yoiクリエイター「くどうあや」さんが今イチオシの展覧会「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」をレポート!自身もマルチレイシャルとしてのルーツを持ち、美大の大学院に通うくどうさん目線で、展示の見どころをご紹介します。

【yoiクリエイターズとは?】
yoiの読者としての目線を生かし、語学やアート、文章表現などのクリエイティブスキルを発揮して、情報を発信していくクリエイターのこと。ビューティーやウェルネス、カルチャーや社会派の記事など、それぞれの得意分野でyoi読者におすすめのコンテンツを毎月配信します。メンバーは24年8月現在、くどうあやさん、石坂友里さん。

くどうあや

大学院生

くどうあや

都内の美術大学に通う大学院生。社会問題に関心を持って活動や研究を行う。イラストと文章を書くことが趣味です。

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「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」ポスター

初回で取り上げるのは、現在森美術館で開催中の「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」です。

シアスター・ゲイツは現代アートを語るうえでは欠かせない重要アーティストの一人で、世界的な影響力を持つ人物です。実は、ゲイツは日本と非常に深いつながりを持っています。

私が最初に本展を訪れたのは、4月下旬のこと。ブラック・アートの知識が浅く、工芸への関心もない私ですが、アフリカ系アメリカ人の芸術家が日本で陶芸を学んでいたという経歴に興味を持ち訪れました。

軽い興味で観に行ったのですが、この展示、すごく面白かったんです。

作品を観てキャプションを読むたびに「もっと知りたい」と好奇心を刺激される体験が新鮮で、スマホを辞書がわりに長い時間をかけて鑑賞しました。

4月に売っていなかった図録を目当てに、7月になってから再訪した際には、1度目よりも作品背景について知っていたため、より深く楽しむことができたように感じます。

会場内のキャプションや音声ガイドに頼るのもいいけれど、やはり作品背景を知ってから鑑賞すると作品同士が点と点でつながる感覚があって面白い。ということで、ここからはゲイツと作品について知っておくと面白い情報を紹介します。

シアスター・ゲイツ 似顔絵

シアスター・ゲイツは1973年、アメリカ・シカゴ生まれ。アイオワ州立大学と南アフリカのケープタウン大学で都市デザイン、陶芸、宗教学、視覚芸術を学んだ後、2004年に愛知県常滑市「とこなめ国際やきものホームステイ」(IWCAT)で陶芸を学ぶために来日しています。常滑市の地域の人々とは陶芸を通して関係を築き、現在まで交流を続けているそうです。

日本では黒人の作家の人々を「黒人アーティスト」という言葉で括りがちですが、ゲイツを語るうえで大切なのは、彼が「アフリカ系アメリカ人」であるという点です。ゲイツの場合、アメリカのミシシッピとシカゴにルーツを持つアフリカ系アメリカ人としての経験と、日本での出会いや発見が結びついて生まれたアイデンティティが、作品に大きな影響を与えています。

「アフロ民藝」で語る美学

本展のタイトルにもなっているアフロ民藝は、アメリカの「ブラック・イズ・ビューティフル」運動と、日本の「民藝」運動を融合することで生まれたプロジェクトです。このふたつの文化運動は、ゲイツが制作活動をする中で重要な意味を持っています。

「ブラック・イズ・ビューティフル」は、詳しくは知らなくても一度は聞いたことがあるという人も多いはずです。アメリカの公民権運動の時代にアフリカ系アメリカ人の間で生まれたこのスローガンは、それまで醜いとされてきた彼らの髪質や肌などの身体的特徴の美しさを認め、白人社会における美の基準から解放されることを目的としています。

一方の「民藝」運動は、1926年に提唱されたものです。近代化・産業化が進む中で失われる手仕事を称賛し、保護しようとする「抵抗の美学」のことです。

ゲイツは、両者には伝統や歴史を大切に守り継ごうとする地域性を称え、美への意識を高め、文化の力を尊ぶ揺るぎない態度があるという共通項を見出し、自身の制作活動とも関わる重要なふたつの運動を掛け合わせることを試みています。

シアスター・ゲイツ《年老いた屋根職人による古い屋根》(2021年)

《年老いた屋根職人による古い屋根》(2021年)

