『JJとその時代』鈴木涼美 ¥1,232/光文社新書
読者が雑誌の「文化」に見た夢とは
「あの頃の雑誌文化はどんなものでしたか?」
そんな質問をされることが増えた。あれから20年が過ぎ、雑誌の役割もメディアが発信するロールモデルも、それこそ女性の生き方も、変わってきた今だからこそ言葉を求められるのかもしれない。私が読者モデルとして青文字系の雑誌に出ていた、2000年代の頃のことだ。
当時は雑誌が元気だったから、次々に新しいファッション誌が創刊されて、そのたび新しいタイプの女のコたちが登場するのが面白かったし、出る側としては、自分の「好き」が雑誌を通じて見ず知らずの相手に届くことを夢見心地に楽しんだ。けれどじゃあ、「文化」として何を受け取り、何を発信していたのか、それが今にどうつながっているのかを明確に語る言葉は、長く持てずにいた。だから『JJとその時代』を読んだとき、大げさでなく「ここに全部書いてある」と思った。
〈雑誌が提示した価値や生き方に、I agree と賛同し、自分のアイデンティティとして取り込み、そうすることで自分の生き方やライフスタイルを形成してきた〉
本書は、雑誌『JJ』45年の歴史を軸に、時代の変遷に伴う女性の生き方の変化と、さまざまな女性誌の位置付けや役割がどう変化してきたかを論じる。『JJ』はいわゆる赤文字系の王道だが、青文字系やギャル系雑誌とその読者の個性にも多くのページを割いていて、分析も明晰だ。
〈「あの子 ギャルなの?」「いや、たぶんキューティー系だよ、ヒスとか持ってる」と、雑誌の名前で人をカテゴリー分けして、仲間意識を持ったり、自分のいる囲いから除外したりしていた〉
生き方を決めるように『Cawaii』と『egg』を手に取った著者が、自身の思春期を振り返るところから始まり、さまざまなファッション誌が女のコに見せた数々の夢をひもといていく。『JJ』の誕生と大学のブランド、女子高生と雑誌、エビちゃんOLとはなんだったのか、読者モデル黄金時代、eggとその時代、ギャルと個性派、雑誌で棲み分けた青春…。
一時は発行部数80万部を誇った『JJ』が、いったいどんな編集者の手で、どのような思惑のもと作られてきたのか。“幸せな結婚”をこそ女性の人生の頂点に掲げた本誌が、女性の欲望と憧れをどのように操作して消費欲に変えていたか。性差による役割をステレオタイプに発信していても、読者はそれが正しい価値基準だと信じて疑わず、むしろ積極的に受け入れていたのはなぜか。雑誌文化が衰退せざるをえなかった背景に、時代や女性の生き方の変化、拡大するメディアはどう影響していたかーー。
軸にして語られるのは『JJ』で、そのコンセプトは“幸せな結婚”。けれど、『JJ』を『CUTiE』に、“幸せな結婚”を“for INDEPENDENT GIRLS”に置き換えてみれば、まるで自分の人生をたどるように読めるから凄い。〈拠り所になるロールモデルやアドバイスが必要な夜は必ず訪れる〉という一文が、過去から響き聞こえてくる。
雑誌文化の黄金期をノスタルジックに振り返るのではなく、移ろう時代や文化や流行やメディアの在り方を見晴かしながら、それでもかつて雑誌が女のコに見せてくれた夢を著者は肯定する。雑誌によって救われたり勇気づけられたり、生きる指標を得たりしていた女のコたちに光を当てる。
いまから20年前、正しさなんてこれっぽっちも考えずに発した「好き」が、誰かに「I agree」と受け入れられ、ささやかでも夜の拠り所になっていたことこそが、雑誌から得た私の矜持になっていることを改めて思う。
1980年生まれ。中央大学大学院にて太宰治を研究。10代から雑誌の読者モデルとして活躍、2005年よりタレント活動開始。文筆業のほか、ブックディレクション、イベントプランナーとして数々のプロジェクトを手がける。2021年8月より「COTOGOTOBOOKS(コトゴトブックス)」をスタート。
文/木村綾子 編集/国分美由紀