『わたしは驢馬に乗って下着をうりにゆきたい』鴨居羊子¥990/筑摩書房
“わたし”の心が躍る下着を買いにゆく
棚に並んだ文庫を眺めていたら、ふわりと光を放つ本があった。ワタシヲヨンデ、と呼ばれたような気がして手に取ったのがこの本である。
女性下着といえばレーヨンの壁デシン(平織り)と呼ばれるペラペラした白いものが市場の大半を占めていた昭和初期。実用性だけが求められていた時代に、カラフルで装飾的で実験的な下着を作り出し、下着ブームを巻き起こしたのが本書の著者、鴨居羊子だ。
ある日バレエの黒いタイツを切って、膝に白く光るガラス玉を縫いつけてみた羊子は、体と脚が感じる新しい気分とひそやかな楽しみを味わう。その後、舶来雑貨店では小さなピンクのガーター・ベルトと運命的に出合い購入する。その美しい下着を買って帰宅し、宝もののように見せた彼女に母が放った、非難のコゴト。こうして下着への賛美と同時に母への抵抗、古い時代の価値観への反抗心が芽ぶき、新聞記者をやめて友達のアパートに転がり込み、下着屋を始めることになる。
自由に生きること、経済的に独立すること、たくさんの恋人を持つこと…自由な生活へと向かっていく彼女は、明治生まれの母を始め、世間があらゆることを「何々のために」と目的にむすびつけることに辟易してこう言う。
〈ちょっとぐらい無駄なことがあってもいいじゃないの。〉
目的意識なんかより、無条件にゾッコン惚れ込んで人を変えてしまう、そんな何かを作りたい。持ち前の行動力と反骨心を糧に新しい下着を次々生み出し、スキャンティ、ぺぺッティ、パチコートなど気ままなネーミングで新しい形の商品をショーで発表していく。「下着のよろこび」を通して女たちを積極的な生活へと解放した彼女は、妥協を許さない痛快な物言いと、できたての下着を驢馬に乗ってうりにゆくことを夢見る少女のようなアンバランスな魅力があふれ、時代の寵児となっていった。
今では日本の女性下着もあらゆる選択肢があり、色はもちろんのこと、着心地やデザイン、テイストも多様にある。けれども羊子に見せたら保守的だ!とコゴトを言われそうな、「透けない」とか、「体型補整」とかの実用性を追求した下着は、デザインやカラーが多様になったとはいえ、今もたくさんある。
定番のカラーはこんな感じなのかなとか、自分の年齢でどうだろうとか、下着への思い込みを捨てて、あたたかくなったら防寒下着を脱いであたらしい下着を見に行こう。「何々のために」じゃなくて自由な発想で探してみたら、自分がご機嫌になる一枚と出合える気がしてきた。
代官山 蔦屋書店 人文コンシェルジュ
代官山 蔦屋書店で哲学思想、心理、社会など人文書の選書展開、代官山 人文カフェやトークイベント企画などを行う。毎週水曜20:00にポッドキャスト「代官山ブックトラック」を配信中。
文/宮台由美子 編集/国分美由紀