入り口に置かれた大型作品に迎えられながら展示室に入ると、大きく開けた空間が広がり圧倒されました。正面の壁に展示された十字の作品と冷たく澄んだ空気に、まるで教会の中にいるかのような気分になり、思わず深く息を吸い込んでしまいます。

シアスター・ゲイツ 「神聖な空間」展示風景(2024年)

「神聖な空間」展示風景(2024年)

森美術館を訪れたことのある人であれば、館内にこんな空間があったのかと首をかしげてしまうほど独特の雰囲気を持った空間。それを作り出しているのは、足もとに敷かれた煉瓦です。「神聖な空間」と名づけられたこの空間は、空間全体を「美の神殿」をイメージした、ひとつのインスタレーションとしています。一見、壁に展示された作品群に注目しがちですが、実は床に敷かれた黒い煉瓦自体が《散歩道》(2024)という作品です。煉瓦の上にはゲイツが尊敬するアーティストたちによる作品が並べられています。この約1万4千個の煉瓦は常滑の土で作られていて、黒い煉瓦が持つ歴史的背景が重ね合わされています。

ゲイツにとって音楽や儀礼、詩、音楽、彫刻、陶芸を創作することは、どれもスピリチュアルな行為であり、神聖で美しいものに触れる手段だったそうです。

シアスター・ゲイツ 《ヘブンリー・コード》(2022)

《ヘブンリー・コード》(2022)

この部屋で特に象徴的だった作品がオルガンとスピーカーで構成されたこちらの作品です。ゲイツは展示全体を通して、多くの音楽的要素をちりばめています。現代美術家になる前にゴスペルシンガーだった彼自身の経験が、現在の音楽的基盤を作り上げているからなのでしょうか。

私が訪れたタイミングでは男性二人による生演奏が行われていました。演奏中は撮影禁止だったため、写真には残っていないですが、後で調べてみると、ゲイツが所属するバンド「ザ・ブラック・モンクス」のメンバーによる演奏だったそうです。5日間限定の演奏だったらしく、事前に知っていれば途中で抜けずに最後まで聞いていたのに、と後悔が残りました。

会期中は毎週日曜日(14:00〜17:00)には、オルガン奏者が本作品のオルガンを演奏するパフォーマンスを聞くことができるそうなので、タイミングを合わせて行くことをおすすめします。

シアスター・ゲイツ 「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」展示風景

「ブラック・ライブラリー&ブラック・スペース」展示風景

シアスター・ゲイツは陶芸以外の領域でも幅広く活躍しています。そのひとつが、2009年に創設した「リビルド・ファウンデーション」という財団です。

黒人が多数を占めるシカゴのサウス・サイドで、アフリカ系アメリカ人の黒人の文化的空間や関連品の数々を保存・管理するプロジェクトとプログラムを主催しています。建築プロジェクトでは、これまでに廃墟となった40軒以上の建物を改修し、文化スペースとして作り替えてきました。館内にはこの活動を紹介するエリアがあり、これらを観るためにシカゴまで行きたいと思うほどに魅力的なスペースがたくさん作られていました。

見晴らしのいい展示室には、黄色い壁でこれまで携わってきた建築プロジェクトが地図とともに紹介されていました。地図を見てみると、各施設が比較的近くに点在していることがわかり面白いです。

シアスター・ゲイツ リビルド・ファウンデーション

「ブラック・ライブラリー」に並ぶ本棚は、ゲイツの代表的な建築プロジェクトである、「ストーニー・アイランド・アーツ・バンク」の内部を再現したものです。100年の歴史を持つ銀行の廃墟を1ドルで購入して修繕したこの施設は、イベントスペースやカフェを併設しており、近隣住民のコミュニティの場としても使われています。また、アフリカ系アメリカ人の芸術文化に関する資料やコレクションが数多く収蔵されていて、書籍は自由に閲覧することができるのです。

本展でも、実際に持ち込まれた書籍が約2万冊も並べられており、ソファに座って自由に閲覧することができます。並べられている本は比較的新しいものから、開いたらページがポロポロと落ちてしまうほど古いものも。英語の本がほとんどですが、なかにはスケッチや写真集も紛れているのでじっくり時間をかけて読んでみてはいかがでしょうか。

