリで続けられたらいいんじゃないかなって思いますね。

撮影/小嶋洋平 構成・取材・文/生湯葉シホ 企画/福井小夜子(yoi)