相手を尊重することで適度な距離感が保て、この先のいい関係が築けると思います
何かとストレスが多い現代。特に近年は、家で過ごすことが多くなり、家族やパートナー、友人など、身近な人間関係にイライラ、モヤモヤすることも。とはいえ、生きていく以上、人とのかかわりを避けて通るわけにはいかないのも事実です。アメリカでさまざまな価値観、文化を持つ人たちとかかわっている吉川さんは、どんなことに気をつけているのか伺ってみました。
まとまりのない花たち。風景は、僕のためにあるわけじゃないから何を撮っても思い描いたようにはならない。だから好き。
「パートナーや家族、気心が知れた友人など、距離が近しい人=リラックスした関係ほど、自分の本心が出やすい状況といえるのではないでしょうか。一見、なんでも言い合える関係のように思えますが、自分が絶対とばかりに相手に思いを押し付けると、せっかくの関係がお互い苦しいものになってしまいます。
もちろん、“自分が正しい”と思うことは人間の本能。自分の思いを相手に伝えることも大切です。ただ、それを正当化して物事を進めると、いずれいざこざが起きてしまいます。これは何も身近な人間関係だけでなく、仕事などでもそうですよね。そもそも、自分と他人とでは、考え方も感じ方も違います。それをまずは自分の中で認めることが大切です。
特に家族やパートナー、友人と接する際は、『愛があるから』『本音で話すのが真の愛情』と考えて、つい失礼なことを言ったり、感情をストレートに態度に出してしまうこともありますよね。しかし、近しい間柄だからといって何をしても許されるわけではない。自分にとって都合がいいことばかりしていたのでは、大切な人は一緒に居てくれません。これは逆も然り。身近な人からショックなことを言われたり、されたりすることもあるかもしれません。でも、そんなとき、頭ごなしに相手を否定しても、なんの解決にもなりません。何度も言いますが、どんなに気が合う人であっても、相手は違う人間なのだから。それをとことん心で認識しないといけないですよね。
僕が重要だと思うのは、相手の意見を尊重し、相手の心に踏み込みすぎない、ちょうどいい距離感を保つこと。気持ちを伝え合うときに、自分が正しいと証明する必要はないですし、ましてや、相手の考えを直す必要もない。むしろ、同じ空間を生きている限り、お互いがそこに居れるように相手を思いやる気持ちのほうが大切で、そのためには、受け取る側がどう思うのかを考えながら発言や行動をしたほうがいい。だけど、家族となると甘えもあって正直それが難しいのですが…」
話し合ってもお互い傷つけ合ってしまうのなら、距離をおくことも大事な選択です
モノトーンの森の中で瑞々しい水仙を発見。自然の景色はいつも新しい価値感を与えてくれます。
「もし、自分にとって居心地のいい相手だったのに衝突や問題が生じてしまったのなら、ぜひ話し合ってみて。でも、僕がそういうときにいつも心に留めておくのは、人が人を変えることなんてできないということ。変わるとしたらその人自身の気づきからだけだと思うから、一方的に自分の価値観を押し付けるような言い方はしないように…と、口では簡単に言えますが、これってなかなか難しくて、もはや修行レベルなんですよね(苦笑)。
僕も娘との関係で、いろいろと模索しました。親子という関係は、お互いにほとんど逃げ場がないからこそ、感受性が強すぎるとぶつかり合ってしまう。例えば、僕がよかれと思ったことを伝えても反発されてしまったり。そんな経験を何度もすることで、僕自身の常識がどんどん変わっていき、娘との距離感が見えてきました」
関係をよくしようと話し合いを試みても、真剣に聞いてくれなかったり、つれない態度を取られたりすると、ついケンカ腰になってしまう…なんていうことも、よく耳にする話です。
「自分の正当性を主張しすぎると、相手は居場所もなくなって、気持ちも離れてしまうかも。つまり、“自分が絶対正しい”と思った瞬間に、その先の人生は知らず知らず寂しいものになっていくんじゃないか、と僕は思うんです。そうなりたくなかったら、自分の価値観のスイッチを変えていく必要があります」
緑が消えた冬の森。その美しさに初めて気づきつつも、緑の尊さも知りました。四季それぞれいいんだなあって。
「ただ、いろいろやっても自分の思いが通じず、どうしてもお互い傷つけ合ってしまうのであれば、物理的に距離をおくのもひとつの方法。伝えることをあきらめて、問題に目をつぶり、耳をふさいだ状態では、長い人生を一緒に過ごすことはできません。我慢することは自分をいじめることと同じ。理不尽だと思うのであれば、距離をおく勇気も必要です。それは例え家族であっても。離れることでそれぞれが何かを感じて、新しい形で前に進めると僕は思うんです」
吉川さんが言う、「相手の意見を尊重し、相手の心に踏み込みすぎない、ちょうどいい距離感を保つこと」…。身近な関係だからこそ、本当に難しい。この連載で何度か吉川さんが伝えてくれた、「自分が正しいと思いすぎない」ということを、どんなときも胸に刻んでおきたいですね。
撮影/Mikako Koyama 取材・文/藤井優美(dis-moi) 企画・編集/木下理恵(MAQUIA)