ブラックネス

ここまで、ゲイツの陶芸以外の作品を紹介してきましたが、ここからはゲイツの陶芸家らしさが垣間見える作品を紹介します。

ゲイツは作品の中で、一貫して「ブラックネス(黒人であること)」の葛藤や複雑さを表現しています。作品を制作することで問いを投げかけ、新たな可能性を示すことに重点を置いていており、それは、これまでの黒人の差別と闘ってきた歴史において​​工芸、アート、音楽、ファッションが大きな役割を担ってきたことを表しています。

「ブラックネス」と名付けられた展示室には、ブラックアートや自身のアイデンティティにとって象徴的なモチーフを利用した作品群が並べられています。

シアスター・ゲイツ 《ドリス様式神殿のためのブラック・ベッセル(黒い器)》(2022-2023)

《ドリス様式神殿のためのブラック・ベッセル(黒い器)》(2022-2023)

ゲイツは陶芸において、魂の入れ物としての器と、土を用いた造形の可能性を探求しています。アメリカの黒人陶芸を基礎としながらも、日本や中国、朝鮮、そしてアフリカの陶芸要素を学んできたゲイツだからこそ生み出せたのが、作品シリーズ《ブラック・ベッセル》です。この器は薪を燃料とする常滑式の穴窯で焼かれています。

ここまでの展示風景からもわかるように、ゲイツは作品だけを作るのではなく、それらが置かれる空間も展示ごとに作り上げています。鑑賞者のいる空間自体が作品の背後にあるストーリーを語りかけているようにも思えます。

シアスター・ゲイツ《みんなで酒を飲もう》(2024年)

シアスター・ゲイツ《みんなで酒を飲もう》(2024年)
展示風景:「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」森美術館(東京) 撮影:来田猛 画像提供:森美術館

展示室の最後に作られたダンスホールのようなスペース。ここに展示されているカウンタースペースが《みんなで酒を飲もう》(2024年)という作品です。

2022〜23年の「Afro Mingei(アフロ民藝)」プロジェクトで生まれた作品で、DJブースや壁面の作品群を合わせたインスタレーション空間を制作しています。本展では、壁面に「貧乏徳利」という江戸後期から昭和初期の酒屋で貸出容器として利用されていた陶器が並べられています。これらは使われなくなった陶器にロゴを印字して作品として生まれ変わらせたものです。

また、このブースでは展示期間中の金曜の夜(18:30〜20:00)に、J-WAVEと森美術館のコラボレーションイベント「アフロ民藝ナイト with J-WAVE」が開催されています。人気DJが登場し、ゲイツのアナログレコード・コレクションを中心にプレイをしてくれます。

私が2度目に訪れた際にはちょうどDJイベントが開催されていて、多くの人で賑わっていました。

木曜日の夜にも「アフロ民藝ナイト」が開催されていますが、こちらは森美術館スタッフがDJを担当しているそうです。

作品の紹介はここまでですが、ここに載せた作品は展示作品のほんの一部です。作品の他にも、民藝、アメリカ黒人史などのゲイツに関わる歴史を知ることができる年表など、見どころが多い充実した展示空間となっています。

私が感じた本展の面白さのひとつが、ゲイツと観賞者が「アフロ民藝」という概念を通して双方向に理解を深めている点です。

シカゴでアフリカ系アメリカ人として生まれ育ったゲイツにとっては、ブラックコミュニティの文化や歴史といった要素は、経験として自然に学んできたものです。日本で学んだ知識である東洋の工芸や民藝の価値観は、ベースの上に重ね合わさるようにして存在しており、アフロ民藝を通してその価値観にアクセスしているように感じました。日本で育った観賞者の多くは、ゲイツとは逆にアフロ民藝を通して「ブラック・イズ・ビューティフル」の価値観を知ろうとします。「アフロ民藝」は異なる価値観を持つ人々がつながるための共通言語として機能しているように感じました。

一人でも友人同士でも楽しむことができる、たくさんの仕掛けが詰まった展覧会。ぜひ夏休みに訪れてみてはいかがでしょうか。

「シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝」
期間:4月24日(水)〜9月1日(日)
場所:森美術館(東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階)
開場時間:10:00〜22:00 (8月13日を除く火曜日は17:00まで。入館は閉館30分前まで)
入館料(当日窓口):一般 2,000円、シニア(65歳以上)1,700円、高校・大学生 1,400円、中学生以下 無料
公式サイト:https://www.mori.art.museum/

撮影・イラスト・文・構成/くどうあや